皇太子殿下は刺客に恋煩う

香月みまり

文字の大きさ
上 下
12 / 77
1章

10 辻褄合わせ

しおりを挟む
「具体的にどうしたらいいのだ?」
 ずっとこの男の手の上で踊らされていたのかと少し面白くない気分を抱えながらも、詳しい話の続きを促す。任務の内容を予め確認する事は基本である。
 生真面目に問うた霜苓の姿勢を陵瑜はどう思ったのだろうか、眉を下げて息をつくと、「簡単だよ」と口を開いた。
「口裏を合わせてくれたらいい、誰に何を言われようとも珠樹は俺の子供で間違いないと言い通してくれたらいい」
「なるほど……それで、私達はいつどのようにして知り合った事になる?」
 言われたことをいつもの任務のときのように、頭の中に叩き込みながら、順を追て問うて行く。
「なんだ、なかなか乗り気じゃないか!」
 なぜか嬉しそうに破顔する陵瑜に「余計な事はいい!」とイラ立ちを覚える。
「こんな事、潜入しての暗殺や情報収集と同じだろう? 一見任務に関係ない所でもきちんと決めておかないとそこからボロが出る。基本中の基本だ」
 だから余計な事を言わずにさっさと説明しろ!と睨めつけると、なぜか「あぁ、そういうことか……」と寂しそうにつぶやかれる。
「頼もしい限りだな……そうだな、1年と2.3か月前か…霜苓はどこにいた?」
「……珠碧を身籠った頃か……任務に出ていた。銀鉤国と仙娥せんが国の戦があっただろう? あれに出ていた」
「あぁ、あれか……ならばちょうどいい、そこで知り合った事にするか、俺もあの辺りを彷徨いていた」
「戦場でか?」
 商人の陵瑜と刺客として雇われていた自分にどんな接点が考えられるのだろうか……そんな懸念をしっかりと顔に出すが、対する陵瑜は、当然のような顔をして……
「戦場で……だったのだろう?」
「っ……そうだな」
 実際にあり得たのだから、そうなのだろう?と、当たり前のように言われ、言葉を失った。実際そんな状況になり、子まで産んだ霜苓にこそ否定できないと我に返った。
「そこで知り合って、心を通わせたが、戦場での事、色々な不運が重なり、互いの境遇を知らないまま別れる事になった。俺はその時聞いた霜苓の故郷の話を頼りに探し出し、霜苓はいつか俺と会えると信じて、俺の子を大切に育てていた……なかなか泣ける話じゃないか」
良いことを思いついたというように不敵に笑い、話を続ける陵瑜に霜苓は半ば呆れる。
「ちょっと美談にしすぎじゃないか?」
「それくらいがちょうどいいんだよ」
 しかし、陵瑜はいい考えだとほくほく顔で自身の脇で、大人のやり取りをじっと見つめている珠樹に視線を移すと、「珠樹もそう思うよなぁ?」とデレた声で問いかけだす。
「まぁそちらの家族とやらを納得させるのだから、陵瑜がそれでいいのなら別にいいが……」
 何を言ってもこの路線を変えるつもりはなさそうな上、彼の家の者がどういう人間かも分からない霜苓には、それを覆す気にもなれず、それ以上の言及を諦めた。
「ならばそれで行こう!」
 珠樹を抱き上げ、随分と慣れてきた手付きで自身の腕の中に収めた陵瑜は
「今日から俺がお前の父だ! よろしくな~」
 デレデレの声で珠樹に話しかけている。
 もしかしてこの男は珠樹可愛さに、こんな提案をしてきたのではないか……そんな疑念すら生まれてくる。
 しかし、それならば霜苓には好都合なのではないかと、胸の奥でもうひとりの自分が声を挙げる。
 もし、霜苓がこの先追手に見つかり逃げねばならなくなったとしても、この男ならば珠樹を匿ってくれるかもしれなではないか。まだ、色々と落とし込めていない所はあるが、それでも彼が珠樹を可愛がってくれるであろうことは間違いないだろう。ここへきて下の世界の事は正直霜苓には分からない事が多そうなのだから、珠樹を安全に育てられる状況に身を置けるのならばそれを選ばない選択肢はない。たとえそれが金持ちの男の道楽に付き合うような事でも、利用したらいい。目的は、なんとしてでも珠樹を生かすことなのだから……と。

 
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜

春日あざみ
キャラ文芸
<第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!> 宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。 しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——? 「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!

後宮の棘

香月みまり
キャラ文芸
蔑ろにされ婚期をのがした25歳皇女がついに輿入り!相手は敵国の禁軍将軍。冷めた姫vs堅物男のチグハグな夫婦は帝国内の騒乱に巻き込まれていく。 ☆完結しました☆ スピンオフ「孤児が皇后陛下と呼ばれるまで」の進捗と合わせて番外編を不定期に公開していきます。 第13回ファンタジー大賞特別賞受賞! ありがとうございました!!

皇帝は虐げられた身代わり妃の瞳に溺れる

えくれあ
恋愛
丞相の娘として生まれながら、蔡 重華は生まれ持った髪の色によりそれを認められず使用人のような扱いを受けて育った。 一方、母違いの妹である蔡 鈴麗は父親の愛情を一身に受け、何不自由なく育った。そんな鈴麗は、破格の待遇での皇帝への輿入れが決まる。 しかし、わがまま放題で育った鈴麗は輿入れ当日、後先を考えることなく逃げ出してしまった。困った父は、こんな時だけ重華を娘扱いし、鈴麗が見つかるまで身代わりを務めるように命じる。 皇帝である李 晧月は、後宮の妃嬪たちに全く興味を示さないことで有名だ。きっと重華にも興味は示さず、身代わりだと気づかれることなくやり過ごせると思っていたのだが……

鍛えすぎて婚約破棄された結果、氷の公爵閣下の妻になったけど実は溺愛されているようです

佐崎咲
恋愛
私は前世で殺された。 だから二度とそんなことのないように、今世では鍛えて鍛えて鍛え抜いた。 結果、 「僕よりも強い女性と結婚などできない!」 と言われたけれど、まあ事実だし受け入れるしかない。 そうしてマイナスからの婚活スタートとなった私を拾ったのは、冷酷無慈悲、『氷の公爵閣下』として有名なクレウス=レイファン公爵だった。 「私は多くの恨みを買っている。だから妻にも危険が多い」 「あ、私、自分の身くらい自分で守れます」 気づけば咄嗟にそう答えていた。 「ただ妻として邸にいてくれさえすればいい。どのように過ごそうとあとは自由だ」 そう冷たく言い放った公爵閣下に、私は歓喜した。 何その公爵邸スローライフ。 とにかく生きてさえいればいいなんて、なんて自由! 筋トレし放題! と、生き延びるために鍛えていたのに、真逆の環境に飛び込んだということに気付いたのは、初夜に一人眠る寝室で、頭上から降って来たナイフをかわしたときだった。 平和どころか綱渡りの生活が始まる中、もう一つ気が付いた。 なんか、冷たいっていうかそれ、大事にされてるような気がするんですけど。 「番外編 溶けた氷の公爵閣下とやっぱり鍛えすぎている夫人の仁義なき戦い」 クレウスとティファーナが手合わせをするのですが、果たして勝つのは……というお話です。 以下はこちら↓の下の方に掲載しています。 <番外編.その後> web連載時の番外編です。 (書籍にあわせて一部修正しています) <番外編.好きと好きの間> 文字数オーバーしたため書籍版から泣く泣く削ったエピソードです。 (大筋はweb連載していた時のものと同じです) <番外編.それぞれの> いろんな人からの視点。

公主の嫁入り

マチバリ
キャラ文芸
 宗国の公主である雪花は、後宮の最奥にある月花宮で息をひそめて生きていた。母の身分が低かったことを理由に他の妃たちから冷遇されていたからだ。  17歳になったある日、皇帝となった兄の命により龍の血を継ぐという道士の元へ降嫁する事が決まる。政略結婚の道具として役に立ちたいと願いつつも怯えていた雪花だったが、顔を合わせた道士の焔蓮は優しい人で……ぎこちなくも心を通わせ、夫婦となっていく二人の物語。  中華習作かつ色々ふんわりなファンタジー設定です。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

孤児が皇后陛下と呼ばれるまで

香月みまり
ファンタジー
母を亡くして天涯孤独となり、王都へ向かう苓。 目的のために王都へ向かう孤児の青年、周と陸 3人の出会いは世界を巻き込む波乱の序章だった。 「後宮の棘」のスピンオフですが、読んだことのない方でも楽しんでいただけるように書かせていただいております。

処理中です...