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3章
73 帰路③
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「では、この燈駕という男が、はじめに霜苓様に送られた刺客であったと……」
「おそらくは、そうだろうな。俺がこの任から降りた後に雇われたのがコイツらなのではないかと……」
額を覆い、項垂れながら状況を整理する漢登の言葉に、燈駕があっさり頷いて、肩をすくめる。
「そして貴方は霜苓様の同郷で、同じ追われる身であると……」
「まぁ……そんなところ? 俺が生きている事を郷は把握していないが」
「……なるほど、なんとなく理解できました。ですが霜苓様は、なぜ刺客の事を陵瑜様にご相談されなかったのです?」
まだ解せないいった顔で漢登に問われ、先ほどからある事を思い出して、そわそわとしていた霜苓は思わず視線を泳がせる。
「すまない、単純に狙われている事を忘れていた……」
「忘れていた!?」
「それよりも、燈駕から必要な情報を聞き出すことにばかり気が行っていて……」
信じられないというような漢登の悲鳴のような声に、隣の燈駕は「霜苓らしいな……」とカラカラと笑っている。
おそらく、陵瑜をはじめ、皇太子宮の者たちの反応は漢登のような反応であろう。
「必要な情報?」
「同胞を見分けるために必要な、目印のようなものを消す方法だ」
「それを、彼から聞き出す事で頭がいっぱいで、ご自身が狙われている事を失念されていた……と」
「まぁ……そんなところだ」
噛み砕く様に経緯を問われ、素直に答えれば、漢登は腹の中の空気を全て吐き出したのではないかと言うほどの大きなため息を吐いた。
「それで、依頼主は誰なんだ」
気を取り直した……と言うより諦めたと言うように一度首を横に振った漢登が、燈駕を睨めつける。
主の妻の命が狙われていると知って聞かぬわけにはいかないだろう。
「誰かは知らない。仲介人を通しているから」
しかし、肝心の燈駕は、肩をすくめて首を傾ける。
「その仲介人とやらを教えろ」
普段朗らかな漢登の視線が、厳しく燈駕を睨めつける。頼むというよりは、命じるような、ややもすると脅すような声音だ。しかし対する燈駕はまるで意に返さない様子で口をへの字に曲げる。
「そんな事をしたら、俺の商売が成り立たなくなる」
そう言って、今度はわずかに口角を上げ、探るように漢登を見るところをみると、どうやら彼は何かを企んでいるらしい。
「それ以外に行き着く方法はないのか?」
「ん~、俺の知る上ではないな……」
こてんと首を傾けてあっさりと言い放つ燈駕の返答を、予測していたようにすぐさま漢登が深い息を吐き出す。先程からため息ばかりで、そんな彼は中々珍しい。どちらかといえば、皇太子の側近の中でも気安い彼に、共にいることが多い汪景がため息を零していることが多いように見えるのだが……
「飯が食えて、人が殺せたらいいのか? それか金か?」
目頭を抑えながら、探る様な、どこか批難するような漢登の言葉に、燈駕は「まぁそうだな!」とあっさり答える。
「どれも生きるのには必要だろう?金だって多い方がいい」
「……分かった、この件は、主人と相談させてもらう」
陵瑜の臣下の中では、軽口が多い部類の人物である漢登だが、燈駕との会話は随分と疲れるらしい。もういい……と首を振った彼の視線が霜苓を捉える。
「もしや霜苓様が今日確かめたかったという同胞のお話は……」
「こいつと連絡がとれなくなったので独自の方法で調べようかと……」
そこまで説明すれば、優秀な彼にも事の流れは全て読めたのだろう。「なるほど、そういうことですね……」と力のない返答が帰って来たところで、不意に簡易的に張られた天幕の外が騒がしくなってきた。
何やら外に立つ護衛達が慌てふためき、声を上げているその気配に、新たな敵襲かと一瞬息を飲みかけて、パチパチと瞬いた。
「はぁ~御本人まで……まぁ話が早くていいんですけどね……」
頭を抱えたままの漢登も、すでに来訪者が誰であるのか理解しているらしく、やれやれと小さく首をふると、気が進まない様子で立ち上がった。
バサリと天幕の入り口の布が乱暴に翻され、その影からすぐさま見慣れた男の影が飛び込んできた。
「霜苓! 無事だな!? 怪我はないか?」
やはり陵瑜だったか、と彼を認識した次の瞬間には、彼の瞳が霜苓を捉え、同時に太い腕が伸びてきて腰をさらわれると、男の大きな胸板に窮屈なほど顔を押し付けられていた。
「怪我も何も……霜苓様の機転でさっさと片付きました」
霜苓からは、陵瑜の腕越しにくぐもった声しか聞こえなかったが、漢登がうんざりとしているのが分かる。
「一体、何者の仕業だ!」
「殿下、とにかくここでは他の者の耳がありますから、お帰りになってからの方が……というより、追加の護衛を手配したのに、貴方まで来なくても……」
「帰りは仕事をしながら帰る! 問題ないだろう!」
これ以上面倒な状況を作ってくれるなとでも言いたげに、食い気味な陵瑜をなだめた漢登が、「だめだこりゃ」とでも言いたげに深く息を吐くのが分かり、彼には本当に申し訳なかったなと、居た堪れなくなる。
「この者は?」
「……それも後ほど説明させましょう」
話せば長くなる、しかもこんな薄い天幕の中でする話でもない。
強制的に、お前も共に来るのだと燈駕を見上げた漢登に、燈駕はなにやら色々と理解した様子で、肩をすくめている。
「おそらくは、そうだろうな。俺がこの任から降りた後に雇われたのがコイツらなのではないかと……」
額を覆い、項垂れながら状況を整理する漢登の言葉に、燈駕があっさり頷いて、肩をすくめる。
「そして貴方は霜苓様の同郷で、同じ追われる身であると……」
「まぁ……そんなところ? 俺が生きている事を郷は把握していないが」
「……なるほど、なんとなく理解できました。ですが霜苓様は、なぜ刺客の事を陵瑜様にご相談されなかったのです?」
まだ解せないいった顔で漢登に問われ、先ほどからある事を思い出して、そわそわとしていた霜苓は思わず視線を泳がせる。
「すまない、単純に狙われている事を忘れていた……」
「忘れていた!?」
「それよりも、燈駕から必要な情報を聞き出すことにばかり気が行っていて……」
信じられないというような漢登の悲鳴のような声に、隣の燈駕は「霜苓らしいな……」とカラカラと笑っている。
おそらく、陵瑜をはじめ、皇太子宮の者たちの反応は漢登のような反応であろう。
「必要な情報?」
「同胞を見分けるために必要な、目印のようなものを消す方法だ」
「それを、彼から聞き出す事で頭がいっぱいで、ご自身が狙われている事を失念されていた……と」
「まぁ……そんなところだ」
噛み砕く様に経緯を問われ、素直に答えれば、漢登は腹の中の空気を全て吐き出したのではないかと言うほどの大きなため息を吐いた。
「それで、依頼主は誰なんだ」
気を取り直した……と言うより諦めたと言うように一度首を横に振った漢登が、燈駕を睨めつける。
主の妻の命が狙われていると知って聞かぬわけにはいかないだろう。
「誰かは知らない。仲介人を通しているから」
しかし、肝心の燈駕は、肩をすくめて首を傾ける。
「その仲介人とやらを教えろ」
普段朗らかな漢登の視線が、厳しく燈駕を睨めつける。頼むというよりは、命じるような、ややもすると脅すような声音だ。しかし対する燈駕はまるで意に返さない様子で口をへの字に曲げる。
「そんな事をしたら、俺の商売が成り立たなくなる」
そう言って、今度はわずかに口角を上げ、探るように漢登を見るところをみると、どうやら彼は何かを企んでいるらしい。
「それ以外に行き着く方法はないのか?」
「ん~、俺の知る上ではないな……」
こてんと首を傾けてあっさりと言い放つ燈駕の返答を、予測していたようにすぐさま漢登が深い息を吐き出す。先程からため息ばかりで、そんな彼は中々珍しい。どちらかといえば、皇太子の側近の中でも気安い彼に、共にいることが多い汪景がため息を零していることが多いように見えるのだが……
「飯が食えて、人が殺せたらいいのか? それか金か?」
目頭を抑えながら、探る様な、どこか批難するような漢登の言葉に、燈駕は「まぁそうだな!」とあっさり答える。
「どれも生きるのには必要だろう?金だって多い方がいい」
「……分かった、この件は、主人と相談させてもらう」
陵瑜の臣下の中では、軽口が多い部類の人物である漢登だが、燈駕との会話は随分と疲れるらしい。もういい……と首を振った彼の視線が霜苓を捉える。
「もしや霜苓様が今日確かめたかったという同胞のお話は……」
「こいつと連絡がとれなくなったので独自の方法で調べようかと……」
そこまで説明すれば、優秀な彼にも事の流れは全て読めたのだろう。「なるほど、そういうことですね……」と力のない返答が帰って来たところで、不意に簡易的に張られた天幕の外が騒がしくなってきた。
何やら外に立つ護衛達が慌てふためき、声を上げているその気配に、新たな敵襲かと一瞬息を飲みかけて、パチパチと瞬いた。
「はぁ~御本人まで……まぁ話が早くていいんですけどね……」
頭を抱えたままの漢登も、すでに来訪者が誰であるのか理解しているらしく、やれやれと小さく首をふると、気が進まない様子で立ち上がった。
バサリと天幕の入り口の布が乱暴に翻され、その影からすぐさま見慣れた男の影が飛び込んできた。
「霜苓! 無事だな!? 怪我はないか?」
やはり陵瑜だったか、と彼を認識した次の瞬間には、彼の瞳が霜苓を捉え、同時に太い腕が伸びてきて腰をさらわれると、男の大きな胸板に窮屈なほど顔を押し付けられていた。
「怪我も何も……霜苓様の機転でさっさと片付きました」
霜苓からは、陵瑜の腕越しにくぐもった声しか聞こえなかったが、漢登がうんざりとしているのが分かる。
「一体、何者の仕業だ!」
「殿下、とにかくここでは他の者の耳がありますから、お帰りになってからの方が……というより、追加の護衛を手配したのに、貴方まで来なくても……」
「帰りは仕事をしながら帰る! 問題ないだろう!」
これ以上面倒な状況を作ってくれるなとでも言いたげに、食い気味な陵瑜をなだめた漢登が、「だめだこりゃ」とでも言いたげに深く息を吐くのが分かり、彼には本当に申し訳なかったなと、居た堪れなくなる。
「この者は?」
「……それも後ほど説明させましょう」
話せば長くなる、しかもこんな薄い天幕の中でする話でもない。
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