皇太子殿下は刺客に恋煩う

香月みまり

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2章

30 上州

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 馬車で半日ほど走り、上州に到着する。

 やはり帝都のある州の玄関口となる街とあって随分と賑わい騒がしい。

 そんな賑わいを尻目に、霜苓は馬車の中で、未だ体温が下がる気配のない珠樹の顔を見つめて一人過ごした。

 いつもならば霜苓と珠樹の側に座っているはずの陵瑜は、一足先に上州入りして段取りを着けると言い残し、早朝に先んじて宿屋を出ていった。
 
「あちらで待っているからな、何かあれば、漢登と汪景が助けてくれる。あぁ見えて奴らにも同じ頃の子がいる。頼っていい」

 霜苓を安心させるようにそう言った陵瑜の言葉に頷いて、知らない間に5人に増えた護衛を伴って馬に乗って出ていく陵瑜を見送った。

 去り際に、またしてもなにか言いたげな表情をしつつ、「ごめんな」と言った陵瑜の言葉の意味にわずかばかりの引っかかりを覚えたものの、それでも目の前で苦しむ珠樹の事で頭の中はいっぱいで、頭の片隅の方に押しやった。

「もうすぐ、逗留先の邸に到着します」
 
 汪景の言葉に頷いて、ようやく顔を挙げた霜苓は、そこで初めて幌の隙間から、周辺の景色に視線を移した。
 
 長く続く白く高い塀に、整備された広い道。
思えば先程まで騒がしかった街の雑踏もいつの間にやらなくなって静かになっていた。
 
 以前、高官の家に仕えていたことのある霜苓には、この場所がそれなりに格式のある邸宅が並ぶ地域であることが分かった。

 裕福そうな実家を持つ、陵瑜の弟の邸宅であるならば、それなりの邸に住んでいるであろうことは予想がついていたが、予想以上に格式の高い邸宅の門を、薄汚い馬車で平然と通過することには、かなりの違和感を覚える。

 門を超えて、美しく敷き詰められた石畳の上を馬車で進む。そうしてしばらくすると馬車はゆるゆると速度を落とし、停車した。

 到着したのだろうかと霜苓が腰を浮かせると同時に、スルスルと音もなく、10人程度の女官の格好をした女たちが、幌の前に道を作り礼を取る。
 
 彼女達の服装は、霜苓が越州の高官の邸宅に潜入していた際に着ていたものよりも遥かに上質なものであることは、ひと目で分かった。

 要はこの邸の持ち主は、地方の高官など比べ物にならないくらいの身分の者であると言うことで……
 混乱しながらも、しかし早く珠樹を医者に見せたい一心で霜苓は、馬車の荷台から足を踏み出す。途端に女官達が一斉に頭を下げ、彼女達の間を一人の男が早足で歩いてくる。
 
「っ……陵瑜っ……その格好はっ……」
 
 いつもは軽く括るか、ひどい時には一切手をつけない黒髪は、髪一本も残すことなく ひっつめて後ろでくくられ、着る物もいつもの簡素な旅装束ではなく、随分と上質な生地を重ねたものだ。
 よく知る男のはずなのに、知らない人間にはじめて会ったような感覚に陥り、どう話かければいいのかわからなくなる。
 
「驚かせてすまない。色々段取りを整えるのに、この格好の方が都合がよくてな………珠樹は?」
 戸惑う霜苓に、瞳を伏せた彼が、霜苓の腕の中の珠樹を覗き込んで眉を寄せる。

「熱……は依然高いままだ」

とにかくここまで来たものの、本当に大丈夫なのだろうか? 馬車の中でずっと不安に想っていた思いを吐露すると、陵瑜の手が力強く霜苓の肩を掴む。
 
「大丈夫だ! 医者を呼んである。こちらへ!」

 肩を押され、女官たちの間を連れ出され、少し歩いたところで、陵瑜はもう一度霜苓にしか聞こえない小さな声で「すまない」と詫た。

「本当はもっと、きちんと時間を取って話をするつもりだったんだ……珠樹が落ち着いて、話ができるようになったらきちんと話をさせて欲しい」

 この邸の事、そして彼の身なりから、それなりの事を霜苓はある程度の事を推測している。

 推測できていても、納得できる事であるかどうかは別事で……それについて、彼にはきちんと説明をしてもらわねば理解も納得もできない。

「っ……分かった」

 とにかく今は珠樹の事が最優先だと、頷く。

 
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