レッドリアリティ

アタラクシア

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2日目

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「……どこ行くんだ?」

おそるおそる氷華に尋ねる。氷華は桃也に振り向くことなく答えた。

「私の家」
「氷華ちゃんの家?なんで?」
「ちゃん付けしないで。私は16歳の大人なんだから」
「いや16歳は子供……」
「ちゃん付けするなら何も言わない」
「……氷華の家になんで行くんだ?」

歩くのが早い氷華を追いかける。慣れてない田舎道。朝っぱらなので力もまだ出ていない。


「この村で猟師になるには、坂野家の当主――つまり私のお兄ちゃんから許可をもらう必要がある」
「なんで?」
「それがだから」

そもそも狩猟免許がなければ猟銃も扱ってはならないはず……山奥の村だからこそできるのだろうか。

言いたいことはあったが、桃也は口をつむんだ。さっきの視線を浴びるのは嫌だからである。

「余所者の俺が許可をもらえるのか?」
「お兄ちゃん結構ラフなひと。私が言ったら許してくれる。昨日の件も村で有名になってるし」


通りすがりの中年男性に「よっ!山駆け狩り!」と挨拶された。……言ってることは本当のようだ。

「有名に……なっちゃったか」
「問題があるの?」
「いやないけど……」










まるでお城のような瓦の屋根。桃也の2倍はある木の壁。どこか恐怖すら感じるほどの貫禄のある門。

家は平屋。だがかなり大きい。これなら2階なんて要らないだろう。正面からでもそれが分かる。

柱に吊るされているネームプレートは黒ずんだ木でできている。かなりの年季。ちょっと叩けばすぐに壊れそうだ。書かれていたのは――『坂野家』の文字。プロの書道家が書いたような達筆だった。


入るのに戸惑っている桃也を横目に、氷華はなんの躊躇なく足を踏み入れる。実家なのだから当然か。

石の通路に踏み込む。感触はコンクリートと変わりはしない。だけど空気が一気に冷えたような気がした。


――引き違い戸をガラガラと開けて中へと入る。現代とは思えない内装が桃也を出迎えてきた。

昭和のような……どこかノスタルジーを感じる。木材の優しい匂いが現実感を消失させてきた。

外とは大違い。思っていたよりも廊下が狭いせいだろうか。老後はここに住んでみたい。そう思える。


「……すごい家だな」
「御三家の1つだからね」
「御三家?」

ミシミシと鳴り響く廊下を2人で歩きながら話す。割と長い。床にワックスを塗ってあるのか、靴下のまま走れば転びそうだ。

「この村は3つの家によって統治されてる。ひとつは鴨島家。もうひとつは遠藤家。そしてここ坂野家」


――鴨島家。
――遠藤家。
――坂野家。


全て聞いたことのある苗字だ。しかし昨日は「みんなでひとつ」を大事にしているなどと言ってたはず。

「統治してる?」
「うーん。言い方が間違ってたかも。どちらかと言うと――支えてる」
「支えてる……となると資金的な面でか?」


「…………」
「……え、無視?」

何も言わない氷華の前へと身を乗り出す。氷華はピクっと反応した。

「うるさい。私も複雑だからわかんないの」
「……やっぱりまだ子供なんじゃ」
「うるさいうるさい。早く来て」

拗ねたようにズカズカと足音を立てて歩く。……やっぱりまだ子供。凛も将来は氷華みたいになるのだろうか。

少なくとも美結の血を継いでいるのだから、綺麗な女性になるだろう。想像したら頬が緩んでしまう。


ニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべている桃也の前で――氷華はどこか暗い表情をしていた。










襖を開ける。そこは一段と広い居間があった。

よく分からない四文字の習字。その下には髪の長い日本人形が置いてある。日本人形はいつ見ても怖い。

その他は特に異常はない。焦げ茶色の木の柱。白い壁。畳の床。古き良き日本の家とテレビ番組で紹介されてそうだ。


真ん中辺りに2人の男がいた。片方は会ったことがある。坂野猟虎。猟師のあの男だ。

――そしてもう1人。会ったことのない男。歳は70代から80代ほどか。白髪がよく目立つ。

江戸時代のような紫色のはかまを着ていた。桃也からは背を向けていて顔は分からないが、小さい背中からは貫禄を感じる。


「――神蔵さん。来てたのですか」

ペコリと頭を下げる氷華。つられて桃也も腰を折る。

「氷華と……桃也か!」

氷華が居間へと入ったので、桃也も居間へと足を踏み入れる。手を振ってくる猟虎の元へと歩いていった。

ゆっくりと――ゆっくりと。段々と老人へと近づいていく。桃也は猟虎に会釈をしながら――老人の顔を覗き込んだ。
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