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怒りの矛先
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私のイライラは翌日まで続いた。ただし、そのおかげなのか、なんなのか、とてつもなく作業は捗った。
なにせこの日は畑を作る予定だったのだ。
鍬を思いっきり振りかぶって土に叩き落す…この作業がとてつもなく、ささくれ立った心をスッキリさせた。
「リリー…何してるんだ?」
あまりにも鬼気迫る勢いで土に当たり散らしていたからなのか…それとも出かける前になかった畑が急に家の前に出来上がっている事態に驚いているのか、戻ってきたライルが唖然とした様子で声をかけてきた。
時間は正午。
朝早くから釣りに出かけていた彼は、片手に魚を入れた籠を持っている。
「何って?畑を作ったの。自給自足よ!農具を借りに行ったら余った種ももらえたからついでに蒔いちゃおうと思って!」
いまさら元に戻せと言われても困る。文句は言わせないわ!と土に鍬を入れながら強い口調で言うと、彼は「まぁ…それは、いいんだけどな…」と苦笑して
「土…耕せるんだな。」
全く違う方向に関心しているらしい。
どうやら令嬢育ちの私が泥にまみれて…何なら鍬を振りかぶって鬼気迫る様子で畑を耕している姿が意外・・・という事らしい。
そりゃあそうよね…普通の令嬢は、花に触れることはあれど、土に触るなんて・・・それどころか地面に膝をつくなんてことすらしないものだ。
「準備期間が2年もあったのよ!パン作りだけでなく、色々学んだの!まずは食べる事ができないと話にならないじゃない?一人で生きて行けるだけの知恵は付けたつもりよ?」
家出をして新大陸で生きて行くという私の意思の強さを甘く見ないで欲しい。そんな思いを込めて唇を尖らせて彼を見れば、彼はそんな私に近づいてきて…。
そっと頬についていたらしい土を拭ってくれた。
「生臭い…」
釣りをしていたのならば当然なのだが…ライルの手は少しばかり潮と魚の臭いがする。
抗議するように見上げれば、私の顔を楽しそうに見下ろすアイスブルーの瞳が煌めいていた。
「まぁ許せ!どうせ後から捌くんだから今臭いがついても変わらんだろう?」
確かに言われてみればそうなのだが…私はまだどこか彼に対して怒っているのに、彼は私の様子をとても嬉しそうにしているのだ。
そうしておもむろに、鍬を持つ私の手に手を重ねると…。
「流石にここまで一人でやって疲れただろう?俺がやるよ」
そう言って、いとも簡単に鍬を取り上げられてしまう。
正直、朝から一心不乱に掘り返していたので、腰も腕も痛くなり始めていた。
変わってもらえるのなら、ありがたいけれど…。
「あなた、畑作りなんてやったことあるの?」
素朴な疑問が湧いてくる。
私も確かに貴族の令嬢だけれど…この人は元王子だ。
王子が鍬?
そんな私の心配は、やはり間違っていなかったようで、最初にザクリと土に鍬を打ち込んだ彼は、笑ってしまいたいほどにへっぴり腰で、情けない姿だった。
剣を振るうときはあんなに堂々としてカッコいいのに…。
「やった事なんてないさ!でもリリーがこんなん作ったら、俺も一緒に世話する事になるんだろ?だったら慣れないとな」
そう言った彼は、やはり慣れない作業に自分自身でもぎこちなさを感じたのか、拗ねたように眉間にしわを寄せる。
そんな姿がなんだかとても微笑ましくて、堪えていた笑いが漏れてしまう。
「ふふっ。へっぴり腰ね」
「うるさい!」
「ふふふっ」
「っ…楽しそうだな」
ざくりと彼はもう一度、土に鍬を入れた。今度は重心の使い方に意識を置いたらしく、先ほどよりも随分としっかり腰が入っているように見える。もともと身体を動かすことには長けているのだから、すぐにでも畑作業もマスターしてしまうのだろう。
そんな彼の姿を見守るために、石段の上に腰を下ろす。
「割と楽しんでるわね!パン屋さんはできないけど、これはこれでおもしろいわ。次はボートの漕ぎ方覚えなきゃ」
「は?なんで?」
途端に不機嫌そうな声音でライルがこちらを向くので、私は首を傾ける。
「釣りよ、釣り!」
ダメ?と伺うように彼を見上げると、彼は「あぁ…」と拍子抜けしたように肩の力を抜いた。
「ボートは覚えなくていい…俺が一緒に行く」
それだけ言って、また土を耕す作業に移る彼に私は唇を尖らせる。
「でも、ライルがいない時とかさぁ~」
「っ…教えたら、お前どっかに行っちゃいそうだから!!」
ザクリと、ひと際深く鍬を入れた彼のその言葉は、苛立ちと共にどこか寂しさもにじませていて…。
それは、まるで…。
「っ…いかないわよ!」
「ならいいけどな…昨日の今日で出ていきたいって言うんじゃないかって…」
そこまで言って彼は黙り込んでしまった。
昨日のカリーナの件で、私に随分と不快な思いをさせたことを彼は気にしているのだろう。
「カリーナとはそんなんじゃない!」昨日彼の口から出たその言葉は、おそらく彼の中の真実ではあるのだ。
だったらそれでいいはずなのに…。
なぜか朝からもやもやとした気持ちを持て余している自分自身が良く分からなくなっているのだ。
これではまるで・・・。
なにせこの日は畑を作る予定だったのだ。
鍬を思いっきり振りかぶって土に叩き落す…この作業がとてつもなく、ささくれ立った心をスッキリさせた。
「リリー…何してるんだ?」
あまりにも鬼気迫る勢いで土に当たり散らしていたからなのか…それとも出かける前になかった畑が急に家の前に出来上がっている事態に驚いているのか、戻ってきたライルが唖然とした様子で声をかけてきた。
時間は正午。
朝早くから釣りに出かけていた彼は、片手に魚を入れた籠を持っている。
「何って?畑を作ったの。自給自足よ!農具を借りに行ったら余った種ももらえたからついでに蒔いちゃおうと思って!」
いまさら元に戻せと言われても困る。文句は言わせないわ!と土に鍬を入れながら強い口調で言うと、彼は「まぁ…それは、いいんだけどな…」と苦笑して
「土…耕せるんだな。」
全く違う方向に関心しているらしい。
どうやら令嬢育ちの私が泥にまみれて…何なら鍬を振りかぶって鬼気迫る様子で畑を耕している姿が意外・・・という事らしい。
そりゃあそうよね…普通の令嬢は、花に触れることはあれど、土に触るなんて・・・それどころか地面に膝をつくなんてことすらしないものだ。
「準備期間が2年もあったのよ!パン作りだけでなく、色々学んだの!まずは食べる事ができないと話にならないじゃない?一人で生きて行けるだけの知恵は付けたつもりよ?」
家出をして新大陸で生きて行くという私の意思の強さを甘く見ないで欲しい。そんな思いを込めて唇を尖らせて彼を見れば、彼はそんな私に近づいてきて…。
そっと頬についていたらしい土を拭ってくれた。
「生臭い…」
釣りをしていたのならば当然なのだが…ライルの手は少しばかり潮と魚の臭いがする。
抗議するように見上げれば、私の顔を楽しそうに見下ろすアイスブルーの瞳が煌めいていた。
「まぁ許せ!どうせ後から捌くんだから今臭いがついても変わらんだろう?」
確かに言われてみればそうなのだが…私はまだどこか彼に対して怒っているのに、彼は私の様子をとても嬉しそうにしているのだ。
そうしておもむろに、鍬を持つ私の手に手を重ねると…。
「流石にここまで一人でやって疲れただろう?俺がやるよ」
そう言って、いとも簡単に鍬を取り上げられてしまう。
正直、朝から一心不乱に掘り返していたので、腰も腕も痛くなり始めていた。
変わってもらえるのなら、ありがたいけれど…。
「あなた、畑作りなんてやったことあるの?」
素朴な疑問が湧いてくる。
私も確かに貴族の令嬢だけれど…この人は元王子だ。
王子が鍬?
そんな私の心配は、やはり間違っていなかったようで、最初にザクリと土に鍬を打ち込んだ彼は、笑ってしまいたいほどにへっぴり腰で、情けない姿だった。
剣を振るうときはあんなに堂々としてカッコいいのに…。
「やった事なんてないさ!でもリリーがこんなん作ったら、俺も一緒に世話する事になるんだろ?だったら慣れないとな」
そう言った彼は、やはり慣れない作業に自分自身でもぎこちなさを感じたのか、拗ねたように眉間にしわを寄せる。
そんな姿がなんだかとても微笑ましくて、堪えていた笑いが漏れてしまう。
「ふふっ。へっぴり腰ね」
「うるさい!」
「ふふふっ」
「っ…楽しそうだな」
ざくりと彼はもう一度、土に鍬を入れた。今度は重心の使い方に意識を置いたらしく、先ほどよりも随分としっかり腰が入っているように見える。もともと身体を動かすことには長けているのだから、すぐにでも畑作業もマスターしてしまうのだろう。
そんな彼の姿を見守るために、石段の上に腰を下ろす。
「割と楽しんでるわね!パン屋さんはできないけど、これはこれでおもしろいわ。次はボートの漕ぎ方覚えなきゃ」
「は?なんで?」
途端に不機嫌そうな声音でライルがこちらを向くので、私は首を傾ける。
「釣りよ、釣り!」
ダメ?と伺うように彼を見上げると、彼は「あぁ…」と拍子抜けしたように肩の力を抜いた。
「ボートは覚えなくていい…俺が一緒に行く」
それだけ言って、また土を耕す作業に移る彼に私は唇を尖らせる。
「でも、ライルがいない時とかさぁ~」
「っ…教えたら、お前どっかに行っちゃいそうだから!!」
ザクリと、ひと際深く鍬を入れた彼のその言葉は、苛立ちと共にどこか寂しさもにじませていて…。
それは、まるで…。
「っ…いかないわよ!」
「ならいいけどな…昨日の今日で出ていきたいって言うんじゃないかって…」
そこまで言って彼は黙り込んでしまった。
昨日のカリーナの件で、私に随分と不快な思いをさせたことを彼は気にしているのだろう。
「カリーナとはそんなんじゃない!」昨日彼の口から出たその言葉は、おそらく彼の中の真実ではあるのだ。
だったらそれでいいはずなのに…。
なぜか朝からもやもやとした気持ちを持て余している自分自身が良く分からなくなっているのだ。
これではまるで・・・。
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