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2日目
嫌悪
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「ね、ねぇ凛ちゃん」
「とうしたの?」
学校からの帰り道。桃也が静香を殺害しているとも知らず、2人は呑気に歩いていた。ちょうど桃也と入れ違いになっている。
「この村にはね。5歳の子は僕たち2人しか居ないんだ」
「そうなの。少ないね」
「……これって……運命だとは思わない?」
「たまたまでしょ」
モジモジしながら話す巽に冷たく言い放つ。ショックで肩を落としていた。
「……僕に興味ないの?」
「興味?」
「僕のこと知りたくない?」
「うーん……そんなに」
と言いつつも、まったく興味がなさそうだ。巽もそう思ったらしい。曇った眼差しを凛に向けている。
何かをブツブツと呟いた。歩く音と風の音で凛には聞こえなかった。
「ん?どうしたの?」
「――なんでもない。僕の家に来ない?おもちゃとかお菓子がいっぱいあるよ!」
「え!行くー!」
笑顔を浮かべて走る巽と凛。凛は屈託のない綺麗な笑顔。だが巽はどこか不気味に感じる笑顔をしていた。
地面にスコップを突き刺す。流れる汗を拭きながら、スコップを元にあった場所に返した。
「凛はどこに行ったんだ……」
5歳児の行く場所は検討がつかない。遊び場を考えてみるが、子供からしたら山全体が遊び場になるはずだ。
さすがに山を全て探すのはキツい。誰かに協力を仰ぎたくても信用できる人物はいなかった。美結と今から2人で探すのか。
今の美結を動かすのも危険か。精神的にも参っている。その上で凛が無事かも分からない、となると……。
「ダメだ……ダメだ。俺一人で探さないと――」
――1つ思い出した、遊んでいるのは確か巽って子だ。ならば一緒にいるはず。
「家に行ってみるか」
巽の家族に話を聞けばいつもの遊び場所くらいは聞ける。村人のことは信用していないが、とにかく情報がない。しらみ潰しでも探さなければ。
他の家と同じく木造建築。支えの支柱がむき出しになっている。植物の壁はスカスカ。隙間から縁側を簡単に覗けてしまう。
植物は日差しを受けて気持ちよさそうにしている。緑に反射した日光で目が眩んだ。
正面玄関についた。名札には「木下」と書かれてある。凛には見えないし、読むこともできない。
古い引き戸だ。開ければガラガラというやかましい音がなると予想ができる。凛が手を伸ばしたら届く位置にドアノブがあった。
今までには見たことの無いタイプの家だ。初めて来る人の家に凛は怖気付いている。
「……ここがお家?」
巽は答えない。無視して引き戸を開けた。予想通り、ガラガラとやかましい音が響く。
「――お父さーん!!」
玄関から中にいるであろう父に向かって叫んだ。
家の奥。曲がり角からスっと出てきた。巽の父親だ。桃也よりかは小柄。昭和の父親のイメージを体現したような容貌をしている。
藍色の袴。白みがかった髪。巽は5歳だが、この男は50代ほどに見える。嫁の年齢は知らないが、結構な高齢出産だったのかもしれない。
のそのそと玄関へ歩いてくる。別に不思議な感じはしない。だが凛からしたら、怖かったようだ。
扉に隠れて覗き込むように男を見ている。震えているのか。家の中の生ぬるい空気が凛の恐怖心を煽ってくる。男はそんな凛を見て――不気味に微笑んだ。
「この子か?」
「うん。昨日に言ってた子」
「へぇ……可愛いじゃなないか」
低い声だ。桃也よりも低い。凛の知っている声でこの低さは、自分の祖父しか思いつかなかった。それほど低い。
低いだけならまだいい。喋り方がねっとりとしていた。耳を舐められているかのような喋り方だ。嫌悪感が脳に息を吹きかけられている気分。とにかく不快だった。
「ほら……こっちへ来なさい」
手招きされる。ゆっくり、ゆっくりと。
「……お菓子もあるよ」
警戒は凛もしている。しかし子供からしたらお菓子はかなり魅力的なものだ。――凛は玄関へと足を踏み入れる。
「――いい子だ」
頭を撫でる。父親とは違う感覚。知らないおじさんにされては不快感しか感じなかった。
「君はここに入った。それは分かるかい?」
「……うん」
「君はね……結婚をしなくちゃならないんだ」
「結……婚?」
聞いたことはある。母親に読んでもらった絵本に結婚のことが書かれてあった。
呪いをかけられたお姫様が王子様に呪いを解いてもらい、真実の愛を得た2人は結婚した――。というなんともありふれたお話だ。子供に読み聞かせるくらいがちょうどいい。
凛からすれば、発せられた「結婚」の言葉は疑問にしかならない。おそるおそる疑問を言葉にした。
「……結婚って。2人が好きじゃないといけないんでしょ?」
「凛ちゃんは巽のことが好きじゃないのかい?」
「好きとかは……わかんない。でもパパとママの方が今は好き」
「そっか……それはいいことだ。だけどこの村は違うんだよ」
巽はずっとニコニコしている。なんでニコニコしているのかは聞かない。凛には怖くて聞けなかった。
「この村では男の子の家に女の子が入ったら結婚しなくちゃならない、ってルールがあるんだよ」
「ルール?でもお菓子があるって――」
「ちゃんとお菓子もある。入って見てみるかい?」
嫌だった。凛は嫌だった。だけど怖くて言い出せなかった。巽も。巽の父親も。どっちも怖かった。
だから言う通りにするしかない。流されるまま靴を脱ぐ。そして中へと連れられた――。
「巽。扉を閉めなさい」
「はーい」
こちらも言われるがままだ。嬉々としているか、顔に恐怖が浮かんでいるかの違いがあるが。
巽は戸を閉めようとドアノブに手をかけた。
「とうしたの?」
学校からの帰り道。桃也が静香を殺害しているとも知らず、2人は呑気に歩いていた。ちょうど桃也と入れ違いになっている。
「この村にはね。5歳の子は僕たち2人しか居ないんだ」
「そうなの。少ないね」
「……これって……運命だとは思わない?」
「たまたまでしょ」
モジモジしながら話す巽に冷たく言い放つ。ショックで肩を落としていた。
「……僕に興味ないの?」
「興味?」
「僕のこと知りたくない?」
「うーん……そんなに」
と言いつつも、まったく興味がなさそうだ。巽もそう思ったらしい。曇った眼差しを凛に向けている。
何かをブツブツと呟いた。歩く音と風の音で凛には聞こえなかった。
「ん?どうしたの?」
「――なんでもない。僕の家に来ない?おもちゃとかお菓子がいっぱいあるよ!」
「え!行くー!」
笑顔を浮かべて走る巽と凛。凛は屈託のない綺麗な笑顔。だが巽はどこか不気味に感じる笑顔をしていた。
地面にスコップを突き刺す。流れる汗を拭きながら、スコップを元にあった場所に返した。
「凛はどこに行ったんだ……」
5歳児の行く場所は検討がつかない。遊び場を考えてみるが、子供からしたら山全体が遊び場になるはずだ。
さすがに山を全て探すのはキツい。誰かに協力を仰ぎたくても信用できる人物はいなかった。美結と今から2人で探すのか。
今の美結を動かすのも危険か。精神的にも参っている。その上で凛が無事かも分からない、となると……。
「ダメだ……ダメだ。俺一人で探さないと――」
――1つ思い出した、遊んでいるのは確か巽って子だ。ならば一緒にいるはず。
「家に行ってみるか」
巽の家族に話を聞けばいつもの遊び場所くらいは聞ける。村人のことは信用していないが、とにかく情報がない。しらみ潰しでも探さなければ。
他の家と同じく木造建築。支えの支柱がむき出しになっている。植物の壁はスカスカ。隙間から縁側を簡単に覗けてしまう。
植物は日差しを受けて気持ちよさそうにしている。緑に反射した日光で目が眩んだ。
正面玄関についた。名札には「木下」と書かれてある。凛には見えないし、読むこともできない。
古い引き戸だ。開ければガラガラというやかましい音がなると予想ができる。凛が手を伸ばしたら届く位置にドアノブがあった。
今までには見たことの無いタイプの家だ。初めて来る人の家に凛は怖気付いている。
「……ここがお家?」
巽は答えない。無視して引き戸を開けた。予想通り、ガラガラとやかましい音が響く。
「――お父さーん!!」
玄関から中にいるであろう父に向かって叫んだ。
家の奥。曲がり角からスっと出てきた。巽の父親だ。桃也よりかは小柄。昭和の父親のイメージを体現したような容貌をしている。
藍色の袴。白みがかった髪。巽は5歳だが、この男は50代ほどに見える。嫁の年齢は知らないが、結構な高齢出産だったのかもしれない。
のそのそと玄関へ歩いてくる。別に不思議な感じはしない。だが凛からしたら、怖かったようだ。
扉に隠れて覗き込むように男を見ている。震えているのか。家の中の生ぬるい空気が凛の恐怖心を煽ってくる。男はそんな凛を見て――不気味に微笑んだ。
「この子か?」
「うん。昨日に言ってた子」
「へぇ……可愛いじゃなないか」
低い声だ。桃也よりも低い。凛の知っている声でこの低さは、自分の祖父しか思いつかなかった。それほど低い。
低いだけならまだいい。喋り方がねっとりとしていた。耳を舐められているかのような喋り方だ。嫌悪感が脳に息を吹きかけられている気分。とにかく不快だった。
「ほら……こっちへ来なさい」
手招きされる。ゆっくり、ゆっくりと。
「……お菓子もあるよ」
警戒は凛もしている。しかし子供からしたらお菓子はかなり魅力的なものだ。――凛は玄関へと足を踏み入れる。
「――いい子だ」
頭を撫でる。父親とは違う感覚。知らないおじさんにされては不快感しか感じなかった。
「君はここに入った。それは分かるかい?」
「……うん」
「君はね……結婚をしなくちゃならないんだ」
「結……婚?」
聞いたことはある。母親に読んでもらった絵本に結婚のことが書かれてあった。
呪いをかけられたお姫様が王子様に呪いを解いてもらい、真実の愛を得た2人は結婚した――。というなんともありふれたお話だ。子供に読み聞かせるくらいがちょうどいい。
凛からすれば、発せられた「結婚」の言葉は疑問にしかならない。おそるおそる疑問を言葉にした。
「……結婚って。2人が好きじゃないといけないんでしょ?」
「凛ちゃんは巽のことが好きじゃないのかい?」
「好きとかは……わかんない。でもパパとママの方が今は好き」
「そっか……それはいいことだ。だけどこの村は違うんだよ」
巽はずっとニコニコしている。なんでニコニコしているのかは聞かない。凛には怖くて聞けなかった。
「この村では男の子の家に女の子が入ったら結婚しなくちゃならない、ってルールがあるんだよ」
「ルール?でもお菓子があるって――」
「ちゃんとお菓子もある。入って見てみるかい?」
嫌だった。凛は嫌だった。だけど怖くて言い出せなかった。巽も。巽の父親も。どっちも怖かった。
だから言う通りにするしかない。流されるまま靴を脱ぐ。そして中へと連れられた――。
「巽。扉を閉めなさい」
「はーい」
こちらも言われるがままだ。嬉々としているか、顔に恐怖が浮かんでいるかの違いがあるが。
巽は戸を閉めようとドアノブに手をかけた。
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