1 / 72
家出令嬢の脱走計画
しおりを挟む
昼間には青々と茂っていた芝生は、夜の闇には真っ黒な闇に溶け込んでしまっている。
その上をザクザク踏みしめながら、リリーシャ・ルーセンスは後ろをついてくる男の気配に苛立って、足を止める。
自身の屋敷の、広大な庭の外れの木立の陰に身を隠しながら、その男が近づいて来るのを待って
「ついてこないで!って言っているでしょう!」
何度目かになる拒絶の言葉を彼に投げかける。その声は押し殺してはいるものの、今までの中で一番大きなものだった。
「ですが・・・お嬢様!どちらへ!!」
困惑した男はこちらを困った子供を見るように見つめている。
どちらへも何もない、今日このタイミングで自分がこんな場所まで抜け出しているのがどういうことなのか、敏い彼ならば悠々と察しがついているに決まっている。
「あんな男の嫁になるくらいならわたしは家を出るわ!」
どうせバレているのならば、口に出すのも同じことだ。開き直って胸を張って言ってみれば、意外や意外に彼は驚いたように息を飲んだ。
「そんな無茶苦茶な!」
「無茶苦茶?確かに今初めて聞いたあなたには、私の思い付きのように聞こえるでしょうね!でもね、ずっと準備していたのよ?」
所詮彼は庇護対象の、少し気難しいだけの伯爵家の令嬢だとでも思っているのだろう。
私にだって考えることがあるし、自分の事は自分で決められるだけの決断力も行動力もあるのだ。
現に私は今日この日のために2年もの時間を費やして準備を整えてきたのだ。
首尾は万端だったのに、まさかこの男に見つかってしまったのは誤算だった。
私は絶対に屋敷に戻るつもりはない、だってチャンスはもう今日しかないのだから。
強い意志を込めて彼を睨み返せば、彼は当惑しながら、頭をガシガシ掻くと。
「では、せめて私をお連れください」
と大きなため息と共に宣った。
どうやらここで見逃して「はいさようなら、お気をつけて!」とはならないらしい。
彼に見つかった時から、どうせこうなる事は予測がついていたので、私は観念したように息を吐いた。
「わかったわ・・・じゃあ馬を連れて来てくれる?足が痛いの」
屋敷からこの木立まではそれなりに距離がある。普段どこに行くにも馬車移動の伯爵令嬢の足には堪える。
尊大に言い放った私の言葉に、彼は安堵したように息を吐くと、やれやれといつも私のわがままを聞くときの素振りを見せて、私を木立の奥に促がす。
「ここで待っていてくださいね!くれぐれも動かないでくださいよ。こう暗くては見つけられませんからね」
「分かっているわ!早くしてよね!暗い内になるべく遠くに行きたいの!」
いいからさっさと馬を持ってきて頂戴!といつもの高飛車な態度で応じれば、彼はもう一度呆れたように息を吐いて、「お待ちください」と呟くと、静かに木立を離れていった。
彼の姿が静かに庭の陰に溶け込んでいく様子を見送って、私はすぐに駆け出した。
「ごめんね!でも貴方達の面倒まで見られないのよ!」
木立の端にある生垣のわずかに崩れたところから身体をねじ込んで脱出すると、小さくペロリと舌を出す。
身体の大きな彼も、馬もここを通ることはできない。
2年かけて見つけ出した安全な脱出ルートなのだ、これを変更するなんて事はできない。
忠誠心が厚く、小さなころから私に仕えていてくれた彼、そんな彼を騙すような事になったのは心苦しいけれど、所詮は忠誠心だけで私をこれから待つ悲惨な運命から救ってくれる事はないのだ。
結局は、自分の道は自分で切り開くしかないのよ。
よくある冒険物語の主人公のようで、なんだかわくわくしてくる。
生まれ育った屋敷の生垣を一度も振り返ることなく私は走りだす。
そのルートだって、ずっとずっと計画してきたのだ。
深窓の令嬢なめんなよ!私は強く生きて行くのだ。
その上をザクザク踏みしめながら、リリーシャ・ルーセンスは後ろをついてくる男の気配に苛立って、足を止める。
自身の屋敷の、広大な庭の外れの木立の陰に身を隠しながら、その男が近づいて来るのを待って
「ついてこないで!って言っているでしょう!」
何度目かになる拒絶の言葉を彼に投げかける。その声は押し殺してはいるものの、今までの中で一番大きなものだった。
「ですが・・・お嬢様!どちらへ!!」
困惑した男はこちらを困った子供を見るように見つめている。
どちらへも何もない、今日このタイミングで自分がこんな場所まで抜け出しているのがどういうことなのか、敏い彼ならば悠々と察しがついているに決まっている。
「あんな男の嫁になるくらいならわたしは家を出るわ!」
どうせバレているのならば、口に出すのも同じことだ。開き直って胸を張って言ってみれば、意外や意外に彼は驚いたように息を飲んだ。
「そんな無茶苦茶な!」
「無茶苦茶?確かに今初めて聞いたあなたには、私の思い付きのように聞こえるでしょうね!でもね、ずっと準備していたのよ?」
所詮彼は庇護対象の、少し気難しいだけの伯爵家の令嬢だとでも思っているのだろう。
私にだって考えることがあるし、自分の事は自分で決められるだけの決断力も行動力もあるのだ。
現に私は今日この日のために2年もの時間を費やして準備を整えてきたのだ。
首尾は万端だったのに、まさかこの男に見つかってしまったのは誤算だった。
私は絶対に屋敷に戻るつもりはない、だってチャンスはもう今日しかないのだから。
強い意志を込めて彼を睨み返せば、彼は当惑しながら、頭をガシガシ掻くと。
「では、せめて私をお連れください」
と大きなため息と共に宣った。
どうやらここで見逃して「はいさようなら、お気をつけて!」とはならないらしい。
彼に見つかった時から、どうせこうなる事は予測がついていたので、私は観念したように息を吐いた。
「わかったわ・・・じゃあ馬を連れて来てくれる?足が痛いの」
屋敷からこの木立まではそれなりに距離がある。普段どこに行くにも馬車移動の伯爵令嬢の足には堪える。
尊大に言い放った私の言葉に、彼は安堵したように息を吐くと、やれやれといつも私のわがままを聞くときの素振りを見せて、私を木立の奥に促がす。
「ここで待っていてくださいね!くれぐれも動かないでくださいよ。こう暗くては見つけられませんからね」
「分かっているわ!早くしてよね!暗い内になるべく遠くに行きたいの!」
いいからさっさと馬を持ってきて頂戴!といつもの高飛車な態度で応じれば、彼はもう一度呆れたように息を吐いて、「お待ちください」と呟くと、静かに木立を離れていった。
彼の姿が静かに庭の陰に溶け込んでいく様子を見送って、私はすぐに駆け出した。
「ごめんね!でも貴方達の面倒まで見られないのよ!」
木立の端にある生垣のわずかに崩れたところから身体をねじ込んで脱出すると、小さくペロリと舌を出す。
身体の大きな彼も、馬もここを通ることはできない。
2年かけて見つけ出した安全な脱出ルートなのだ、これを変更するなんて事はできない。
忠誠心が厚く、小さなころから私に仕えていてくれた彼、そんな彼を騙すような事になったのは心苦しいけれど、所詮は忠誠心だけで私をこれから待つ悲惨な運命から救ってくれる事はないのだ。
結局は、自分の道は自分で切り開くしかないのよ。
よくある冒険物語の主人公のようで、なんだかわくわくしてくる。
生まれ育った屋敷の生垣を一度も振り返ることなく私は走りだす。
そのルートだって、ずっとずっと計画してきたのだ。
深窓の令嬢なめんなよ!私は強く生きて行くのだ。
0
お気に入りに追加
465
あなたにおすすめの小説
【完】嫁き遅れの伯爵令嬢は逃げられ公爵に熱愛される
えとう蜜夏☆コミカライズ中
恋愛
リリエラは母を亡くし弟の養育や領地の執務の手伝いをしていて貴族令嬢としての適齢期をやや逃してしまっていた。ところが弟の成人と婚約を機に家を追い出されることになり、住み込みの働き口を探していたところ教会のシスターから公爵との契約婚を勧められた。
お相手は公爵家当主となったばかりで、さらに彼は婚約者に立て続けに逃げられるといういわくつきの物件だったのだ。
少し辛辣なところがあるもののお人好しでお節介なリリエラに公爵も心惹かれていて……。
22.4.7女性向けホットランキングに入っておりました。ありがとうございます 22.4.9.9位,4.10.5位,4.11.3位,4.12.2位
Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.
ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)
離縁前提で嫁いだのにいつの間にか旦那様に愛されていました
Karamimi
恋愛
ぬいぐるみ作家として活躍している伯爵令嬢のローラ。今年18歳になるローラは、もちろん結婚など興味が無い。両親も既にローラの結婚を諦めていたはずなのだが…
「ローラ、お前に結婚の話が来た。相手は公爵令息だ!」
父親が突如持ってきたお見合い話。話を聞けば、相手はバーエンス公爵家の嫡男、アーサーだった。ただ、彼は美しい見た目とは裏腹に、極度の女嫌い。既に7回の結婚&離縁を繰り返している男だ。
そんな男と結婚なんてしたくない!そう訴えるローラだったが、結局父親に丸め込まれ嫁ぐ事に。
まあ、どうせすぐに追い出されるだろう。軽い気持ちで嫁いで行ったはずが…
恋愛初心者の2人が、本当の夫婦になるまでのお話です!
【追記】
いつもお読みいただきありがとうございます。
皆様のおかげで、書籍化する事が出来ました(*^-^*)
今後番外編や、引き下げになった第2章のお話を修正しながら、ゆっくりと投稿していこうと考えております。
引き続き、お付き合いいただけますと嬉しいです。
どうぞよろしくお願いいたしますm(__)m
目が覚めたら異世界でした!~病弱だけど、心優しい人達に出会えました。なので現代の知識で恩返ししながら元気に頑張って生きていきます!〜
楠ノ木雫
恋愛
病院に入院中だった私、奥村菖は知らず知らずに異世界へ続く穴に落っこちていたらしく、目が覚めたら知らない屋敷のベッドにいた。倒れていた菖を保護してくれたのはこの国の公爵家。彼女達からは、地球には帰れないと言われてしまった。
病気を患っている私はこのままでは死んでしまうのではないだろうかと悟ってしまったその時、いきなり目の前に〝妖精〟が現れた。その妖精達が持っていたものは幻の薬草と呼ばれるもので、自分の病気が治る事が発覚。治療を始めてどんどん元気になった。
元気になり、この国の公爵家にも歓迎されて。だから、恩返しの為に現代の知識をフル活用して頑張って元気に生きたいと思います!
でも、あれ? この世界には私の知る食材はないはずなのに、どうして食事にこの四角くて白い〝コレ〟が出てきたの……!?
※他の投稿サイトにも掲載しています。
美形王子様が私を離してくれません!?虐げられた伯爵令嬢が前世の知識を使ってみんなを幸せにしようとしたら、溺愛の沼に嵌りました
葵 遥菜
恋愛
道端で急に前世を思い出した私はアイリーン・グレン。
前世は両親を亡くして児童養護施設で育った。だから、今世はたとえ伯爵家の本邸から距離のある「離れ」に住んでいても、両親が揃っていて、綺麗なお姉様もいてとっても幸せ!
だけど……そのぬりかべ、もとい厚化粧はなんですか? せっかくの美貌が台無しです。前世美容部員の名にかけて、そのぬりかべ、破壊させていただきます!
「女の子たちが幸せに笑ってくれるのが私の一番の幸せなの!」
ーーすると、家族が円満になっちゃった!? 美形王子様が迫ってきた!?
私はただ、この世界のすべての女性を幸せにしたかっただけなのにーー!
※約六万字で完結するので、長編というより中編です。
※他サイトにも投稿しています。
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
サラシがちぎれた男装騎士の私、初恋の陛下に【女体化の呪い】だと勘違いされました。
ゆちば
恋愛
ビリビリッ!
「む……、胸がぁぁぁッ!!」
「陛下、声がでかいです!」
◆
フェルナン陛下に密かに想いを寄せる私こと、護衛騎士アルヴァロ。
私は女嫌いの陛下のお傍にいるため、男のフリをしていた。
だがある日、黒魔術師の呪いを防いだ際にサラシがちぎれてしまう。
たわわなたわわの存在が顕になり、絶対絶命の私に陛下がかけた言葉は……。
「【女体化の呪い】だ!」
勘違いした陛下と、今度は男→女になったと偽る私の恋の行き着く先は――?!
勢い強めの3万字ラブコメです。
全18話、5/5の昼には完結します。
他のサイトでも公開しています。
お兄様の指輪が壊れたら、溺愛が始まりまして
みこと。
恋愛
お兄様は女王陛下からいただいた指輪を、ずっと大切にしている。
きっと苦しい片恋をなさっているお兄様。
私はただ、お兄様の家に引き取られただけの存在。血の繋がってない妹。
だから、早々に屋敷を出なくては。私がお兄様の恋路を邪魔するわけにはいかないの。私の想いは、ずっと秘めて生きていく──。
なのに、ある日、お兄様の指輪が壊れて?
全7話、ご都合主義のハピエンです! 楽しんでいただけると嬉しいです!
※「小説家になろう」様にも掲載しています。
不能と噂される皇帝の後宮に放り込まれた姫は恩返しをする
矢野りと
恋愛
不能と噂される隣国の皇帝の後宮に、牛100頭と交換で送り込まれた貧乏小国の姫。
『なんでですか!せめて牛150頭と交換してほしかったですー』と叫んでいる。
『フンガァッ』と鼻息荒く女達の戦いの場に勢い込んで来てみれば、そこはまったりパラダイスだった…。
『なんか悪いですわね~♪』と三食昼寝付き生活を満喫する姫は自分の特技を活かして皇帝に恩返しすることに。
不能?な皇帝と勘違い姫の恋の行方はどうなるのか。
※設定はゆるいです。
※たくさん笑ってください♪
※お気に入り登録、感想有り難うございます♪執筆の励みにしております!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる