皇太子殿下は刺客に恋煩う

香月みまり

文字の大きさ
上 下
23 / 77
1章

21 気の毒な男

しおりを挟む
 ♢

眠る時間が早かったせいか、霜苓は早朝に目覚めてしまった。

 まだはっきりしない頭を、少しずつ動かしながら、ぼんやりと目の前で眠る珠樹と、少し離れた寝台に眠る陵瑜を見る。

 不思議なことにこうしていると、なんだか寝顔がそっくりに見えてきて……まるで本物の親子のようで、つい頬が緩む。

 たしかに、珠樹の父親の男も、陵瑜くらい身体は大きく、しっかりしていた気もする。

 今となれば思い出すのは、優しい手つきで、頬を何度も撫でて、耳もとで気遣うように囁く、低く甘い声。手を握る太い指、大きな手と強い力、そして、ギラギラと光りを放ち、霜苓を見下ろす、印象的な暗緑色の瞳。

 彼が、陵瑜のような世話焼きな男であれば、最悪の場合、珠樹を託せたかもしれない。一瞬そんな事を考えてしまって、慌てて首を振る。

 珠樹の父親である男に、期待を持たないと決めたはずなのに、もしかしたらと変な欲が湧いてしまっているのは、陵瑜という男を知ってしまったからだ。

 世の中に、他人の子であるにも関わらず、あれほど子どもを慈しめる男がいたのかと、彼の存在は霜苓には新鮮で、だからこそ彼の提案を飲むことに決めたのは、彼と自分それぞれに思惑があり都合がいいからだ。

 もし彼が、霜苓を哀れんだ末の提案だったならば、霜苓は固辞しただろう。そんな親切心のために、人の良い彼を危険に巻き込むわけにはいかない。

 互いに利害が一致するからこそ、仕事として引き受けたのだ。仕事として引き受けたのならば、万が一郷の者に見つかっても、彼は何も知らなかったのだと切り離す事もできる。

 ゆっくりと身体を起こす。そんなわずかな衣擦れの音に、陵瑜がうっすらと目を開けた。昨晩も遅くまで起きていた気配がしていた。まだ日も出切っていない早朝だというのに……彼が常に気を張ってくれているのは霜苓にも伝わっていて……だからこそ、霜苓は安心して休むことができていることに内心感謝している。

「すまない起こしてしまったか……」 

 寝台から立ち上がり、苦笑すると、陵瑜の寝ぼけたぼんやしとした瞳がじっと霜苓を見つめる。どうしたのだろうか?首を傾けて、一歩、二歩と近づいてみる。

「っ! なっ‼︎」

反射神経には郷の中では随一と言われ、自信があったはずだった。寝起きということと、単純に気を抜いていた……不覚にも、突然陵瑜が伸ばしてきた手に反応できず、そのまま随分と強引な力で、引き寄せられ……なぜかそのまま、彼の横になる寝台に引き摺り込まれてしまった。

「っ、何を!」

 ジタバタと抵抗するように足をばたつかせるが、残念ながら、両腕は彼の太く屈強な腕を巻き付けられて封じられてしまった。

っ……不覚‼︎ 私としたことが!

 悔しさで唇を噛んで、なんとかこの体制から抜け出す方法を四通りくらい考えついた。

 しかし……

「っふっ……ふぇっ」

 隣の寝台で、霜苓の立てる物音に反応した珠樹がモゾモゾと動き出してしまった。

「っ‼︎」

 咄嗟に口を噤んで息をひそめる。

 今起きてしまうと一日の生活時間が狂って大変なのだ。せめてあと一刻は眠って欲しい。祈るような気持ちで口を噤んでじっと、珠樹の動向に意識を向ける。

 しかしそちらに気を取られている間に、不覚にも拘束を外せない体勢を作られてしまっていた。

 挙げ句の果てに……

「っ、行くな!」

 なんの夢を見ているのか……耳もとで苦しげに囁く陵瑜の声がぞくりと体に響き……一瞬にしてあの晩がよみがえる。

 男の声と言うものは、皆こんなに女をドキドキさせる力があるのだろうか。

 急に早くなりだす鼓動を抑えながら、霜苓は自身に「落ち着け!」と言い聞かせる。きっと昔の女でも思い出しているのだろう。眠っている間にでも、捨てられた事があるのだろうか?なかなか気の毒なことだ……。

 すこしばかり陵瑜に同情して、どうにか拘束を解けないだろうかと、静かに様々な事を試みてみるが……しかしどう足掻いても拘束は緩まなかった。

 いくら訓練を受けた霜苓でも、自分より大きく力のある男の拘束を外す事は容易ではないし、どうやら陵瑜もそれなりに武術の心得があるらしい。そうであるならば、お手上げだ。

 ため息を吐く。こんなところで体力を消耗しているのも馬鹿馬鹿しい気もしてきた。

 力を抜いて、体重をしっかりと預けてしまうと、逃すまいとギュウギュウ締付けていた腕や足の拘束が緩んで、なんだか温かく包まれているような感覚にすらなってきた。

 トクトクと規則正しい陵瑜の鼓動が頭に響いてきて、それがひどく眠気をさそい、ほわほわとまた霜苓を眠りへと誘い出す。

 どうせ動けないのだからもう一度眠るか……諦めて目を閉じた。
 
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜

春日あざみ
キャラ文芸
<第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!> 宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。 しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——? 「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!

後宮の棘

香月みまり
キャラ文芸
蔑ろにされ婚期をのがした25歳皇女がついに輿入り!相手は敵国の禁軍将軍。冷めた姫vs堅物男のチグハグな夫婦は帝国内の騒乱に巻き込まれていく。 ☆完結しました☆ スピンオフ「孤児が皇后陛下と呼ばれるまで」の進捗と合わせて番外編を不定期に公開していきます。 第13回ファンタジー大賞特別賞受賞! ありがとうございました!!

皇帝は虐げられた身代わり妃の瞳に溺れる

えくれあ
恋愛
丞相の娘として生まれながら、蔡 重華は生まれ持った髪の色によりそれを認められず使用人のような扱いを受けて育った。 一方、母違いの妹である蔡 鈴麗は父親の愛情を一身に受け、何不自由なく育った。そんな鈴麗は、破格の待遇での皇帝への輿入れが決まる。 しかし、わがまま放題で育った鈴麗は輿入れ当日、後先を考えることなく逃げ出してしまった。困った父は、こんな時だけ重華を娘扱いし、鈴麗が見つかるまで身代わりを務めるように命じる。 皇帝である李 晧月は、後宮の妃嬪たちに全く興味を示さないことで有名だ。きっと重華にも興味は示さず、身代わりだと気づかれることなくやり過ごせると思っていたのだが……

鍛えすぎて婚約破棄された結果、氷の公爵閣下の妻になったけど実は溺愛されているようです

佐崎咲
恋愛
私は前世で殺された。 だから二度とそんなことのないように、今世では鍛えて鍛えて鍛え抜いた。 結果、 「僕よりも強い女性と結婚などできない!」 と言われたけれど、まあ事実だし受け入れるしかない。 そうしてマイナスからの婚活スタートとなった私を拾ったのは、冷酷無慈悲、『氷の公爵閣下』として有名なクレウス=レイファン公爵だった。 「私は多くの恨みを買っている。だから妻にも危険が多い」 「あ、私、自分の身くらい自分で守れます」 気づけば咄嗟にそう答えていた。 「ただ妻として邸にいてくれさえすればいい。どのように過ごそうとあとは自由だ」 そう冷たく言い放った公爵閣下に、私は歓喜した。 何その公爵邸スローライフ。 とにかく生きてさえいればいいなんて、なんて自由! 筋トレし放題! と、生き延びるために鍛えていたのに、真逆の環境に飛び込んだということに気付いたのは、初夜に一人眠る寝室で、頭上から降って来たナイフをかわしたときだった。 平和どころか綱渡りの生活が始まる中、もう一つ気が付いた。 なんか、冷たいっていうかそれ、大事にされてるような気がするんですけど。 「番外編 溶けた氷の公爵閣下とやっぱり鍛えすぎている夫人の仁義なき戦い」 クレウスとティファーナが手合わせをするのですが、果たして勝つのは……というお話です。 以下はこちら↓の下の方に掲載しています。 <番外編.その後> web連載時の番外編です。 (書籍にあわせて一部修正しています) <番外編.好きと好きの間> 文字数オーバーしたため書籍版から泣く泣く削ったエピソードです。 (大筋はweb連載していた時のものと同じです) <番外編.それぞれの> いろんな人からの視点。

公主の嫁入り

マチバリ
キャラ文芸
 宗国の公主である雪花は、後宮の最奥にある月花宮で息をひそめて生きていた。母の身分が低かったことを理由に他の妃たちから冷遇されていたからだ。  17歳になったある日、皇帝となった兄の命により龍の血を継ぐという道士の元へ降嫁する事が決まる。政略結婚の道具として役に立ちたいと願いつつも怯えていた雪花だったが、顔を合わせた道士の焔蓮は優しい人で……ぎこちなくも心を通わせ、夫婦となっていく二人の物語。  中華習作かつ色々ふんわりなファンタジー設定です。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

孤児が皇后陛下と呼ばれるまで

香月みまり
ファンタジー
母を亡くして天涯孤独となり、王都へ向かう苓。 目的のために王都へ向かう孤児の青年、周と陸 3人の出会いは世界を巻き込む波乱の序章だった。 「後宮の棘」のスピンオフですが、読んだことのない方でも楽しんでいただけるように書かせていただいております。

処理中です...