上 下
5 / 72

ライルの正体

しおりを挟む
ザァーザァーと心地の良い波の音に、独特な潮の香。

うっすらと開けた目に飛び込んできたのは随分と高い位置から差し込む太陽の日差しと見慣れない土づくりの天井だった。

ここはどこだろうか。ぼんやりとした頭で考えながら身体を起こすと、直ぐ脇にある窓から家の外を伺うことができた。
この家は少し小高い丘の上にあるのだろうか、坂を下った先に見えるのは青々とした美しい海で、波が白い泡を立てながら押したり引いたりしているのが見える。


「き、れい」

潮の流れにしばら目を奪われながら、ぼんやりと呟くと、思いがけず喉が掠れていて、ひどくカサついた声が出た。

「起きたか」

「っ!!」
不意に頭の後ろから声をかけられて、びくりと肩を揺らした私は、声のした方向を振り返る。

私の寝ていた寝台の数歩先に設えられている椅子に男が座っていた。
眩いほどの金髪に、波打ち際のような澄んだアイスブルーの瞳が、面白そうにこちらを見ていて、その手には手入れの途中なのだろうか、矢じりと砥石が握られている。

どうやら眠っている間、彼はここに居たらしい。

そこでようやく私の頭は、気を失う前に自分に降りかかった出来事を思い出す。

そうだ、海賊の襲撃に会って、私はこの男・・・いやこのお方に攫われたのだ。

しっかりと視線の合った私の表情を、彼はしばらく品定めるように見つめた後、瞳を細めて「やはりな」と呟いた。


「俺の顔に、見覚えがあるようだな、お前はどこの貴族だ?」



「っ私そんなんじゃぁ!」

慌てて弁明しようとするけれど、そのあとの言葉が続かなかった。

彼の瞳は、私の心など見透かしているとでも言うように私を見つめていて・・・ゆっくりと立ち上がった彼はベッドサイドまで近づいてきて、息を詰める私の手を取る。

「よく磨かれた、汚れを知らない手だな。少しだけ剣が使えるのか?」


「それ・・・だけで?」

驚いて彼を見上げれば、彼はその美しい顔に勝気な笑みを浮かべた。
どうやら、彼の中ではすでに私の身元のおおよその検討が付いているらしい。
そして彼の正体に私が気が付いている・・・ということも。

ここで下手な隠し立てをすれば、事が事なだけに、私の命すら危うい。
そう悟った私は、観念して姿勢を正すと彼の瞳を臆することなく見上げた。


「ルーセンス伯爵家のリリーシャ・ルーセンスと申します」

まっすぐにそう伝えれば、彼は「ルーセンス・・・」と眉を寄せて

「中立派か・・・。なぜあんな粗末な船になんて乗っていたのだ?」

不思議そうに首を傾ける。
こんなところで海賊の真似事をしている彼に、不審がられるのは正直心外なのだが、確かにあんな船をわざわざ選んで乗り込む令嬢なんていないのも事実だ。


「家出をしたのです。アドレナード公爵家に嫁ぐことが決まっていて・・・それで」

そこまで説明したところで、彼は「なるほど!」と鼻で笑った。

「アドレナード・・・ははぁ、あの若い女狂いの変態親父だな。まだこんな若い女を囲う元気があるのか。まぁ逃げたのは懸命な判断だな、それであんなところ・・・麦袋に隠れていたわけだ」

どうやら、麦袋から出てきた私の姿を思い出したのだろう、ククッと可笑しそうに彼は笑った。

「っ!港に引き返されたら困るのだもの!」

こちらだって必死だったのだ。何よりあなた達のせいでピンチに陥ったのに笑われるのは心外だ。


「海賊に連れ去られても困るだろうに」

呆れたように言われて、私はムムムと頬を膨らませる。

「それもそうだけど、、、お金でなんとか見逃してもらえないかなぁって思ったの!」

何も考えて居るわけではないのだ、世間知らずのお嬢さん扱いをしないでいただきたい。
そう啖呵を切ってからあれ?と首を傾ける。
胸元に入れていた、金品を忍ばせていた袋が・・・ないのだ。なんならご丁寧に着替えまでさせられていることに、ようやく気が付いた。

「あぁ、あの懐の金品か」
こちらの戸惑いを意に返すことなく、彼が思い出したように呟く。そう・・・まるで大したものでもなかったと言うように。
それでもそれは、今私の手元にはなくて、見渡す限りこの部屋にもない・・・という事は彼らの戦利品の一部となったと考えるのが筋で。

「っ返して!!」

「誰に言っているんだ?俺は海賊だぞ?」

やれやれと肩を竦めて、あざ笑うように言われて、私は唇を噛む。

「っ元王子の癖に、がめついのね!」

悔し紛れに言い放てば、彼の形のいい眉がピクリと動く。

「やはり俺の顔を知っていたな?連れてきておいて良かったよ。」

ゆっくり息を吐いた彼は、ガシガシと豪快に後ろ頭を掻くと、射止めるような鋭い視線をこちらに向けてくる。
その瞳に捕らえられて、私はぴたりと息をするのを忘れてしまった。

「その名前は、忘れろ。王子ランドロフはあのクーデターのどさくさで死んだ。今は海賊の統領ライルだ」

まるで私の頭に一度で刷り込むように、ゆっくりとかみ砕くように言い聞かせる彼のその声は有無を言わせない威圧感を含んでいる。

確かクーデターの当時、王太子だった彼は、16か17だっただろうか?それでもこれほどの覇気を持ち得ていたのだから、彼がもし王位についていたのならどのような王になっていたのだろう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完】嫁き遅れの伯爵令嬢は逃げられ公爵に熱愛される

えとう蜜夏☆コミカライズ中
恋愛
 リリエラは母を亡くし弟の養育や領地の執務の手伝いをしていて貴族令嬢としての適齢期をやや逃してしまっていた。ところが弟の成人と婚約を機に家を追い出されることになり、住み込みの働き口を探していたところ教会のシスターから公爵との契約婚を勧められた。  お相手は公爵家当主となったばかりで、さらに彼は婚約者に立て続けに逃げられるといういわくつきの物件だったのだ。  少し辛辣なところがあるもののお人好しでお節介なリリエラに公爵も心惹かれていて……。  22.4.7女性向けホットランキングに入っておりました。ありがとうございます 22.4.9.9位,4.10.5位,4.11.3位,4.12.2位  Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.  ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

目が覚めたら異世界でした!~病弱だけど、心優しい人達に出会えました。なので現代の知識で恩返ししながら元気に頑張って生きていきます!〜

楠ノ木雫
恋愛
 病院に入院中だった私、奥村菖は知らず知らずに異世界へ続く穴に落っこちていたらしく、目が覚めたら知らない屋敷のベッドにいた。倒れていた菖を保護してくれたのはこの国の公爵家。彼女達からは、地球には帰れないと言われてしまった。  病気を患っている私はこのままでは死んでしまうのではないだろうかと悟ってしまったその時、いきなり目の前に〝妖精〟が現れた。その妖精達が持っていたものは幻の薬草と呼ばれるもので、自分の病気が治る事が発覚。治療を始めてどんどん元気になった。  元気になり、この国の公爵家にも歓迎されて。だから、恩返しの為に現代の知識をフル活用して頑張って元気に生きたいと思います!  でも、あれ? この世界には私の知る食材はないはずなのに、どうして食事にこの四角くて白い〝コレ〟が出てきたの……!?  ※他の投稿サイトにも掲載しています。

美形王子様が私を離してくれません!?虐げられた伯爵令嬢が前世の知識を使ってみんなを幸せにしようとしたら、溺愛の沼に嵌りました

葵 遥菜
恋愛
道端で急に前世を思い出した私はアイリーン・グレン。 前世は両親を亡くして児童養護施設で育った。だから、今世はたとえ伯爵家の本邸から距離のある「離れ」に住んでいても、両親が揃っていて、綺麗なお姉様もいてとっても幸せ! だけど……そのぬりかべ、もとい厚化粧はなんですか? せっかくの美貌が台無しです。前世美容部員の名にかけて、そのぬりかべ、破壊させていただきます! 「女の子たちが幸せに笑ってくれるのが私の一番の幸せなの!」 ーーすると、家族が円満になっちゃった!? 美形王子様が迫ってきた!?  私はただ、この世界のすべての女性を幸せにしたかっただけなのにーー! ※約六万字で完結するので、長編というより中編です。 ※他サイトにも投稿しています。

お兄様の指輪が壊れたら、溺愛が始まりまして

みこと。
恋愛
お兄様は女王陛下からいただいた指輪を、ずっと大切にしている。 きっと苦しい片恋をなさっているお兄様。 私はただ、お兄様の家に引き取られただけの存在。血の繋がってない妹。 だから、早々に屋敷を出なくては。私がお兄様の恋路を邪魔するわけにはいかないの。私の想いは、ずっと秘めて生きていく──。 なのに、ある日、お兄様の指輪が壊れて? 全7話、ご都合主義のハピエンです! 楽しんでいただけると嬉しいです! ※「小説家になろう」様にも掲載しています。

転生おばさんは有能な侍女

吉田ルネ
恋愛
五十四才の人生あきらめモードのおばさんが転生した先は、可憐なお嬢さまの侍女でした え? 婚約者が浮気? え? 国家転覆の陰謀? 転生おばさんは忙しい そして、新しい恋の予感…… てへ 豊富な(?)人生経験をもとに、お嬢さまをおたすけするぞ!

離縁前提で嫁いだのにいつの間にか旦那様に愛されていました

Karamimi
恋愛
ぬいぐるみ作家として活躍している伯爵令嬢のローラ。今年18歳になるローラは、もちろん結婚など興味が無い。両親も既にローラの結婚を諦めていたはずなのだが… 「ローラ、お前に結婚の話が来た。相手は公爵令息だ!」 父親が突如持ってきたお見合い話。話を聞けば、相手はバーエンス公爵家の嫡男、アーサーだった。ただ、彼は美しい見た目とは裏腹に、極度の女嫌い。既に7回の結婚&離縁を繰り返している男だ。 そんな男と結婚なんてしたくない!そう訴えるローラだったが、結局父親に丸め込まれ嫁ぐ事に。 まあ、どうせすぐに追い出されるだろう。軽い気持ちで嫁いで行ったはずが… 恋愛初心者の2人が、本当の夫婦になるまでのお話です! 【追記】 いつもお読みいただきありがとうございます。 皆様のおかげで、書籍化する事が出来ました(*^-^*) 今後番外編や、引き下げになった第2章のお話を修正しながら、ゆっくりと投稿していこうと考えております。 引き続き、お付き合いいただけますと嬉しいです。 どうぞよろしくお願いいたしますm(__)m

モブの私がなぜかヒロインを押し退けて王太子殿下に選ばれました

みゅー
恋愛
その国では婚約者候補を集め、その中から王太子殿下が自分の婚約者を選ぶ。 ケイトは自分がそんな乙女ゲームの世界に、転生してしまったことを知った。 だが、ケイトはそのゲームには登場しておらず、気にせずそのままその世界で自分の身の丈にあった普通の生活をするつもりでいた。だが、ある日宮廷から使者が訪れ、婚約者候補となってしまい…… そんなお話です。

処理中です...