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3章
75 情報
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陵瑜の後について、彼の執務室に入れば、背を向けていた彼が繋いだままの手を引き寄せてくる。
「知らせを聞いて、心臓が止まるかと思ったぞ」
「す、すまない」
はずみで、彼の厚みのある胸板に閉じ込められ、思わず身体を強張らせるが、頭と肩をしっかりと掴まれてしまい、挙句、耳元で苦しげに囁かれてしまうと、なぜか身体中が途端に熱くなってくる。
「頼むからもう少し、郷以外の事でも自分の身の安全に頓着してくれ」
「っ……気をつける」
気をつける……気をつけるから、離してほしい。でないと頭が上手く回らない。
そんな意味を込めて、彼の腕をパンパンと叩くと、締め上げられて苦しかったと思われたのか「すまない!つい……」と慌てて身体を離される。
「今回の件……郷以外の者で心当たりは無いのか?」
「……あまりないな……碧宇殿下夫妻意外は……むしろ陵瑜の方が分かるのではないかと思うのだが……」
陵瑜と行動をともにするようになって霜苓が接触した者の数はさほど多くない。その全てと言っていいほどの人間を陵瑜は把握しているのだ。
気を取り直して、応接用の長椅子に腰掛け、居住まいを正す。
お茶でも飲んで、色々と落ち着けたいところだか、女官を呼ぶわけにもいかないので、諦めた。
「政治的な意味で、だな。それは確かにあるかもしれないが……」
そう言って考え込んだ陵瑜だが、彼にも思いつかないのか、それとも多すぎて、すぐに目星がつかないのかもしれない。
「わかった、ならばこの件は預からせてもらう。しばらく護衛を多くつける事になるだろう。窮屈かもしれないが我慢できるか?」
「う……」
今でさえ、移動の度に女官やら乳母やらを引き連れて大所帯なのに、更に人が増える……。内心「勘弁してほしい」と思いながらも、今日の件があるために強く言えず「分かった……」と沈んだ声で頷く。
とはいえ。少しでもマシにならないだろうか……そんな願いを込めてこれだけは伝えようと控えめに口を開く
「多分……宮の中は安全だと思う。燈駕が言っていたがここはなかなか入り込むのが難しいらしい。おそらく奴らは、ここまで入り込める技術を持ちわせていない。だから外出時を狙ったのかと」
「しかし燈駕はゆうゆうと入ってきていたのだろう?」
「それは単に燈駕の能力が高いからだ」
「そうなのか……霜苓にとって、あいつは信頼がおけるのか?」
問われて霜苓は唇を引き結ぶ。
刺客としての実力をと聞かれたら、それは迷いなく頷ける。しかし、彼の人となりとなると、幼馴染とはいえ数年離れていた時間がある。
「なんとも……ただ彼が郷に戻れないのは事実だし、あまり信念が無い性格なのも事実だ」
あの飄々とした態度や、物怖じしない性格、仲間想いなのは変わってはいない様子だった。
「よく、知っているのだな」
「まだ乳を吸ってる頃から15になる直前まで近くにいたから……でも、もし、裏切るような素振りがあれば、すぐに始末する」
珠樹や、陵瑜を害するならば、幼馴染でも容赦はしない。思わず胸元に隠した武具に手を当てると、陵瑜が眉を寄せる。
「勝てるのか?」
低く問われ、彼自身もまだその可能性を捨てていない事を理解する。
「どちらが勝っても、双方無事ですまない程度だ。そこは燈駕と意見が一致している」
おそらくどちらも重症を負う事になる。万一霜苓が倒れても、後には陵瑜をはじめ、彼の臣下達など手練れがいる。
トドメは刺してもらえるだろう。
そんな事を考えたのがいけなかったのか、目の前の陵瑜が不機嫌そうに「それは、困るな」とつぶやいた。
その手は腰に帯刀した剣の柄にかかっている。
先んじて今から斬りに行こうかなどと言い出しそうな様子に、慌てて腰を浮かせると、陵瑜の柄に添えた手を握る。
「だが、今はひとまず、あの男の持つ情報が欲しい!」
斬るならそのあとで……いやでも、彼も霜苓に巻き込まれたわけで、できれば勘弁してやってほしい!
半ば混乱状態で、早口に告げる。
「先ほども言っていたそれは何なんだ? 俺には言えないか?」
至近距離で低く問われ、思わずしまったと息をのむ。この距離で陵瑜に問い詰められると、いつも霜苓は頭が働かなくなるのだ。
しかし……
「っ……詳しくは知らないほうがいい。私達には郷の者を嗅ぎ分けるものがある。彼はそれが薄い、もしくは感じられない時がある。それを知れば、郷から気付かれずにいられる可能性がある」
なんとなく、同朋を嗅ぎ分けられる何かがある事は、彼も分かってはいる。だからこそ、それ以上の情報を与えて、巻き込んでしまう事は避けたいのだ。
「なるほど……それを奴から聞き出さねばならないと……」
「しかし、今日訪ねた老女は知らないと言っていた。もしかしたら彼も分からないかもしれないが……」
「だが希望はあると言うことか……」
「そうだ。燈駕を宮に置いてくれて助かった。じっくり聞き出して考えることができる」
なんなら、以前宮に侵入した事を問われ、拘束されるか、それから逃げられるかもしれない状況でもあった。寛容に扱ってくれた事に感謝しているのだと微笑めば
「それは…よかった」
なぜか複雑な笑みを浮かべられた。
「知らせを聞いて、心臓が止まるかと思ったぞ」
「す、すまない」
はずみで、彼の厚みのある胸板に閉じ込められ、思わず身体を強張らせるが、頭と肩をしっかりと掴まれてしまい、挙句、耳元で苦しげに囁かれてしまうと、なぜか身体中が途端に熱くなってくる。
「頼むからもう少し、郷以外の事でも自分の身の安全に頓着してくれ」
「っ……気をつける」
気をつける……気をつけるから、離してほしい。でないと頭が上手く回らない。
そんな意味を込めて、彼の腕をパンパンと叩くと、締め上げられて苦しかったと思われたのか「すまない!つい……」と慌てて身体を離される。
「今回の件……郷以外の者で心当たりは無いのか?」
「……あまりないな……碧宇殿下夫妻意外は……むしろ陵瑜の方が分かるのではないかと思うのだが……」
陵瑜と行動をともにするようになって霜苓が接触した者の数はさほど多くない。その全てと言っていいほどの人間を陵瑜は把握しているのだ。
気を取り直して、応接用の長椅子に腰掛け、居住まいを正す。
お茶でも飲んで、色々と落ち着けたいところだか、女官を呼ぶわけにもいかないので、諦めた。
「政治的な意味で、だな。それは確かにあるかもしれないが……」
そう言って考え込んだ陵瑜だが、彼にも思いつかないのか、それとも多すぎて、すぐに目星がつかないのかもしれない。
「わかった、ならばこの件は預からせてもらう。しばらく護衛を多くつける事になるだろう。窮屈かもしれないが我慢できるか?」
「う……」
今でさえ、移動の度に女官やら乳母やらを引き連れて大所帯なのに、更に人が増える……。内心「勘弁してほしい」と思いながらも、今日の件があるために強く言えず「分かった……」と沈んだ声で頷く。
とはいえ。少しでもマシにならないだろうか……そんな願いを込めてこれだけは伝えようと控えめに口を開く
「多分……宮の中は安全だと思う。燈駕が言っていたがここはなかなか入り込むのが難しいらしい。おそらく奴らは、ここまで入り込める技術を持ちわせていない。だから外出時を狙ったのかと」
「しかし燈駕はゆうゆうと入ってきていたのだろう?」
「それは単に燈駕の能力が高いからだ」
「そうなのか……霜苓にとって、あいつは信頼がおけるのか?」
問われて霜苓は唇を引き結ぶ。
刺客としての実力をと聞かれたら、それは迷いなく頷ける。しかし、彼の人となりとなると、幼馴染とはいえ数年離れていた時間がある。
「なんとも……ただ彼が郷に戻れないのは事実だし、あまり信念が無い性格なのも事実だ」
あの飄々とした態度や、物怖じしない性格、仲間想いなのは変わってはいない様子だった。
「よく、知っているのだな」
「まだ乳を吸ってる頃から15になる直前まで近くにいたから……でも、もし、裏切るような素振りがあれば、すぐに始末する」
珠樹や、陵瑜を害するならば、幼馴染でも容赦はしない。思わず胸元に隠した武具に手を当てると、陵瑜が眉を寄せる。
「勝てるのか?」
低く問われ、彼自身もまだその可能性を捨てていない事を理解する。
「どちらが勝っても、双方無事ですまない程度だ。そこは燈駕と意見が一致している」
おそらくどちらも重症を負う事になる。万一霜苓が倒れても、後には陵瑜をはじめ、彼の臣下達など手練れがいる。
トドメは刺してもらえるだろう。
そんな事を考えたのがいけなかったのか、目の前の陵瑜が不機嫌そうに「それは、困るな」とつぶやいた。
その手は腰に帯刀した剣の柄にかかっている。
先んじて今から斬りに行こうかなどと言い出しそうな様子に、慌てて腰を浮かせると、陵瑜の柄に添えた手を握る。
「だが、今はひとまず、あの男の持つ情報が欲しい!」
斬るならそのあとで……いやでも、彼も霜苓に巻き込まれたわけで、できれば勘弁してやってほしい!
半ば混乱状態で、早口に告げる。
「先ほども言っていたそれは何なんだ? 俺には言えないか?」
至近距離で低く問われ、思わずしまったと息をのむ。この距離で陵瑜に問い詰められると、いつも霜苓は頭が働かなくなるのだ。
しかし……
「っ……詳しくは知らないほうがいい。私達には郷の者を嗅ぎ分けるものがある。彼はそれが薄い、もしくは感じられない時がある。それを知れば、郷から気付かれずにいられる可能性がある」
なんとなく、同朋を嗅ぎ分けられる何かがある事は、彼も分かってはいる。だからこそ、それ以上の情報を与えて、巻き込んでしまう事は避けたいのだ。
「なるほど……それを奴から聞き出さねばならないと……」
「しかし、今日訪ねた老女は知らないと言っていた。もしかしたら彼も分からないかもしれないが……」
「だが希望はあると言うことか……」
「そうだ。燈駕を宮に置いてくれて助かった。じっくり聞き出して考えることができる」
なんなら、以前宮に侵入した事を問われ、拘束されるか、それから逃げられるかもしれない状況でもあった。寛容に扱ってくれた事に感謝しているのだと微笑めば
「それは…よかった」
なぜか複雑な笑みを浮かべられた。
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