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1章

21 気の毒な男

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 眠る時間が早かったせいか、霜苓は早朝に目覚めてしまった。

 まだはっきりしない頭を、少しずつ動かしながら、ぼんやりと目の前で眠る珠樹と、少し離れた寝台に眠る陵瑜を見る。

 不思議なことにこうしていると、なんだか寝顔がそっくりに見えてきて……まるで本物の親子のようで、つい頬が緩む。

 たしかに、珠樹の父親の男も、陵瑜くらい身体は大きく、しっかりしていた気もする。

 今となれば思い出すのは、優しい手つきで、頬を何度も撫でて、耳もとで気遣うように囁く、低く甘い声。手を握る太い指、大きな手と強い力、そして、ギラギラと光りを放ち、霜苓を見下ろす、印象的な暗緑色の瞳。

 彼が、陵瑜のような世話焼きな男であれば、最悪の場合、珠樹を託せたかもしれない。一瞬そんな事を考えてしまって、慌てて首を振る。

 珠樹の父親である男に、期待を持たないと決めたはずなのに、もしかしたらと変な欲が湧いてしまっているのは、陵瑜という男を知ってしまったからだ。

 世の中に、他人の子であるにも関わらず、あれほど子どもを慈しめる男がいたのかと、彼の存在は霜苓には新鮮で、だからこそ彼の提案を飲むことに決めたのは、彼と自分それぞれに思惑があり都合がいいからだ。

 もし彼が、霜苓を哀れんだ末の提案だったならば、霜苓は固辞しただろう。そんな親切心のために、人の良い彼を危険に巻き込むわけにはいかない。

 互いに利害が一致するからこそ、仕事として引き受けたのだ。仕事として引き受けたのならば、万が一郷の者に見つかっても、彼は何も知らなかったのだと切り離す事もできるだろう。

 ゆっくりと身体を起こす。そんなわずかな衣擦れの音に、陵瑜がうっすらと目を開けた。昨晩も遅くまで起きていた気配がしていた。まだ日も出切っていない早朝だというのに……彼が常に気を張ってくれているのは霜苓にも伝わっていて……だからこそ、霜苓は安心して休むことができていることに内心感謝している。

「すまない起こしてしまったか……」 

 寝台から立ち上がり、苦笑すると、陵瑜の寝ぼけたぼんやしとした瞳がじっと霜苓を見つめる。どうしたのだろうか?首を傾けて、一歩、二歩と近づいてみる。

「っ! なっ‼︎」

反射神経には郷の中では随一と言われ、自信があったはずだった。寝起きということと、単純に気を抜いていた……不覚にも、突然陵瑜が伸ばしてきた手に反応できず、そのまま随分と強引な力で、引き寄せられ……なぜかそのまま、彼の横になる寝台に引き摺り込まれてしまった。

「っ、何を!」

 ジタバタと抵抗するように足をばたつかせるが、残念ながら、両腕は彼の太く屈強な腕を巻き付けられて封じられてしまった。

っ……不覚‼︎ 私としたことが!

 悔しさで唇を噛んで、なんとかこの体制から抜け出す方法を四通りくらい考えついた。

 しかし……

「っふっ……ふぇっ」

 隣の寝台で、霜苓の立てる物音に反応した珠樹がモゾモゾと動き出してしまった。

「っ‼︎」

 咄嗟に口を噤んで息をひそめる。

 今起きてしまうと一日の生活時間がが狂って大変なのだ。せめてあと一刻は眠って欲しい。祈るような気持ちで口を噤んでじっと、珠樹の動向に意識を向ける。

 しかしそちらに気を取られている間に、不覚にも拘束を外せない体勢を作られてしまっていた。

 挙げ句の果てに……

「っ、行くな!」

 なんの夢を見ているのか……耳もとで苦しげに囁く陵瑜の声がぞくりと体に響き……一瞬にしてあの晩がよみがえる。

 男の声と言うものは、皆こんなに女をドキドキさせる力があるのだろうか。

 急に早くなりだす鼓動を抑えながら、霜苓は自身に「落ち着け!」と言い聞かせる。きっと昔の女でも思い出しているのだろう。眠っている間にでも、捨てられた事があるのだろうか?なかなか気の毒なことだ……。

 すこしばかり陵瑜に同情して、どうにか拘束を解けないだろうかと、静かに様々な事を試みてみるが……しかしどう足掻いても拘束は緩まなかった。

 いくら訓練を受けた霜苓でも、自分より大きく力のある男の拘束を外す事は容易ではないし、どうやら陵瑜もそれなりに武術の心得があるらしい。そうであるならば、お手上げだ。

 ため息を吐く。こんなところで体力を消耗しているのも馬鹿馬鹿しい気もしてきた。

 力を抜いて、体重をしっかりと預けてしまうと、逃すまいとギュウギュウ締付けていた腕や足の拘束が緩んで、なんだか温かく包まれているような感覚にすらなってきた。

 トクトクと規則正しい陵瑜の鼓動が頭に響いてきて、それがひどく眠気をさそい、ほわほわとまた霜苓を眠りへと誘い出す。

 どうせ動けないのだからもう一度眠るか……諦めて目を閉じた。
 
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