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ライルの正体
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ザァーザァーと心地の良い波の音に、独特な潮の香。
うっすらと開けた目に飛び込んできたのは随分と高い位置から差し込む太陽の日差しと見慣れない土づくりの天井だった。
ここはどこだろうか。ぼんやりとした頭で考えながら身体を起こすと、直ぐ脇にある窓から家の外を伺うことができた。
この家は少し小高い丘の上にあるのだろうか、坂を下った先に見えるのは青々とした美しい海で、波が白い泡を立てながら押したり引いたりしているのが見える。
「き、れい」
潮の流れにしばら目を奪われながら、ぼんやりと呟くと、思いがけず喉が掠れていて、ひどくカサついた声が出た。
「起きたか」
「っ!!」
不意に頭の後ろから声をかけられて、びくりと肩を揺らした私は、声のした方向を振り返る。
私の寝ていた寝台の数歩先に設えられている椅子に男が座っていた。
眩いほどの金髪に、波打ち際のような澄んだアイスブルーの瞳が、面白そうにこちらを見ていて、その手には手入れの途中なのだろうか、矢じりと砥石が握られている。
どうやら眠っている間、彼はここに居たらしい。
そこでようやく私の頭は、気を失う前に自分に降りかかった出来事を思い出す。
そうだ、海賊の襲撃に会って、私はこの男・・・いやこのお方に攫われたのだ。
しっかりと視線の合った私の表情を、彼はしばらく品定めるように見つめた後、瞳を細めて「やはりな」と呟いた。
「俺の顔に、見覚えがあるようだな、お前はどこの貴族だ?」
「っ私そんなんじゃぁ!」
慌てて弁明しようとするけれど、そのあとの言葉が続かなかった。
彼の瞳は、私の心など見透かしているとでも言うように私を見つめていて・・・ゆっくりと立ち上がった彼はベッドサイドまで近づいてきて、息を詰める私の手を取る。
「よく磨かれた、汚れを知らない手だな。少しだけ剣が使えるのか?」
「それ・・・だけで?」
驚いて彼を見上げれば、彼はその美しい顔に勝気な笑みを浮かべた。
どうやら、彼の中ではすでに私の身元のおおよその検討が付いているらしい。
そして彼の正体に私が気が付いている・・・ということも。
ここで下手な隠し立てをすれば、事が事なだけに、私の命すら危うい。
そう悟った私は、観念して姿勢を正すと彼の瞳を臆することなく見上げた。
「ルーセンス伯爵家のリリーシャ・ルーセンスと申します」
まっすぐにそう伝えれば、彼は「ルーセンス・・・」と眉を寄せて
「中立派か・・・。なぜあんな粗末な船になんて乗っていたのだ?」
不思議そうに首を傾ける。
こんなところで海賊の真似事をしている彼に、不審がられるのは正直心外なのだが、確かにあんな船をわざわざ選んで乗り込む令嬢なんていないのも事実だ。
「家出をしたのです。アドレナード公爵家に嫁ぐことが決まっていて・・・それで」
そこまで説明したところで、彼は「なるほど!」と鼻で笑った。
「アドレナード・・・ははぁ、あの若い女狂いの変態親父だな。まだこんな若い女を囲う元気があるのか。まぁ逃げたのは懸命な判断だな、それであんなところ・・・麦袋に隠れていたわけだ」
どうやら、麦袋から出てきた私の姿を思い出したのだろう、ククッと可笑しそうに彼は笑った。
「っ!港に引き返されたら困るのだもの!」
こちらだって必死だったのだ。何よりあなた達のせいでピンチに陥ったのに笑われるのは心外だ。
「海賊に連れ去られても困るだろうに」
呆れたように言われて、私はムムムと頬を膨らませる。
「それもそうだけど、、、お金でなんとか見逃してもらえないかなぁって思ったの!」
何も考えて居るわけではないのだ、世間知らずのお嬢さん扱いをしないでいただきたい。
そう啖呵を切ってからあれ?と首を傾ける。
胸元に入れていた、金品を忍ばせていた袋が・・・ないのだ。なんならご丁寧に着替えまでさせられていることに、ようやく気が付いた。
「あぁ、あの懐の金品か」
こちらの戸惑いを意に返すことなく、彼が思い出したように呟く。そう・・・まるで大したものでもなかったと言うように。
それでもそれは、今私の手元にはなくて、見渡す限りこの部屋にもない・・・という事は彼らの戦利品の一部となったと考えるのが筋で。
「っ返して!!」
「誰に言っているんだ?俺は海賊だぞ?」
やれやれと肩を竦めて、あざ笑うように言われて、私は唇を噛む。
「っ元王子の癖に、がめついのね!」
悔し紛れに言い放てば、彼の形のいい眉がピクリと動く。
「やはり俺の顔を知っていたな?連れてきておいて良かったよ。」
ゆっくり息を吐いた彼は、ガシガシと豪快に後ろ頭を掻くと、射止めるような鋭い視線をこちらに向けてくる。
その瞳に捕らえられて、私はぴたりと息をするのを忘れてしまった。
「その名前は、忘れろ。王子ランドロフはあのクーデターのどさくさで死んだ。今は海賊の統領ライルだ」
まるで私の頭に一度で刷り込むように、ゆっくりとかみ砕くように言い聞かせる彼のその声は有無を言わせない威圧感を含んでいる。
確かクーデターの当時、王太子だった彼は、16か17だっただろうか?それでもこれほどの覇気を持ち得ていたのだから、彼がもし王位についていたのならどのような王になっていたのだろう。
うっすらと開けた目に飛び込んできたのは随分と高い位置から差し込む太陽の日差しと見慣れない土づくりの天井だった。
ここはどこだろうか。ぼんやりとした頭で考えながら身体を起こすと、直ぐ脇にある窓から家の外を伺うことができた。
この家は少し小高い丘の上にあるのだろうか、坂を下った先に見えるのは青々とした美しい海で、波が白い泡を立てながら押したり引いたりしているのが見える。
「き、れい」
潮の流れにしばら目を奪われながら、ぼんやりと呟くと、思いがけず喉が掠れていて、ひどくカサついた声が出た。
「起きたか」
「っ!!」
不意に頭の後ろから声をかけられて、びくりと肩を揺らした私は、声のした方向を振り返る。
私の寝ていた寝台の数歩先に設えられている椅子に男が座っていた。
眩いほどの金髪に、波打ち際のような澄んだアイスブルーの瞳が、面白そうにこちらを見ていて、その手には手入れの途中なのだろうか、矢じりと砥石が握られている。
どうやら眠っている間、彼はここに居たらしい。
そこでようやく私の頭は、気を失う前に自分に降りかかった出来事を思い出す。
そうだ、海賊の襲撃に会って、私はこの男・・・いやこのお方に攫われたのだ。
しっかりと視線の合った私の表情を、彼はしばらく品定めるように見つめた後、瞳を細めて「やはりな」と呟いた。
「俺の顔に、見覚えがあるようだな、お前はどこの貴族だ?」
「っ私そんなんじゃぁ!」
慌てて弁明しようとするけれど、そのあとの言葉が続かなかった。
彼の瞳は、私の心など見透かしているとでも言うように私を見つめていて・・・ゆっくりと立ち上がった彼はベッドサイドまで近づいてきて、息を詰める私の手を取る。
「よく磨かれた、汚れを知らない手だな。少しだけ剣が使えるのか?」
「それ・・・だけで?」
驚いて彼を見上げれば、彼はその美しい顔に勝気な笑みを浮かべた。
どうやら、彼の中ではすでに私の身元のおおよその検討が付いているらしい。
そして彼の正体に私が気が付いている・・・ということも。
ここで下手な隠し立てをすれば、事が事なだけに、私の命すら危うい。
そう悟った私は、観念して姿勢を正すと彼の瞳を臆することなく見上げた。
「ルーセンス伯爵家のリリーシャ・ルーセンスと申します」
まっすぐにそう伝えれば、彼は「ルーセンス・・・」と眉を寄せて
「中立派か・・・。なぜあんな粗末な船になんて乗っていたのだ?」
不思議そうに首を傾ける。
こんなところで海賊の真似事をしている彼に、不審がられるのは正直心外なのだが、確かにあんな船をわざわざ選んで乗り込む令嬢なんていないのも事実だ。
「家出をしたのです。アドレナード公爵家に嫁ぐことが決まっていて・・・それで」
そこまで説明したところで、彼は「なるほど!」と鼻で笑った。
「アドレナード・・・ははぁ、あの若い女狂いの変態親父だな。まだこんな若い女を囲う元気があるのか。まぁ逃げたのは懸命な判断だな、それであんなところ・・・麦袋に隠れていたわけだ」
どうやら、麦袋から出てきた私の姿を思い出したのだろう、ククッと可笑しそうに彼は笑った。
「っ!港に引き返されたら困るのだもの!」
こちらだって必死だったのだ。何よりあなた達のせいでピンチに陥ったのに笑われるのは心外だ。
「海賊に連れ去られても困るだろうに」
呆れたように言われて、私はムムムと頬を膨らませる。
「それもそうだけど、、、お金でなんとか見逃してもらえないかなぁって思ったの!」
何も考えて居るわけではないのだ、世間知らずのお嬢さん扱いをしないでいただきたい。
そう啖呵を切ってからあれ?と首を傾ける。
胸元に入れていた、金品を忍ばせていた袋が・・・ないのだ。なんならご丁寧に着替えまでさせられていることに、ようやく気が付いた。
「あぁ、あの懐の金品か」
こちらの戸惑いを意に返すことなく、彼が思い出したように呟く。そう・・・まるで大したものでもなかったと言うように。
それでもそれは、今私の手元にはなくて、見渡す限りこの部屋にもない・・・という事は彼らの戦利品の一部となったと考えるのが筋で。
「っ返して!!」
「誰に言っているんだ?俺は海賊だぞ?」
やれやれと肩を竦めて、あざ笑うように言われて、私は唇を噛む。
「っ元王子の癖に、がめついのね!」
悔し紛れに言い放てば、彼の形のいい眉がピクリと動く。
「やはり俺の顔を知っていたな?連れてきておいて良かったよ。」
ゆっくり息を吐いた彼は、ガシガシと豪快に後ろ頭を掻くと、射止めるような鋭い視線をこちらに向けてくる。
その瞳に捕らえられて、私はぴたりと息をするのを忘れてしまった。
「その名前は、忘れろ。王子ランドロフはあのクーデターのどさくさで死んだ。今は海賊の統領ライルだ」
まるで私の頭に一度で刷り込むように、ゆっくりとかみ砕くように言い聞かせる彼のその声は有無を言わせない威圧感を含んでいる。
確かクーデターの当時、王太子だった彼は、16か17だっただろうか?それでもこれほどの覇気を持ち得ていたのだから、彼がもし王位についていたのならどのような王になっていたのだろう。
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