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2章
49 父子
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「皇帝というほどの地位ではあるものの、意外と普通の親子なのだな?」
「そうか? 普通の親子にしては随分とかしこまっている方だぞ? まぁ父上は歴代の皇帝の中では堅苦しくない性格をしているらしいが」
輿から馬車に乗り換え、またしても輿の中で眠ってしまった珠樹を抱いたままの陵瑜が、不思議そうに首を傾ける。
皇太子でありながら、彼があまり色々にこだわらず、気安いのは、どう考えても皇帝譲りなのだなと、霜苓はこの出来事で認識した。
陵瑜と皇帝の会話のやり取りは、正直なところ霜苓と霜苓の父の関係性よりも、気安いもののように感じた。
きっと、自分の環境が特殊で、普通の親子はあれくらいの会話は普通にするのかもしれないが……。
族長である父は、常に自分にも家族にも厳しかった。
外の者の子を産んだ霜苓が彼と言葉を交わしたのは、珠樹がまだ腹の中にいる頃だ。
『いつ生まれるのだ』
『産婆の話では、あと一週間は出てこないだろうと』
『そうか……』
おそらくそれが最後の会話だったように思う。同じ家の中でも広く、兄弟が多い霜苓の家。その上族長である父が在宅している時間は本当に少なかった。珠樹が生まれ、子供の父親が郷の者でないことが分かると、父は霜苓を家の中でも最奥の部屋に移すよう指示をして、継母を霜苓の世話につけただけで、一度も顔を見せることはなかった。
4年ほど前に父に嫁いできた継母とは大半の時間を任務に出ていたため、関わりが薄い。少し困ったように、しかし父の命だからと彼女は産後の霜苓を手伝ってくれた。
どこの男の子供なのか、なぜ黙っていたのか……おそらく父は霜苓の状況を継母伝いに聞いていただろう自身が霜苓と話をする必要はないと思っていたにちがいない。
父がどれほど怒っているのか、霜苓と珠樹の事をどのように思っているのか、霜苓には知る術はなかった。ただ、継母や家の中で行き会う兄弟達の反応を見れば、歓迎されていないことは明白だった。
聞くまでもなく、父親は霜苓達を疎ましく思っているだろう。
皇帝が陵瑜や霜苓に掛けたような、柔らかくて暖かな言葉を、思えば霜苓は父からかけてもらった記憶がない。
しゃらりと、霜苓の頭に乗っていた飾りが音をたてて、はっとして正面に座る陵瑜を見る。
陵瑜が霜苓の髪に差し込まれている、一番大きくて豪華な頭飾りを抜き取ったらしい。一番重量があり、取り付けられたときには首が折れるのではないかと思ったものだ。
「疲れただろう? もう外していい。楽にしておけ」
「ありがとう」
素直に礼を言って、ずっと彼が抱きっぱなしだった珠樹を受け取ろうかと申し出たが、「戻ったら蘭玉が待っているのだろう? 今のうちに休憩をしておけ」と押し返される。
陵瑜だけでなく、蘭玉や汪景達もまた、頻繁の霜苓に休むよう勧めてくる。
どうやら彼らの基準にすると霜苓は自ら動きすぎなのだという。
郷に居たときには常に鍛錬や任務に追われ、ゆっくり休めるのは布団の中だけであった霜苓にしてみれば、本当にこれでいいのかと戸惑う気持ちが大きい。
「父が、あれほど嬉しそうにするとは思わなかった。珠樹のことも認められたし、霜苓の事も気に入ったようだし、よかった」
「でも、本当に大丈夫だったのか……まさか珠樹が物怖じしないというだけで、陵瑜の子供と認定されるなんて……事は世継ぎ争いにも関わることなのだろう?」
「大丈夫だ。我が国の法は、女子には皇統が継げないようにできている。珠樹に継承位がつくわけでもないから実のところ女子についてはあまり慎重に審査されることがない。父である俺が、俺の子だと言って、皇帝がそれを認めれば意外とあっさり通ってしまうものなのだ」
「……そんなものなのか……」
霜苓の思い描く皇族というものは、もっと崇高で厳しいもので、そう簡単によそ者を寄せ付けないものだと思っていたのだが……
「まぁ何より、妃を一人も持とうとしなかった皇太子が妻を娶って子が生まれたことが、めでたくて、細かいことはひとまず気にしてやるな! というのが、本音だろうな」
にやりと笑った陵瑜の顔は一国の皇太子とは思えないほど、悪どい顔をしていてる。
結局自分でお膳立てして周囲をヤキモキさせて、そして思う通りに状況をはめ込む。
無害で、能天気な顔をしておきながら、その中身は随分と策士で……。
確かにこれは、皇帝の器かもしれない……。
そんな事を思いながら、自分もすでにそれに絡め取られてしまっているのだとにわかに気づいてしまって、霜苓は小さく息を吐いた。
「そうか? 普通の親子にしては随分とかしこまっている方だぞ? まぁ父上は歴代の皇帝の中では堅苦しくない性格をしているらしいが」
輿から馬車に乗り換え、またしても輿の中で眠ってしまった珠樹を抱いたままの陵瑜が、不思議そうに首を傾ける。
皇太子でありながら、彼があまり色々にこだわらず、気安いのは、どう考えても皇帝譲りなのだなと、霜苓はこの出来事で認識した。
陵瑜と皇帝の会話のやり取りは、正直なところ霜苓と霜苓の父の関係性よりも、気安いもののように感じた。
きっと、自分の環境が特殊で、普通の親子はあれくらいの会話は普通にするのかもしれないが……。
族長である父は、常に自分にも家族にも厳しかった。
外の者の子を産んだ霜苓が彼と言葉を交わしたのは、珠樹がまだ腹の中にいる頃だ。
『いつ生まれるのだ』
『産婆の話では、あと一週間は出てこないだろうと』
『そうか……』
おそらくそれが最後の会話だったように思う。同じ家の中でも広く、兄弟が多い霜苓の家。その上族長である父が在宅している時間は本当に少なかった。珠樹が生まれ、子供の父親が郷の者でないことが分かると、父は霜苓を家の中でも最奥の部屋に移すよう指示をして、継母を霜苓の世話につけただけで、一度も顔を見せることはなかった。
4年ほど前に父に嫁いできた継母とは大半の時間を任務に出ていたため、関わりが薄い。少し困ったように、しかし父の命だからと彼女は産後の霜苓を手伝ってくれた。
どこの男の子供なのか、なぜ黙っていたのか……おそらく父は霜苓の状況を継母伝いに聞いていただろう自身が霜苓と話をする必要はないと思っていたにちがいない。
父がどれほど怒っているのか、霜苓と珠樹の事をどのように思っているのか、霜苓には知る術はなかった。ただ、継母や家の中で行き会う兄弟達の反応を見れば、歓迎されていないことは明白だった。
聞くまでもなく、父親は霜苓達を疎ましく思っているだろう。
皇帝が陵瑜や霜苓に掛けたような、柔らかくて暖かな言葉を、思えば霜苓は父からかけてもらった記憶がない。
しゃらりと、霜苓の頭に乗っていた飾りが音をたてて、はっとして正面に座る陵瑜を見る。
陵瑜が霜苓の髪に差し込まれている、一番大きくて豪華な頭飾りを抜き取ったらしい。一番重量があり、取り付けられたときには首が折れるのではないかと思ったものだ。
「疲れただろう? もう外していい。楽にしておけ」
「ありがとう」
素直に礼を言って、ずっと彼が抱きっぱなしだった珠樹を受け取ろうかと申し出たが、「戻ったら蘭玉が待っているのだろう? 今のうちに休憩をしておけ」と押し返される。
陵瑜だけでなく、蘭玉や汪景達もまた、頻繁の霜苓に休むよう勧めてくる。
どうやら彼らの基準にすると霜苓は自ら動きすぎなのだという。
郷に居たときには常に鍛錬や任務に追われ、ゆっくり休めるのは布団の中だけであった霜苓にしてみれば、本当にこれでいいのかと戸惑う気持ちが大きい。
「父が、あれほど嬉しそうにするとは思わなかった。珠樹のことも認められたし、霜苓の事も気に入ったようだし、よかった」
「でも、本当に大丈夫だったのか……まさか珠樹が物怖じしないというだけで、陵瑜の子供と認定されるなんて……事は世継ぎ争いにも関わることなのだろう?」
「大丈夫だ。我が国の法は、女子には皇統が継げないようにできている。珠樹に継承位がつくわけでもないから実のところ女子についてはあまり慎重に審査されることがない。父である俺が、俺の子だと言って、皇帝がそれを認めれば意外とあっさり通ってしまうものなのだ」
「……そんなものなのか……」
霜苓の思い描く皇族というものは、もっと崇高で厳しいもので、そう簡単によそ者を寄せ付けないものだと思っていたのだが……
「まぁ何より、妃を一人も持とうとしなかった皇太子が妻を娶って子が生まれたことが、めでたくて、細かいことはひとまず気にしてやるな! というのが、本音だろうな」
にやりと笑った陵瑜の顔は一国の皇太子とは思えないほど、悪どい顔をしていてる。
結局自分でお膳立てして周囲をヤキモキさせて、そして思う通りに状況をはめ込む。
無害で、能天気な顔をしておきながら、その中身は随分と策士で……。
確かにこれは、皇帝の器かもしれない……。
そんな事を思いながら、自分もすでにそれに絡め取られてしまっているのだとにわかに気づいてしまって、霜苓は小さく息を吐いた。
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