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3章

69 飾り紐③

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 皇太后から帯飾りの出どころを突き止めたとの報告を受けたと告げられたのは、それから1週間ほど後のことだった。
 

 出どころは、皇太后の生家とは対局にある右軍の将の家からの献上品であったらしい。
 錬成した職人を紹介して欲しいと問い合わせたところ、すぐに過去の記録を遡り職人を特定してくれたという。

「帝都の外れの山中に工房を構えているらしい。世襲制で家族だけでやっているらしいが暗器のような細かいものから、客の要望にあわせて珍しい形の武具も作るそうだ。右軍の方では時々利用しているらしい。すぐに繋いでくれるそうだから漢登を遣わせる。手順は踏むが、なるべく早く繋げるようにする」

「ありがとう」
 昼の鍛錬の終わりに、陵瑜から報告を受け、ようやく手に馴染んできた鎖の感触を今一度手の中で撫でる。

 随分と月日の経ったものだから、作った者は今どのようにしているのか分からないが、それでも繋がった事で何かを得られる可能性はある。

「使い方も随分慣れてきたな」

 つい先ほどまで相手をしてくれていた陵瑜には、霜苓が今この鎖の性能をどの程度まで使いこなし、活かせているのか手に取るように分かるだろう。
まだまだ荒削りで、時折予想と違う動きを見せるそれに、翻弄されつつある自覚のある霜苓は、苦笑して肩をすくめる。

「まだまだだ。40年も前のもので、しかもずっと保管されていたものだから、鎖の状況が良くないのもある。手入れをしたらもっと動きが良くなるはずだから……」

「なるほど、もしかしたら、より良く改良できるかもしれないのか……」

 そうなれば、また慣れるための訓練もやり直しとなるが、実のところ、時折見せる予測不能な動きは、経年による不具合もあるだろうと、霜苓は踏んでいる。これを使いこなすには、きちんとした修理が必要である。



 そうして漢登が繋ぎを作り、工房を訪ねる目処が立ったのは、それから半月後の事だった。

 その間、燈駕からの接触は一切なく、やはりここに希望を持つしか無いのかと思いながら、すぐに訪問の約束を取り付けてもらった。

 場所は帝都の外れと言うこともあり、朝の早い時間から出立する事になった。蘭玉に珠樹を任せ、陵瑜が絶対に譲らなかった護衛と漢登を伴い、質素な馬車に乗り込むと、帝都の外れを目指した。

 昼の前には目的の場所にたどり着き、馬車を降りたものの、そこから少しばかり山道を歩く事になる。
 道無き道を分け入り、郷に戻っていた霜苓にしてみれば、人の歩ける道が一本通されているだけでも十分なものだ。用意されていた籠を必要無いと断って、誰よりも軽い足取りで到着したのは、山の中に突然現れた3軒ほどの長屋だった。
 山肌に沿うように段々に建てられた家のどこかからは、カンカンと小気味良く鉄を打つ音が立ち、四方を囲む山の中を木霊していた。

 近づいていくと、どうやらこちらの気配をを感知したのだろうか、突如ぴたりとその音が止まり、一番手前の長屋の扉から、一人の若い男が飛び出してきた。

 男の手には、刃が握られており、こちらを警戒する様子に護衛達が一斉に剣を構えた。
 外の様子を確認するためや、一行を迎え入れるという様子……と言うよりは、招かざる者を威嚇するような様子に、皆が戸惑うのが分かる。

驃千ひょうせん殿! 私です!」

 慌てたように漢登が、正面に飛び出る。彼自身もこんな風に迎え入れられるとは思っていなかっただろう。
 漢登の登場に、男の剣を持つ手が、怯んだように少しだけ下る。

「漢登どの……でしたか……しかしなぜ……」

 戸惑った男が面々を見渡してどうしたら良いのか分からない顔で立ち尽くしている。

そんな中、霜苓は、建物の中に神経を集中させる。

 建物の中に人が数人、大人と子どもの気配がする。皆怯えたように息を詰めているようだが、その中に、かすかな……本当に神経を凝らさないと分からない程度の同胞の呼吸を感じる。

 やはり……という想いと同時に、今現在相手が思う事を理解して、霜苓は一歩前に出る。

「警戒を解け」

 護衛達に告げれば、彼らが戸惑うように、息を詰め、漢登と霜苓を見比べるので、できるだけ自然に口元を緩める。

「大丈夫だ。漢登を除いて、全員少し離れた場所で待機していてほしい」

 一同をゆっくり見渡して、微笑んでやれば、護衛の指揮官が確認するように漢登を伺う。

「妃殿下の仰せのままにしろ」

 頷く漢登に護衛が戸惑いながら、しかしぞろぞろと側を離れていくのを見守っていると、ガシャンと鉄の塊を床に取り落とす音が響いた。

「っ…………妃、でん、か……であられる?」

 長屋から飛び出してきた青年が、ガクガクと膝をつくところだった。思わず傍らに駆け寄り、それを制す。

「気にしなくてよい、随分と警戒させてしまったは私のせいだ。私があなた達の立場でも、同ように警戒をすると思う」

 そう言って、青年の胝と火傷の痕だらけの手をとり、立ち上がらせようとした時、彼が背にしていた、建物のドアがゆっくりと開いた。

「あなたですね……」

 顔を上げた霜苓は扉の隙間からこちらを伺う老女を見上げて、ゆっくりと立ち上がる。
 真っ白な髪を後ろで緩く結び、折り重なる皺の間から除く榛色の瞳がじっと霜苓を見下ろしていた。

「お気づきのことと存じますが、私はあなたと郷を同じくした者です。そして訳あって追われる身となっております。貴方様にご教授頂きたいことがあり、ここまで参りました」

霜苓の言葉に、老女が皺に埋もれた瞳を大きく見開き、信じられないものでも見るように霜苓を上から下まで眺める。

「皇太子妃が……郷の人間、とな?」

 にわかに信じられないという彼女のつぶやきは最もである。霜苓だって、おかしな話だと今でも思うのだから。

「成り行きで…子を孕みまして……」

肩をすくめて見せて、とにかく彼女が信じやすい言葉を並べる。嘘は言っていないのだ……誰の子を孕んだとは言っていない。

「なるほど……なるほど……そういうわけか。ここでは話せない。お一人でついてまいられよ」
 それだけ言うと、老女はゆっくりと扉から姿を表し、曲がった背を支えるように手を腰に回して、ゆっくりゆっくり、長屋の隣にある厩舎に向けて歩き出す。

  
 



 
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