上 下
28 / 72

忠誠心

しおりを挟む
「ロブ…あなた。私の行方を捜してここまでたどり着いたのよね?それって…」

不安で逸る胸を押さえて、慎重に彼を窺う。
彼が実家の騎士のままでいる上で…私がここに居る事が分ったというのなら、それは追手がもう近くまで迫っているという事だ。

ぞくりと背筋が騒ぐ。

そんな私の言葉と様子を長年の経験からくみ取ったらしく、ロブは分かり安く首を横に振る。

「お嬢様をみすみす逃がした護衛騎士が、そのままお仕えできるわけが有りません。すぐに騎士職を解かれました。とにかくお嬢様をお探しせねばと…独自に調べた情報が、ここへ導いたのです。」

ですからルーセンス家は一切関与しておりません。ご安心ください。と付け加えた彼の言葉に、当事者の私だけでなく、ライルをはじめ、ライルの臣下達もなんとなく空気を緩めたのが分かった。

彼等も、ロブがどういう意図で、ここまでたどり着いたのかは気になるところではあったはずだ…だってアドレナード卿に私が見つかってしまえば、アドレナード卿の主人でありライルの叔父である現国王に、ライルの存在が知れてしまうのだ。

「ですが…まさか海賊の仲間になっているとは…思わず」

本当に、そうなのか?と未だ困惑気味のロブに私は軽く肩を竦めて見せる。

「割と楽しく生活しているのよ?これでも!」

「しかも…こんな得体のしれない男と…」
そう言って、じっとりとロブはライルを睨みつける。どうやらロブはライルの顔にはピンと来ていないらしい。
そりゃあ、こんな所に数年前のクーデターで死んだはずの王子が要るなんて、思いもしないのだから仕方がない。
これは、このままライルの正体について触れない方がいいだろうと判断した私は

「うーん…まぁねぇ」
と曖昧に笑った。

「折角望まぬ相手との結婚から逃れたと思ったら、今度は無理やり海賊と結婚だなんて」
そう言って同情的な視線を向けられて、私は「ん?あれ?」と首を傾ける。
しかし、私より素早くその言葉に反応したのは…

「おい、何が無理やりだ?縛り上げて海に沈めるぞ!」
明らかに苛立ちを強くしているライルだった。

少し前から、私とロブのやり取りを聞きながら、彼が苛立ちつつあったのはなんとなく感じていたのだけれど…ついにここへきて我慢ならなくなったらしい。

しかし、そんなライルの苛立ちなんて大して気にしていない様子で、ロブも彼を睨み返している。

「お嬢様は私の全てだった!不遇な目にあっているのならお救いするのが騎士の役目だ」
そうして声高々に、言い切ったのだ。


「っ…ロブ。私はもうあの家の人間じゃない、しかもあなたも解任されたのなら、もう仕えてもらう必要はないのよ!?」
いくら騎士として私を守る任についていたからとは言え、私が家を出てしまい、彼が私の実家との関係がなくなってしまったのだから、もう私達には何の関係性もない。

ここまでして探してくれたのは、ひとえに彼の生真面目な性格のせいだろう。
そう思ったのに…。


「いえ…私は、生涯あなた様に仕えると決めて騎士になりました!ですからあなた様のおられる所が、私の居場所です」


「大した忠誠心だなぁ」
私の隣では、ライルが面白くなさそうにぼそりと呟くのが聞こえる。

しっかりと背筋を伸ばしたロブは、ブレることなく真っすぐ私を見据えてくる
なぜかこの場所で板挟み状態になっているように感じるのは、私の気のせいではないだろう…。

正直どうすしたらいいのか分からない。
困ってライルに視線を向ければ、そこでようやくライルは小さく息を吐いて、椅子の背にかけていた体重を前に移した。


「それで、ここが海賊の島だと知った上で、乗りこんで来たと?まったく、命知らずなやつだな」

テーブルに肘をついて呆れたようにロブを見る、ライルに対してロブはまた眉を寄せて彼を睨み据える。
しばらく、二人の無言のにらみ合いが続く。
ハラハラした私が、ロブの後方に立つディーンに助けを求めるように視線を向けるけれど「どうにもできませんね」と諦めたように首を振られてしまった。

「とにかく、こいつはこの島から…いや。俺のそばから離すわけにはいかん、諦めて故郷にでも帰るんだな」

最初に口を開いたのはライルだった。彼は、冷たくそれだけ言い放つと、また体重を椅子の背もたれに預けてしまう。

「ここまで来た者の簡単に帰すつもりなどないだろう?俺なら島を出たところで消すが…」

ライルを睨み据えたまま、ロブが低くうなるので、私は驚いてライルを見る。


「はっ!察しがいいな!」

肩を竦めて、ライルは鼻で笑うと、おもむろに私の腰に手を回して、「寝るぞ」と立ち上がろうとする。

いやいやちょっと、待って欲しい!そう思って、抗議の声を上げようと、口を開こうとしたところで、驚くほど冷たい色を放ったアイスブルーの瞳と目が私を制止した。


「っ!!ならば俺を雇え!!」

このままでは、話が打ち切られると察したロブが、ガタンと椅子を倒す勢いで立ち上がる。
その言葉に、腰に当てられたライルの手がピクリと反応した。

振り返ろうとした身体を、抵抗するように押し戻されて、私はロブに背を向けたまま固まるしかなかった。

「妻をそそのかす男を…か?そんな馬鹿な男がいると思うのか?」

「妻、妻と言いながら、随分と余裕がないのだな?俺に攫われるのが怖いのか」

後方で交わされる二人の応酬に、私は胸元で手を握り占めるしかできない。
ライルはともかく、ロブがこれほど人を挑発すること自体が私にとっては信じられなかった。

これは…止めるべきだろうか…。

しかし、声を発する前にそれはライルの乾いた笑い声に制された。

「上等だ!おい、こいつを連れていけ!とりあえずは拘束したままでいい。食事と寝床を与えてやれ!」

「承知しました」

部下達の是の声を聞いたライルは、もうこれ以上話すことはないと言うように、私の身体を押して寝室へ向かっていく。


「お嬢様!」

ディーン達に連れられて家を出ていくロブの声に、咄嗟に振り返る。

「ロ…っ!」

しかし、彼の姿を確認することも、名を呼ぶことも叶わなかった。
振り返った瞬間、私の身体はライルの強い力によって寝室に引きずり込まれてしまったのだ。


「なんだ…あの男の事好きだったのか?」

そうして引きずり込まれた寝室は、真っ暗で…やけに耳元の近い場所でライルの苛立った声が聞こえた。

「っ違うわ!」

慌てて弁明するように声を上げるけれど、私の腰をつかむライルの手の力は強いままだ。

「ただの、主人と騎士の関係よ!まさか…こんなところまで追いかけてくるなんて思ってもいなかったわ!」

最初こそ、汚名返上のために私を探しに来たのではないかと疑ったくらいだ…。
まさか彼がそこまで私に忠誠を誓っていてくれているとは、思わなかったのだ。


「その割に…随分と熱心な男だな…。」

「っ…」
そこは私も驚いているところである。だから何も言えずにいると、それをどう捉えたのかは分からないけれど、「チッ!」と耳元でライルが舌打ちをするのが聞こえて…。

次の瞬間、私は乱暴にベッドに押し倒された。

「っ!ちょっと!」

あまりに突然で、強引な行動に、抗議の声を上げるけれど、次の瞬間私の上にまたがってきたライルが強引に唇を重ねてきて、それ以上の言葉を発する事が出来なかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

【完】嫁き遅れの伯爵令嬢は逃げられ公爵に熱愛される

えとう蜜夏☆コミカライズ中
恋愛
 リリエラは母を亡くし弟の養育や領地の執務の手伝いをしていて貴族令嬢としての適齢期をやや逃してしまっていた。ところが弟の成人と婚約を機に家を追い出されることになり、住み込みの働き口を探していたところ教会のシスターから公爵との契約婚を勧められた。  お相手は公爵家当主となったばかりで、さらに彼は婚約者に立て続けに逃げられるといういわくつきの物件だったのだ。  少し辛辣なところがあるもののお人好しでお節介なリリエラに公爵も心惹かれていて……。  22.4.7女性向けホットランキングに入っておりました。ありがとうございます 22.4.9.9位,4.10.5位,4.11.3位,4.12.2位  Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.  ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

きっと、貴女は知っていた

mahiro
恋愛
自分以外の未来が見えるブランシュ・プラティニ。同様に己以外の未来が見えるヴァネッサ・モンジェルは訳あって同居していた。 同居の条件として、相手の未来を見たとしても、それは決して口にはしないこととしていた。 そんなある日、ブランシュとヴァネッサの住む家の前にひとりの男性が倒れていて………?

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

お兄様の指輪が壊れたら、溺愛が始まりまして

みこと。
恋愛
お兄様は女王陛下からいただいた指輪を、ずっと大切にしている。 きっと苦しい片恋をなさっているお兄様。 私はただ、お兄様の家に引き取られただけの存在。血の繋がってない妹。 だから、早々に屋敷を出なくては。私がお兄様の恋路を邪魔するわけにはいかないの。私の想いは、ずっと秘めて生きていく──。 なのに、ある日、お兄様の指輪が壊れて? 全7話、ご都合主義のハピエンです! 楽しんでいただけると嬉しいです! ※「小説家になろう」様にも掲載しています。

旦那様は大変忙しいお方なのです

あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。 しかし、その当人が結婚式に現れません。 侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」 呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。 相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。 我慢の限界が――来ました。 そちらがその気ならこちらにも考えがあります。 さあ。腕が鳴りますよ! ※視点がころころ変わります。 ※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

【完結】誰にも相手にされない壁の華、イケメン騎士にお持ち帰りされる。

三園 七詩
恋愛
独身の貴族が集められる、今で言う婚活パーティーそこに地味で地位も下のソフィアも参加することに…しかし誰にも話しかけらない壁の華とかしたソフィア。 それなのに気がつけば裸でベッドに寝ていた…隣にはイケメン騎士でパーティーの花形の男性が隣にいる。 頭を抱えるソフィアはその前の出来事を思い出した。 短編恋愛になってます。

処理中です...