皇太子殿下は刺客に恋煩う

香月みまり

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2章

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「霜苓様の素性はなるべく知る者が少ない方がいいので、色々と誤魔化すために……少々脚色を」

蘭玉がいない時を、狙って汪景を留めると、至極当然の事をしたという顔で、そう言われ、霜苓は長ーいため息を吐いた。

「一体どんな説明をしたんだ! なんだかすごい勘違いをされているような気がするのだが……」

「表向きと同じ理由です。 戦場で出会いを果たし心を通わせられた。しかし互いの立場からお別れになる。殿下は霜苓様を忘れられず、霜苓様もまた殿下を忘れられず、お子を授かった。お一人で赤子を抱き、健気にも殿下を探す旅に出られようとなさっていた際に殿下と再会を果たし、夫婦として歩まれるために、上弦に向われる……ってところですかね?」

「っ……なるほど……」

「身分の違いも、ありますから、これくらい美談にして民衆の心を掴む事も大切なのです」
 多分あとは妹の思い込みで作り上げてますかね……あいつ恋物語とか大好きなんですよ。身分違いの恋とか、障害があるからこそ萌えるとかよく言っているので、適当に流してください」

 それに……と汪景は言って、格子窓の先に指を指す。

 格子窓の先には、立派な朱塗りの回廊が見えて、そのさきに小さな露台があり、庭へ降りることができる。その回廊を、並んで歩く蘭玉と夫の天俊の姿がある。

 丁度二人が足を止めて、何やら会話を交わしている様子で……近い距離で見つめ合い、天俊が蘭玉の頬をなでている。そしてそれに甘えるように、蘭玉がその手に自らの手を重ねて、頬を寄せる。そして夫の手の平に口づけてその手を握って、甘く微笑む。それを見下ろす天俊も甘い笑みを浮かべている。
 ほんの数秒間の、ささやかな小さな戯れだ。しかしそれだけのことなのに、霜苓は言葉を失ってそれを見つめる。

「アレが、まぁ夫婦らしい反応ですかね……観察なさるのもいい勉強になるかと思いますし、妹に色々と聞いてみるのもいいと思いますよ?」

「たしかに……これは……勉強になるな」
 あんな風に自然と男女が触れ合う姿を霜苓は初めて見たが……たしかにこれは知らなければ咄嗟にこんな反応はできないだろうと関心して、吸い寄せられるように歩を進める。

「いささか彼らはいちゃつきすぎなので、あそこまでしなくてもいいとは想いますが……聞いていませんね……」
 
 汪景が気づいたときにはすでに霜苓の姿は自身の目の前になく、代わりに格子窓に張り付くようにして、妹夫婦を観察している後ろ姿が見える。

「さすが影の者、動きがお早いですね……しかし本当に優等生というか真面目な方だ……」

思わず汪景の笑みが深くなる。
これは少しばかりいい仕事をしたかもしれない。
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