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番外編
姉妹⑩ 物申したい
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「お前にそんなことがあったなんて知らなかった」
昼食に近い朝食をとりながら華南が語ったのは、隆蒼が初めて聞く壮絶な彼女の幼少期の話だった。
十数年の付き合いの中で彼女の言葉の端々から、あまり恵まれた環境で育っていないという事は予想していたものの、まさかこれほど酷い状況だったのかと愕然とした。
「まぁね……あんまり言わなかったし……私も思い出したくなかったから考えないようにしていた」
そういって食事を口に運んで彼女は、悲し気に笑った。
「だからたまたま、昨日夢に見て思い出したのよ。そうじゃなければ私はねぇさんの事も思い出さなかったかもしれない」
酷い妹よねぇ?
そう言われて隆蒼は華南の手を取る。
「ねぇさんがいなくなった時、おまえはせいぜい5歳くらいだろう? 俺だってそんな頃の記憶なんてないぞ?」
そんな幼い頃の、しかも過酷な状況での生活の記憶など今すぐ忘れられるなら忘れてほしいとすら思う。
「もし杏がお前のねぇさんだったなら、あの人はそんなことを怒ったり嘆いたりする人じゃない」
そう言えば、華南は隆蒼の重ねた手の下でぎゅうっと拳を握った。
「それに彼女だって苦労しただろうけど、好きな男と一緒になれたんだから、そんなに不幸でもなかったと思うぞ?」
記憶の中で、結婚すると話した彼女は本当に幸せそうに笑っていたのだ。
だから彼女を不幸な人だとは隆蒼は思わない。確かに隆蒼が想像もできない苦労や絶望や悲しみがあっただろうけれど。
「だからそんな顔するな」そう言うと、華南は一度ぎゅうっと唇を引き結んで、こみ上げるものを堪えるようにすると、残りの食事に箸をつけてがつがつと食べだした。
彼女の昔からの癖なのだ。
そうしていろんなものを口に入れて咀嚼して飲み込んで……そうしていく内に少しずつ気持ちを落ち着けて、もやもやとした感情を飲み下しいていくのだ。
華南の昔の話を聞くのに、食事を挟んでよかった。
きっとあのまま寝台で聞くよりも彼女には整理がつくだろうとは思っていたので、自分の判断を自分で褒めたくなる。
幼い頃の壮絶な話は知らなくても、自分は誰よりも今の彼女を理解している自信がある。
そしてこれからも、いろいろな顔を見せてくれる彼女を誰よりも理解して、愛して守っていくのだ。
口いっぱいに含んだものを、茶で豪快に流し込む妻の姿を、見ながら隆蒼はそう決意するのだった。
+++++
後日談
「ねぇ、もし杏がねぇさんだったら、私とねぇさんって穴兄弟ならぬ棒姉妹?」
「ブッ!!」
湯あみの後の晩酌の途中で、唐突に華南が言い出した言葉に隆蒼は、口の中の酒を盛大に吹いた。
「汚い~」
「っお前なぁ!」
なんてことを言い出すのだと睨みつけるが、華南はどこ吹く風でグイッと酒を飲んで首を傾ける。
「だってそうでしょ?」
「っ、そうかもしれないけど……」
実は杏が華南の姉かもしれないと分かってから隆蒼は密かにそれについては気にしていたのだ。
その事実を知った華南も気分はよくはないだろうと思っていたのに。
「まさか旦那を介してねぇさんと繋がっていたなんてすごいわよねぇ。こんな縁があるのだもの、生きてるうちに一度くらいはきっと会えるかもしれないわねぇ~」
本人は全然気にしていないどころか、なぜか変なところに感動しているのだ。
「頼むから、その言い方はやめろ……」
がくりと項垂れるとその背を華南がぺしぺしと叩く。
「なんで? 言い得て妙じゃない? 私聞いた時、確かにーって叫んじゃったわ」
「聞いた⁉︎」
華南の言いぐさではまるで……
「あ、語源は李梨よ! ほら、ねぇさんの話をしておこうと思うって言ったじゃない? で、経緯をちらっと話したら李梨がさ!っんむっ!!」
「分かった……理解できた」
華南の口を塞いだ。二度も妻の口からあんな言葉を聞きたくはなかった。
確かに華南も李梨も幼い頃から禁軍の男所帯で生活しているわけで、同じ年頃の女性に比べても下品な言葉には耐性があるのは理解できる。
そうだとしても
「お前たち姉妹は、もう少し慎みを持つべきだと思うぞ!!」
夫として、義兄としてこれだけは言わせていただきたい。
【完】
昼食に近い朝食をとりながら華南が語ったのは、隆蒼が初めて聞く壮絶な彼女の幼少期の話だった。
十数年の付き合いの中で彼女の言葉の端々から、あまり恵まれた環境で育っていないという事は予想していたものの、まさかこれほど酷い状況だったのかと愕然とした。
「まぁね……あんまり言わなかったし……私も思い出したくなかったから考えないようにしていた」
そういって食事を口に運んで彼女は、悲し気に笑った。
「だからたまたま、昨日夢に見て思い出したのよ。そうじゃなければ私はねぇさんの事も思い出さなかったかもしれない」
酷い妹よねぇ?
そう言われて隆蒼は華南の手を取る。
「ねぇさんがいなくなった時、おまえはせいぜい5歳くらいだろう? 俺だってそんな頃の記憶なんてないぞ?」
そんな幼い頃の、しかも過酷な状況での生活の記憶など今すぐ忘れられるなら忘れてほしいとすら思う。
「もし杏がお前のねぇさんだったなら、あの人はそんなことを怒ったり嘆いたりする人じゃない」
そう言えば、華南は隆蒼の重ねた手の下でぎゅうっと拳を握った。
「それに彼女だって苦労しただろうけど、好きな男と一緒になれたんだから、そんなに不幸でもなかったと思うぞ?」
記憶の中で、結婚すると話した彼女は本当に幸せそうに笑っていたのだ。
だから彼女を不幸な人だとは隆蒼は思わない。確かに隆蒼が想像もできない苦労や絶望や悲しみがあっただろうけれど。
「だからそんな顔するな」そう言うと、華南は一度ぎゅうっと唇を引き結んで、こみ上げるものを堪えるようにすると、残りの食事に箸をつけてがつがつと食べだした。
彼女の昔からの癖なのだ。
そうしていろんなものを口に入れて咀嚼して飲み込んで……そうしていく内に少しずつ気持ちを落ち着けて、もやもやとした感情を飲み下しいていくのだ。
華南の昔の話を聞くのに、食事を挟んでよかった。
きっとあのまま寝台で聞くよりも彼女には整理がつくだろうとは思っていたので、自分の判断を自分で褒めたくなる。
幼い頃の壮絶な話は知らなくても、自分は誰よりも今の彼女を理解している自信がある。
そしてこれからも、いろいろな顔を見せてくれる彼女を誰よりも理解して、愛して守っていくのだ。
口いっぱいに含んだものを、茶で豪快に流し込む妻の姿を、見ながら隆蒼はそう決意するのだった。
+++++
後日談
「ねぇ、もし杏がねぇさんだったら、私とねぇさんって穴兄弟ならぬ棒姉妹?」
「ブッ!!」
湯あみの後の晩酌の途中で、唐突に華南が言い出した言葉に隆蒼は、口の中の酒を盛大に吹いた。
「汚い~」
「っお前なぁ!」
なんてことを言い出すのだと睨みつけるが、華南はどこ吹く風でグイッと酒を飲んで首を傾ける。
「だってそうでしょ?」
「っ、そうかもしれないけど……」
実は杏が華南の姉かもしれないと分かってから隆蒼は密かにそれについては気にしていたのだ。
その事実を知った華南も気分はよくはないだろうと思っていたのに。
「まさか旦那を介してねぇさんと繋がっていたなんてすごいわよねぇ。こんな縁があるのだもの、生きてるうちに一度くらいはきっと会えるかもしれないわねぇ~」
本人は全然気にしていないどころか、なぜか変なところに感動しているのだ。
「頼むから、その言い方はやめろ……」
がくりと項垂れるとその背を華南がぺしぺしと叩く。
「なんで? 言い得て妙じゃない? 私聞いた時、確かにーって叫んじゃったわ」
「聞いた⁉︎」
華南の言いぐさではまるで……
「あ、語源は李梨よ! ほら、ねぇさんの話をしておこうと思うって言ったじゃない? で、経緯をちらっと話したら李梨がさ!っんむっ!!」
「分かった……理解できた」
華南の口を塞いだ。二度も妻の口からあんな言葉を聞きたくはなかった。
確かに華南も李梨も幼い頃から禁軍の男所帯で生活しているわけで、同じ年頃の女性に比べても下品な言葉には耐性があるのは理解できる。
そうだとしても
「お前たち姉妹は、もう少し慎みを持つべきだと思うぞ!!」
夫として、義兄としてこれだけは言わせていただきたい。
【完】
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