レッドリアリティ

アタラクシア

文字の大きさ
上 下
15 / 119
1日目

奇怪

しおりを挟む
桃也が帰宅した時には既に7時を回っていた。扉を開けると「おかえりー」という声がキッチンから聞こえてくる。美結の声だ。

まだ「ただいま」も言っていない。ついさっき命の危機を体験した桃也。この声はとても安心できるものであった。


キッチンでは美結と時斜が料理をしていた。匂いからして……焼き魚だろうか。空っぽの胃袋が食事を求めてくる。動いていたからなおさらだ。

「狩りにいってたんでしょ?やったことあるっけ?」
「いや初めて」

料理の手を止めることなく聞いてくる。ちょうど米が炊き終わったようだ。

「大変だったよ……なんか猿が出てきてさ。死にかけたんだ」
「そりゃ大変だね。大丈夫なの?」
「大丈夫、疲れただけだよ。でも動物と殺し合うのは初めての経験だった」

リビングに腰を下ろす。まるでおじいさんのように「よっこいせ」と口に出しながら。

横では遊び疲れて眠っている凛がいた。気持ちよさそうな吐息を漏らし、胸を上下に揺らしている。

「にしては冷静ねぇ」

盛り付けた料理を机に運んでいる。見事な腕前だ。見てるだけで腹が鳴る。

「ウチの夫が死にかけた時はすごくてねぇ。『怖かった怖かった』って母親に泣きついてたらしくて」

笑ながら話す。命の危機が目の前に来ることなど滅多にない。普通ならそのくらいに恐怖していてもおかしくはない。


「――そーいえば桃也。仕事とかあるの?」

狼狽える。完全に考えていなかったようだ。美結もジト目で見つめる。

「えー……農作業とか?」
「農作業は大変よ。技術とか知識とか、覚えることが多いからね。初めての人がそう簡単にできるものじゃないわよ」
「あははー……はぁ」

どうするべきか分からない。考え無しでここに来たのでノープランだ。せめて知識の一つや二つを勉強してから来たら良かった、と後悔する。


「……猟師。とか考えてみない?」
「猟師……」
「こっちも覚えることが多いけど、農業よりかはやりがいがあるんじゃない?」

――猟師。その言葉によって昼間の記憶が呼び起こされた。



痛めつけられる猿。もがき苦しむ猿の声。血の匂い。生暖かい空気。異常な事態。異常な出来事。

確かに異常事態だ。それは分かっている。だが桃也にとって、生き物が死ぬ場面はそれほど珍しいものではない。

――何回も見てきたからだ。
――何回も殺してきたからだ。

殺すことに苦労はしていない。むしろ殺さないようにする方が難しかった。


しかしここの猟師たちは違った。明らかにのだ。どこを切りつければ死なず、どこを殴れば苦しむのかが分かっていた。

つまり昔からやっていたということ。動物と人間は違うとはいえ、21人を拷問して殺している桃也以上に痛みに対して詳しいはずだ。

そもそも猿を狩るのに、痛みを与える必要なんてない。別に猿肉を食べた訳でもないからだ。じゃあなぜに痛めつけたのだ。

作物を荒らされたから?
人に危害を加えたから?

人の心を持っているなら、それだけじゃ理由にはならない。価値観の違いもあるのだろうが。


――もしかしたら、痛めつけることこそが『目的』なのかもしれない。それだと「儀式」という言葉にも説明がつく。

「もし……人間にもしているなら……」

考えすぎか。いや、そうとも言えない。この村は長年孤立している。閉鎖的な空間だ。何があってもおかしくない。



「――痛っ!?」

美結の声に反応する。考えていた脳がピタッと停止した。

「あっ、ごめんなさい!ついうっかりしてて……」
「これくらい大丈夫ですよ。手を切っただけですし」
「本当にごめんなさい。久々に新しい人が来て、ちょっと浮かれてたわ」

どうやら皿を落としてしまったようだ。飛び散った破片が美結の手をかすってしまったらしい。

大きな怪我ではない。近くの救急箱を美結と時斜の所へ持っていく。

「こんなのかすり傷です。平気ですよ」
「本当……?」

狩りの時。あのことをまた思い出した。もしかしたらワザと怪我をさせたのかも――。

「……って考えすぎだな」

箱を置いて、眠っている凛の横に座る。まだ来て初日。しかも色々とあった疲れているのだろう。

ストレスが溜まっている……と考えることにしておく。





夕食後。3人はひとつの大きな布団に入っていた。

縁側から月光が刺している。それでも暗い。街ではこの時間帯でも昼間のように明るかった。……それはちょっと誇張したが。


凛はすやすやと寝ている。さっきまで眠っていたはずだが、もう深い眠りについていた。

「頬の傷は大丈夫?」
「あぁ。問題ないよ」

起きないように小声で話す。

「初日から大変だったな……殴られたり、狩りに連れていかれたり」
「バタバタしてたね」
「……この村で暮らしていけそうか?」

美結は顎に手を当て、少し考えた後に話し始めた。

「――分かんない。だけど飽きることはなさそう」
「そうか……」


疑問は多い。不信感は強い。桃也は確信していた。――この村には何かがある。

「……」

気になっては止められない。人間が動く根源的な理由は「興味」によるものだからである。

桃也は瞼を閉じる。とりあえず動くのは明日。全ての疲労を布団に預け、意識を暗闇へと押し込んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

赤い部屋

山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。 真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。 東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。 そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。 が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。 だが、「呪い」は実在した。 「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。 凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。 そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。 「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか? 誰がこの「呪い」を生み出したのか? そして彼らはなぜ、呪われたのか? 徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。 その先にふたりが見たものは——。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

意味が分かると怖い話【短編集】

本田 壱好
ホラー
意味が分かると怖い話。 つまり、意味がわからなければ怖くない。 解釈は読者に委ねられる。 あなたはこの短編集をどのように読みますか?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

ill〜怪異特務課事件簿〜

錦木
ホラー
現実の常識が通用しない『怪異』絡みの事件を扱う「怪異特務課」。 ミステリアスで冷徹な捜査官・名護、真面目である事情により怪異と深くつながる体質となってしまった捜査官・戸草。 とある秘密を共有する二人は協力して怪奇事件の捜査を行う。

処理中です...