後宮の棘

香月みまり

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番外編ー清劉戦ー

1日目夜 招かざる来訪者

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「殿下、何者かの侵入の形跡を認めまして、排除にかかりましたところ、その者の身元が随分と特殊な方でして。」

夕食を終えたところで、珍しく入室してきた烈が冬隼に耳打ちする。

隣にいた翠玉にも。なんとなしに内容は聞こえたので、2人で顔を見合わせる。

「今どこに?」

「応接の間に」

「間違い無いのか?」

「はい、間違いなくその方かと。あのような見目の方もなかなかおりませんので」

「確かにそうだな」

冬隼と烈が短く確認の言葉を交わして、話を終えると、不審気な顔で冬隼が立ち上がるので、翠玉もそれに続く。


「碧相の第3皇子がなぜ今こんなところに来るのかしら」

首を傾けて共に歩く夫を伺ってみるが、冬隼自身も理由は分かりかねるようで、首を捻っている。

まるで忍び込むようにしてやってきたらしいその客人は、烈の話によるとどうやら同盟国である碧相国の第3皇子の碧凰訝であったと言うのだ。


「今回、碧相側からの特使は皇太子だと聞いていたし、彼が帯同するという情報はなかったはずだが」

「勝手についてきたの?無茶苦茶な方とは兄様からも聞いているけど、まさか、ねぇ」

「しかし、烈がそうだと言うのなら本人なのだろう。一度会えばあの顔は忘れられんだろうしな。」

「そんなにも特徴的なの?」
以前冬隼が彼と対面した時、翠玉は丁度妊娠が分かり安静を言い渡された直後だったので、その目で碧凰訝の姿を見ていないのだ。

隣国の狂人と呼ばれる武人で、見目も麗しいがその顔に似合わず残忍だというのは有名な話である。
聞こえてくるその話だけでも十分興味がそそられるが、以前彼に会った後の夫は、なんだか少し疲れた顔をしていたし、部下として長い時間を共にしていた兄からは「胎教に悪いから今はやめとけ」と言われたのを思うと、なかなか曲者なのだろう。


「お待たせいたしまして申し訳ありません」

そう声をかけて冬隼が入室すれば、いかにも隠密用の装束に身を包んだ2つの人影がこちらを振り返る。

その内の1人、スラリと背が高く、細身の男の方に自然と目を奪われた。

男性とは思えないほど、整った美しい造形の美丈夫だ。なるほど、これは一度見たら忘れる事はないだろう。

未だかつて男性でこれほど美しい人を見たことがあるだろうか?

一瞬で、こちらの男の方が件の第3皇子だと理解する。


「なんの、我々が無作法にもお尋ねしたまで。少しばかりこちら側の様子を見て退散するつもりが、貴公の優秀な隠密達に見つかってしまったようだ」

お騒がせして申し訳ない。と、大して悪びれた様子もなく、言われてどう返答すべきか窮する。

いくら同盟国とはいえ、こんな時間に先触れも出さずに、、、というより勝手に忍び込んでくるなど、無作法以前に処断されても文句は言えないくらいのことはしているのだが、彼の様子にはそうした焦りや緊迫感も一切感じない。


「驚きました。まさかこのような所にかような御身分の方が丸腰で忍ばれてくるとは思いもしておりませんでした。一体どのような御用でしょうか?」

部屋の中央に、彼らと向かい合う形に置かれた椅子まで歩いて座ると、冬隼が抗議を含んだ口調で問いかける。


そんな彼に対して、碧凰訝は色素の薄い切れ長の双眸を細める。

「正直申し上げれば、用は無いのですよ。表立ってはそうですね、、、将軍へのご挨拶とでもしておきましょうか」

そう言って視線を、隣に座る翠玉に向ける。

「実際はただ見て見たかっただけです。単純に湖紅の秘蔵の女傑で、周英がこれほどの事を成すまでの原動力の一つとなった妹君をね」

そう言って翠玉を上から下まで眺めて、「なるほどなるほど」と頷く。


「なるほどあなたがあの突飛な策の提案者ですね。単純にどのような女性か興味が湧いたのです。周殿の妹君であるからには一筋縄の女ではないとは聞いていたが、お顔を見て確信しましたよ」


見透かしているような視線で見つめられ、翠玉はゴクリと唾を飲む。
美しい造形の顔の迫力はもちろんあるが、彼の放つ空気というか纏う気配が、有無を言わせない。


「やはりお気づきでしたか」

低く呟く冬隼の言葉に。碧凰訝は美しい顔で満足そうに笑んだ。

「昔から鼻が効きましてね。将軍と初めてお会いした時からそうではないかと思っておりました。しかも奥方は一晩で倍もいる敵軍を蹴散らしたと聞く。間違いなくこちらであろうと思っておりましたが、あの場ではお姿を見る事は叶いませんでした。故に恐らく一番お会い出来る機会が巡ってくるであろうこの時にひっそりとお姿を確認しようと思っていたのですが」

まさか見つかるとはね。いい影を飼っておられる。
と最後は参ったと言うように両手を上げた。

「この通り、私は今回は公人としての入国はしておりませんのでね。公式に謁見を申し出るわけにもいきませんし目立つのも避けたい」

ゆえに騒ぎにするな、とそう言うことらしい。

たしかにここで騒ぎになって、彼を捕らえて碧相の特使団に突き返せば、必ず清劉側にも伝わり警護が厳しくなる。

なんなら、他にもいるのでは無いかと、監視が厳しくなり、碧相の旅団に混じり、ひっそりと逗留する兄達が見つかりかねない。


不問に処しお帰りいただくしか方法はない。

「しかし、なぜ貴公がこちらに?今回の作戦に参加の旨は我々は聞いていませんが?」

冬隼の言葉に碧凰訝はニヤリと笑う。
先程までの美しく優雅な様子とは打って変わって、途端に悪戯を楽しむような子供のような顔になる。しかしよく見れば双眸だけは獲物を見つけた野生動物のようにギラギラと不思議な光を放つ。

「この前の戦の続きですよ。俺はまだ獲物を捉えてないのでね。やつを息の根を止めない事には終わらないんですよ」

やつが誰を指すのかは一目瞭然で、どうやら彼は董伯央を打つためにここにいると言うのだ。

1年ほど前の戦を根に持ち、ここまで忍んで追いかけて来るとは、噂に違わず執念深い。
これが狂人と呼ばれる所以だろう。


たしかに、清劉の王座が兄のものになり、紫瑞から董伯央の存在がなくなれば、それほどいい事はないのだが、

「故に、周英の奴とも別行動なんでね。まぁお互い動向くらいは把握している程度で、後はお互い同じタイミングにそれぞれの獲物に食らいつくだけだ」

もちろん、奴の始末が終わったらそちらにも参戦しますよ。と楽しそうに言う彼に、翠玉と冬隼は、苦笑して頷くしか無い。

「それでは用も済みましたので、我等はこれにて失礼させていただきます。唐突に無礼な来訪失礼しました。お互い武運を祈っております」


とりあえず言うことを言って、見るべき物を見て満足したらしい碧凰訝は唐突にそう言うと立ち上がり、いとまを告げた。

そうして、「見送りは不用、来た時と同様、ひっそりと帰ります故。」そう言って、ずっと空気のように控えていた従者に一声かけると、あっという間に中庭の暗がりの中に消えて行った。

「烈」

冬隼が天井に向けて声をかける。

「きちんと見送りの者達が見届けます」

くぐもった烈の声が頭上から聞こえてくる。


「一体なんだったの?」

碧凰訝が消えて行った中庭を呆然と眺めながら翠玉が呟くが。

「俺にもよくわからん。だが義兄上に聞けば、きっとそう言う人なんだよって言われるだろうな」

夫からはため息まじりにそう言われた。

「狂人って言うより、変人?掴めない人ね。兄様が振り回されるだけあるわね」

なんだかどっと疲れた気がして、大きく息を吐く。

今日は色々とありすぎた。

「さっさと寝ましょうか?疲れたわ」

「そうだな、、、そうしよう」

夫婦で言い合って、寝室へ向かった。
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