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家出令嬢の脱走計画

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昼間には青々と茂っていた芝生は、夜の闇には真っ黒な闇に溶け込んでしまっている。

その上をザクザク踏みしめながら、リリーシャ・ルーセンスは後ろをついてくる男の気配に苛立って、足を止める。

自身の屋敷の、広大な庭の外れの木立の陰に身を隠しながら、その男が近づいて来るのを待って

「ついてこないで!って言っているでしょう!」

何度目かになる拒絶の言葉を彼に投げかける。その声は押し殺してはいるものの、今までの中で一番大きなものだった。

「ですが・・・お嬢様!どちらへ!!」

困惑した男はこちらを困った子供を見るように見つめている。


どちらへも何もない、今日このタイミングで自分がこんな場所まで抜け出しているのがどういうことなのか、敏い彼ならば悠々と察しがついているに決まっている。

「あんな男の嫁になるくらいならわたしは家を出るわ!」

どうせバレているのならば、口に出すのも同じことだ。開き直って胸を張って言ってみれば、意外や意外に彼は驚いたように息を飲んだ。


「そんな無茶苦茶な!」

「無茶苦茶?確かに今初めて聞いたあなたには、私の思い付きのように聞こえるでしょうね!でもね、ずっと準備していたのよ?」

所詮彼は庇護対象の、少し気難しいだけの伯爵家の令嬢だとでも思っているのだろう。
私にだって考えることがあるし、自分の事は自分で決められるだけの決断力も行動力もあるのだ。

現に私は今日この日のために2年もの時間を費やして準備を整えてきたのだ。

首尾は万端だったのに、まさかこの男に見つかってしまったのは誤算だった。


私は絶対に屋敷に戻るつもりはない、だってチャンスはもう今日しかないのだから。
強い意志を込めて彼を睨み返せば、彼は当惑しながら、頭をガシガシ掻くと。


「では、せめて私をお連れください」

と大きなため息と共に宣った。

どうやらここで見逃して「はいさようなら、お気をつけて!」とはならないらしい。
彼に見つかった時から、どうせこうなる事は予測がついていたので、私は観念したように息を吐いた。

「わかったわ・・・じゃあ馬を連れて来てくれる?足が痛いの」

屋敷からこの木立まではそれなりに距離がある。普段どこに行くにも馬車移動の伯爵令嬢の足には堪える。
尊大に言い放った私の言葉に、彼は安堵したように息を吐くと、やれやれといつも私のわがままを聞くときの素振りを見せて、私を木立の奥に促がす。


「ここで待っていてくださいね!くれぐれも動かないでくださいよ。こう暗くては見つけられませんからね」

「分かっているわ!早くしてよね!暗い内になるべく遠くに行きたいの!」


いいからさっさと馬を持ってきて頂戴!といつもの高飛車な態度で応じれば、彼はもう一度呆れたように息を吐いて、「お待ちください」と呟くと、静かに木立を離れていった。




彼の姿が静かに庭の陰に溶け込んでいく様子を見送って、私はすぐに駆け出した。

「ごめんね!でも貴方達の面倒まで見られないのよ!」

木立の端にある生垣のわずかに崩れたところから身体をねじ込んで脱出すると、小さくペロリと舌を出す。

身体の大きな彼も、馬もここを通ることはできない。
2年かけて見つけ出した安全な脱出ルートなのだ、これを変更するなんて事はできない。


忠誠心が厚く、小さなころから私に仕えていてくれた彼、そんな彼を騙すような事になったのは心苦しいけれど、所詮は忠誠心だけで私をこれから待つ悲惨な運命から救ってくれる事はないのだ。


結局は、自分の道は自分で切り開くしかないのよ。

よくある冒険物語の主人公のようで、なんだかわくわくしてくる。

生まれ育った屋敷の生垣を一度も振り返ることなく私は走りだす。

そのルートだって、ずっとずっと計画してきたのだ。

深窓の令嬢なめんなよ!私は強く生きて行くのだ。
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