皇太子殿下は刺客に恋煩う

香月みまり

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2章

25 互いの事情

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 ひたりと、縛り上げた男の首筋に剣の切先を当てる。

「さて……一つ答えてもらおうか? そうすれば命はとらん。我々を襲った理由は何だ? 誰かに頼まれたのではないか?」


 怯える男の表情を冷ややかな瞳で見下ろした霜苓の声は、普段の声よりも随分低く、それ自体が刃物のようだ。

「ないです!」

 男の一人が間髪入れず答えるが、シャラっと鎖が擦れる音と共に、霜苓が勢いよく手にした鎖を引く。

「ひぃぃ! 誓って! ただ、金目のものが欲しかっただけですっ‼︎」

 まるで嘘をつくことを許さないと言うように締め上げられた彼らは、悲鳴を上げて口々に他意はなかったのだのだと懇願する。

 その容赦ない様子を、陵瑜の護衛達は固唾を飲んで見守った。

 「それくらいにしておけ」

 結局、しばらく詰めたところで、陵瑜に静止され、あっさりと賊達を繋いでいた鎖を陵瑜に手渡す。

 賊のなかでも随分と小物のようだし、これ以上脅そうが痛めつけようが、何も出てこないだろうと、霜苓としても見切りをつけたところでもあった。

「コイツら最近ここを荒らしてるってやつらだ、捕吏ほりを手配させた。他にも仲間がいるはずだ、どこに潜んでいるか、聞き出したい」

「そんな事までするのか?」

「……同業者が何人も被害にあっている。いい機会だから一網打尽にしてやりたいところなんだ、生かしておいてくれて助かった」

「そういうのはもっと早く言え、私の都合がなければ、皆殺しているところだ」

 彼らの裏に郷がいるかもしれない……そう考えたから聞き出すために生かす方法を取っただけで、正直その都合がなければ、珠樹に危害を加える可能性が高いものとして、確実に処理してしまっていただろう。

 殺しの訓練を受けてきている霜苓にとっては、その方が容易い。

「まさか出ていくと思わなかったんだ、うちの連中と俺でなんとかなると踏んでいたのに……無茶苦茶しやがって」

 呆れたように言われ、霜苓は言葉に詰まる。自分自身が戦わなくていいなんてことを、考えたことがなかった。

 その時、幌越しに僅かな珠樹の鳴き声が漏れ聞こえてきて、反射的に視線を向ける。

「あぁ起きたらしいな」

 同様にそちらに意識をむけた陵瑜に「行ってやれ」と視線で促される。

おそらく……

「乳の時間だ」

「ゆっくりやってこい、後始末はこちらでする」

「ん、分かった」

 どうやら彼らにも何かしらの目的があるらしいので、後の事を任せ霜苓は荷台に戻る事にした。幌の中に戻れば、母の姿を見とめて更に大きな声で珠樹が泣き出すので、慌てて駆け寄って、乳を与え、そこでようやくほっと緊張を緩める。

 賊と聞いた瞬間、郷のものではないかという懸念が頭をよぎったのだ。しかし賊の連中は郷の者達とは呼吸が違った。

 同じように呼吸を知り、警戒する霜苓に悟られないように、郷が彼らを差し向けたのではないかと勘ぐった。しかしどうやら違ったらしい。

 珠樹に乳をあげる内に、どうやら陵瑜達が呼んだ捕吏が到着し、大きくざわめいていたものの、幌の中の霜苓には、何が起こっているのかを、伺い知ることはできなかった。

 時折陵瑜と、御者の男の指示する声が聞こえて、どうやら順調に引き渡しと、根城の特定が進んでいるらしい。

 ぼんやりと考えながら、またうとうとし始めた珠樹を揺らしていると、ようやく陵瑜が戻ってきて、賊達を捕縛していた鎖を手渡してくる。

「鎖使いか?」

 鎖を霜苓の手のひらの上に丁寧に戻しながら問うてくる陵瑜に苦笑する。彼は、鎖に編み込まれた刃物で霜苓の手を傷つけないよう細心の注意を払ってくれているようだ。

「鎖も使う。女はどうしても力では勝てないからな」

「間合いに入れないってわけか、面白い細工をしているな」

「いろいろな、あまり詳しく調べない方が身のためだぞ」

手の内に収めて握り込むと、そのまま懐に戻す。これ自体も郷が作り出した暗器の一つ、やたらと人目に触れさせて良いものではない。

「それは残念だな、色々興味深いのに」

「やめておけ。商売にする前に首がなくなるぞ」

「それは困る」 

 牽制する霜苓の言葉に、おどけた陵瑜が首をすくめる。

「ところで片付いたのか?」

 いつまでここで足止めを食うのだろうか、できるならば早めに動き出したいし、あまり遅くなればまた新たな賊に襲われる可能性もある。賊に遭遇する度にこうして時間を取られたのでは、たまらない。

「あぁ、州府に引き継いだ、数日中に片付くだろう。我々もそろそろ動き出す」

「そうか……」

 眠りに落ちた珠樹を籠に降ろし、陵瑜が、腰を落ち着けると、すぐに馬車が動き出した。進行方向を振り返れば、幌の隙間から襲撃前と一切様子の変わらない御者の男達の姿が見える。

 ずっと彼らの事を、ただの雇われの御者だと思っていた。しかし彼らはどうやら普通の御者ではないらしい、いったいどういうわけだろうか。

 しかし、こちらから詮索するなと自身の事を牽制している手前聞きづらい。 

 まぁ使えるならばそれでいいのだろう。悪いことではない。

 そう思い直す事にして、霜苓はまた視線をスヤスヤと眠る珠樹に戻した。
 
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