皇太子殿下は刺客に恋煩う

香月みまり

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2章

27 執着

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♦︎

「どうなさったのです?締まりのない顔をされてますが」

 部屋に入るなり、陵瑜の顔を見た漢登に問われ、陵瑜は苦笑する。

「出ているか……」


「「ええ、とっても」」


 2人から同時に返されて、肩をすくめる。
こんな締まりのない顔で、あれ以上霜苓といたら、彼女に気味悪がられたにちがいない。

 部屋を出てきてよかった。

「霜苓に求婚を断られた」

 汪景が勧めてくれた椅子に腰かけながら、説明をすると……

「それでその顔ですか? 変態ですか?」

「お前たちまで俺を変態呼ばわりするのか」

「されたんですか?」

 先ほどの霜苓と同じように、眉を顰められ、肩をすくめる。

「今日の立ち回りの素晴らしさに惚れたと伝えたらな」

「「あーそれは」」

 変態ですね。そっちの趣味がおありと思われましたね。と口々に頷かれ、遠慮のない彼らに「お前達なぁ」と言いかけたところで、目の前に杯が置かれた。

 
「そなのにご機嫌なのは、他にいいことがあったのでしょう?」

 もし変態扱いされた事に喜んでるだけなら、ちょっと今後ついていく人を考えます。と辛辣な前置きをした汪景に、一瞬言葉を失う。
 
「……聞きたいか?」

 目の前で注がれる乳白色の酒を眺めながら問えば

「貴方様の名誉挽回になるならば……仕事なので聞きましょう」

 仕方ないといった返事が返ってきて、陵瑜はため息と共に頭を抱える。

「お前たちは本当に忠誠心というものを持ち合わせているのか時々疑わしくなるな」

「どれだけ一緒にいると思っているのです?今だって妻子よりも長く一緒にいるのですから、これくらいの軽口言えなければ、身が持ちません。とっくに職を辞しているところです」

「貴方様だってそうでしょう? 堅苦しい事しか言わない者を側に置く気になります?」

「まぁそうだがな……」

 それはそうなのだが、もう少し、遠慮というものがあってもいいのではないか?そう反論しようかと思いつつも、そんな些事はどうでもいいや、と頭の片隅に追いやった。


「思い切って……霜苓に珠樹の父がどのような男だったのかを聞いてみたのだ……」

「おぉ、感触が良かったと言うことですね」

 酒を飲んで杯を卓に戻すと、向かいに腰かけた漢登が目を見開く。

「悪くはなかった……嫌でもなかったそうだ……」

「それは良かったですね! それで?」

「それだけだ」

「「は??」」

 信じられないという二人の表情と、意味がわからないと告げる声に、陵瑜は肩をすくめる。

「だがいずれ、明かした時にその嫌ではなかった男が俺だったと知ったら、受け入れてくれる可能性は高いだろう?」

 実は陵瑜が何よりも怖かったこと。それは霜苓があの晩、男と身体を重ねた事を後悔している事だったのだ。

 あの行為こそが霜苓の運命を変え、こうして逃げ隠れするような生活をする元凶となったのだ。

 今となっては不本意な事だった。忘れたい事だった。得体の知れない男に身体を好きにされて、不快だった。そう言われたらどうしようと……考えるといつも気が重かった。

 だから霜苓が、あの晩の自分達の行いにも、相手の男にも嫌悪感を感ている事はないと知れた事だけでも、陵瑜にとっては大きな前進だったのだ。

 それなのに……

「いや……確かにそうかも知れませんが……もしかしたら、美化が膨らみすぎて幻滅される可能性も」

「…………」

 汪景の冷静な言葉に、新たな不安要素を植え付けられる。それについて、一切考えが及んでいなかった。

「それほど厄介な敵はいませんね、なにしろ絶対に超えられない……」

「っ……お前達、嫌いだ!」

追い討ちをかけてくる漢登の言葉に頭を抱え、卓に突っ伏す。

 今度は「え、あの人陵瑜だったの? いや……なんというか……思っていた男と違った……」と微妙な顔で引く霜苓の姿が想像できた。

「そんなに焦らないでも良いのでは? 数年単位で側に置かれるのですから、時間をかけて関係を築けばいいわけですし……あの晩の相手だと名乗るのは、それからでもいいのではないですか?」

 流石に気の毒と思ったのか汪景が諭すように言葉をかけてくるのに、陵瑜はゆっくりと首を横に振る。
 
「そう、俺も思ったのだ……しかし1週間後には上州じょうしゅうに入る。全てを明かす前に、俺というだけの男についてきてはくれまいかと、焦ったのだ……」

「貴方様の事ですから、真実を聞いたあの方が逃げ出さないような策をお持ちなのでしょう? もう少し余裕を持って動かれても良いのでは?」

「分かっているのだがな、霜苓を前にすると、そんなものよりまた手元からすり抜けてしまうのではないかと怖くて仕方がないのだ」

  先ほど霜苓の頬を撫でた指先を見る。触った途端彼女がずいぶんと緊張したのがわかった。はじまりのあの晩、どこに触れても柔らかで、くすぐったいのかクスクスと心地の良い声で笑っていた彼女は、一度陵瑜の手の中から知らぬ間にすり抜けて居なくなってしまったのだ。

 またあんな風に彼女を失って、霞をつかむような思いで探しまわる思いはしたくない。
 
「まぁ恋とはそういうものですが……」

 顔を見合わせた2人が、呆れたように微笑む。
 
「たった数日、手元においただけでも、俺はもう霜苓と珠樹なしでは考えられない」

 恋なんて可愛いものではなく、これはもう執着だと自分では思っている。だからこそ入念に準備をして、彼女達を囲った。それなのに全く安心できないのは、霜苓と関わりを持つ上で日に日に彼女の心までをも欲する、想いが強くなるからだ。

「お気持ちはよくわかります。我らにもそういう家族がおりますので。ですから、なんとかまずは上弦まで無事にお連れする事を考えましょう。焦りは禁物です」

「我々もお手伝いいたしますから、冷静にお願いしますよ」

 励ますような、2人の言葉に、大きく息を吐く。

 実際、彼女達を見つけ出し、ここまでこられたことだけでも、当初の予定からすれば上出来なのだ。

 これ以上を欲しがる事は今の陵瑜には贅沢なのかもしれない。

「わかっている……しかし、まさか俺が一人の女ににこれほど夢中になるとはなぁ……」

 もう一口酒を煽って、椅子の背に身体を預ける。1年ほど前の自分には想像もつかない変化に自分でも可笑しいと思っている。

「それは我々も同じ気持ちです」

 漢登の言葉に汪景も頷く。

 
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