皇太子殿下は刺客に恋煩う

香月みまり

文字の大きさ
上 下
47 / 77
2章

45 企み④

しおりを挟む
 珠樹の寝室にするりと体をねじ込んで、霜苓は、目の前に立っている陵瑜と、汪景、そして蘭玉の姿を見とめて息を飲む。
 
「どこへ行っていたのだ……と聞くのも無粋なくらい分かりやすいな……」

 不機嫌そうに、睨めつける陵瑜に霜苓は悪戯が見つかっ子供のように肩をすくめる。
 
「戻りが遅いと思ったのだ。探しに出てみれば、このようなところに服を脱ぎ捨ててある。おまけに蘭玉がなにか企んでたような素振りがあるとこぼしたから、待ってみれば……」
 いったい何をしてきたのだ……とため息混じりに聞かれて、霜苓は観念する。もとより止められるであろうから言わなかっただけで、既に遂行してしまった今、隠し立てするつもりはない。

「バレたなら仕方がない。説明するが、先に着替えと体を拭わせて欲しい。数秒ではあるが毒煙を直接浴びているから、皮膚についたものを早めに拭いたい」

「は!?」
 
 目をむく陵瑜に、蘭玉がすぐにお湯の用意を!と声を上げるので、大丈夫だと制して、部屋の片隅の戸棚から桶を出す。
「解毒入の水は用意してある。自分でできる」

皆が唖然として……そして陵瑜がそれはそれは深く息を吐く。
 
「蘭玉手伝ってやってくれ、俺たちは準備ができるまで外で待つ」


「本当に大丈夫なのですね?」

 不安そうにもう何度目かになる問を繰り返す蘭玉に、霜苓は微笑む。

「事前に直接毒煙が触れる皮膚には油を塗ってあるから、そう多くは吸収されていない。解毒薬もすぐに飲んでいるから大丈夫」

 そう言って、体を拭い、薬湯を染み込ませた布巾で体を撫でる。
 特有のひりつきやかゆみが出ないところを見ると、きちんと保護はできていたのだろう。

 体を清めて着替えを済ませると陵瑜と汪景が戻ってきて……そして霜苓は皆に囲まれて事情聴取を受ける事となった。

「ただ、彩杏の寝所の床下に皮膚に炎症を起こさせる成分を含んだ香を炊いてきただけだ」

さらりと説明した言葉に、一同が言葉を失い、そして頭を抱える。
 
「まさか、本邸に忍び込んで、寝所にまで入り込んだのか? 信じられん、厳重な警備で守られていただろうに」
 
「まぁそれなりには……だが、こちらも、もともとそうしたところを突破して仕事をこなすのが生業だったから……あれくらい問題ない」
「特に潜入は得意なのだ、建物の形を見ればだいたいどこから入り込めるかわかる」そう肩をすくめると、陵瑜がさらに深く息を吐いた。
 
「それで……成功したのか」
 
「もちろん。今頃床下に広がった煙が、柱や床板の隙間や通気孔から部屋に入り、少しずつ毒を浴びている頃だろう。大丈夫、命に関わるものではない。数日痒くて痛い程度だ」
 
 クスクスと笑うと、半眼になった陵瑜が呆れたように首を振り低く唸る。
 
「仕返しか?」
 
「警告だ。大丈夫、半刻ほどで香は燃え尽きる。ネズミ団子をねずみが食い荒らしたようなあとがわずかに残る程度だ」
 
「ネズミ団子?」
問うように眉を寄せて首を傾けた陵瑜は、どうやらネズミ団子を知らないらしい。

「確か、増えずぎたネズミを退治するために、床に餌と思うような団子を撒いておくんです。実は中身は毒で、食べたネズミは死にます。だいたいの家の建物の軒下に置かれているものだとか……」

 すかさず説明したのは、汪景だが、どうやら彼も実物を知らないらしい。良い家の子息が家の軒下の事まで知る必要はないのだろう。

「それに……似せてあるのか?」
 
「まぁそんなところだ。多分彼女は明日起きて自分にも私が飲んだ毒と同じ症状が出ていることで疑心暗鬼になるはずだ。まさか、自分にも同じものが盛られていたのではないかと……」
 
 薬を手配したもの、混入したもの、それを知る全ての人間を疑い、次の一手が出せなくなる。

出立まであと2日、大人しくしてもらうには丁度いい程度の牽制だ。
 
「そういうわけで、明日の朝どのような騒ぎになっているかわからないけれど、我々には関係のないこと……と言う事だ」

 寝るぞと立ち上がった霜苓は、寝室にさっさと消えて行く。残された蘭玉は、霜苓の使用した衛士の服を片付けにかかる。
「我々は、少しばかり見くびっていたのかもしれませんね」
呟く汪景に陵瑜は視線を向ける。
 
「戦闘力は高いですが、世間知らずで、子どもを抱え、行く先無く、彷徨う庇護すべき対象と、どこかそう侮っていたように思います」
 
 まさかこれほどに脅威を感じる存在だとは……そういいたげな汪景に陵瑜は「はは」っと笑う。
 
「だからこそ、守ってやらねばならないのだ」
 
 
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

【完】夫に売られて、売られた先の旦那様に溺愛されています。

112
恋愛
夫に売られた。他所に女を作り、売人から受け取った銀貨の入った小袋を懐に入れて、出ていった。呆気ない別れだった。  ローズ・クローは、元々公爵令嬢だった。夫、だった人物は男爵の三男。到底釣合うはずがなく、手に手を取って家を出た。いわゆる駆け落ち婚だった。  ローズは夫を信じ切っていた。金が尽き、宝石を差し出しても、夫は自分を愛していると信じて疑わなかった。 ※完結しました。ありがとうございました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敗戦して嫁ぎましたが、存在を忘れ去られてしまったので自給自足で頑張ります!

桗梛葉 (たなは)
恋愛
タイトルを変更しました。 ※※※※※※※※※※※※※ 魔族 vs 人間。 冷戦を経ながらくすぶり続けた長い戦いは、人間側の敗戦に近い状況で、ついに終止符が打たれた。 名ばかりの王族リュシェラは、和平の証として、魔王イヴァシグスに第7王妃として嫁ぐ事になる。だけど、嫁いだ夫には魔人の妻との間に、すでに皇子も皇女も何人も居るのだ。 人間のリュシェラが、ここで王妃として求められる事は何もない。和平とは名ばかりの、敗戦国の隷妃として、リュシェラはただ静かに命が潰えていくのを待つばかり……なんて、殊勝な性格でもなく、与えられた宮でのんびり自給自足の生活を楽しんでいく。 そんなリュシェラには、実は誰にも言えない秘密があった。 ※※※※※※※※※※※※※ 短編は難しいな…と痛感したので、慣れた文字数、文体で書いてみました。 お付き合い頂けたら嬉しいです!

皇帝は虐げられた身代わり妃の瞳に溺れる

えくれあ
恋愛
丞相の娘として生まれながら、蔡 重華は生まれ持った髪の色によりそれを認められず使用人のような扱いを受けて育った。 一方、母違いの妹である蔡 鈴麗は父親の愛情を一身に受け、何不自由なく育った。そんな鈴麗は、破格の待遇での皇帝への輿入れが決まる。 しかし、わがまま放題で育った鈴麗は輿入れ当日、後先を考えることなく逃げ出してしまった。困った父は、こんな時だけ重華を娘扱いし、鈴麗が見つかるまで身代わりを務めるように命じる。 皇帝である李 晧月は、後宮の妃嬪たちに全く興味を示さないことで有名だ。きっと重華にも興味は示さず、身代わりだと気づかれることなくやり過ごせると思っていたのだが……

後宮の棘

香月みまり
キャラ文芸
蔑ろにされ婚期をのがした25歳皇女がついに輿入り!相手は敵国の禁軍将軍。冷めた姫vs堅物男のチグハグな夫婦は帝国内の騒乱に巻き込まれていく。 ☆完結しました☆ スピンオフ「孤児が皇后陛下と呼ばれるまで」の進捗と合わせて番外編を不定期に公開していきます。 第13回ファンタジー大賞特別賞受賞! ありがとうございました!!

公主の嫁入り

マチバリ
キャラ文芸
 宗国の公主である雪花は、後宮の最奥にある月花宮で息をひそめて生きていた。母の身分が低かったことを理由に他の妃たちから冷遇されていたからだ。  17歳になったある日、皇帝となった兄の命により龍の血を継ぐという道士の元へ降嫁する事が決まる。政略結婚の道具として役に立ちたいと願いつつも怯えていた雪花だったが、顔を合わせた道士の焔蓮は優しい人で……ぎこちなくも心を通わせ、夫婦となっていく二人の物語。  中華習作かつ色々ふんわりなファンタジー設定です。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

処理中です...