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第9章 使、命
第327話 本気の太刀
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床に落ちて骸となった塊を冬隼は静かに見つめた。
一撃で楽にしてやるには少々甘い気もしたが、なによりも翠玉をこれ以上危険に晒したくなかった。
「冬隼!どうしてここに?」
呆然とつぶやく翠玉に近づいてその顔を見る。
良かった怪我はないらしい。
手を伸ばしかけて止める。
自分は今返り血をあびている
忌々しい男の血で彼女を汚したくは無かった。
「虫の知らせだ」
端的に言うと彼女の背後にいる烈に目配せをする。
翠玉がいずれこの作戦を決行するのは彼女から聞いていた。
そのために。稜寧の存在を利用するつもりであることも、甥がそれを快諾したことも。
奴が動くのなら翠玉が戦場に姿を出した今日だろう事もわかっていた。
だからずっと密かに翠玉の周りに影をつけていた。
そして、すぐに冬隼に知らせが来た。
秋の敵討ちと勇む烈を行かせて、自身はもしものために奴の退路となる場所に待機した。
絶対に逃すことはしない。
案の定、冬隼の読み通り、奴はやってきた。
+++
「ひゃー久しぶりに見た!殿下の早い太刀」
東左の亡骸は烈に始末を任せて、3人で本部に戻る道すがら華南が感嘆の声を上げる。
「腕が落ちてないのが憎らしい!」
「当然だ」
華南と冬隼のやりとりをみて、翠玉は先ほど自らが見た光景を思い出す。確かに見事だった。
冬隼の太刀の速さは、横から見た翠玉ですら目で追えないくらいの速さだった。
おそらく正面から飛び込んだ東左には何が起こったか分からなかっただろう。
「あれは一体なんだったの?」
隣を歩く華南に身体を寄せて聞けば、彼女は私も良くは知りませんがと前置いて
「居合というものらしいですよ?でしたよね?」
冬隼に話の水を向けた。
「いあい?」
聞いたことのない言葉に翠玉は首を傾げる。
「烈の一つ前の当主がその名手で、幼い頃に仕込まれた。」
短く答えた彼は、鞘に収めた剣の柄を揺らした。
「初めて見る剣筋だったわ」
「だろうな、滅多に使わないからな」
使ったのは数年ぶりらしい。
「ずるいわぁ!他にもまだ何か隠し持ってる?」
唇を尖らせて言えば、冬隼は呆れたように息を吐いた。
「多分もうないが、、、それはお前にも言えたことだぞ、いったいどれだけ暗器を使いこなしてるんだ」
それ、一応後から烈に調べてもらえよ!と指されて、翠玉は手に持っていた針の暗器を弄ぶ。
またしてもどこかで拾って調達したらしい。
「調べたら集めて使ってもいいかしら?この形状投げやすくていいわ。作れないかしら?」
「さらに装備を増やすのか?」
呆れたように言われたが翠玉は何食わぬ顔でそうよ!と返事をする。
おおよそ先ほどまでの騒ぎが嘘のようなやりとりのまま本部に入室すれば、皆が一斉に青ざめてこちらをみた。
「殿下!お怪我を!?」
「どうなされたのです!?」
事情を知らない室内は返り血を浴びたままの冬隼の姿に軽くパニックになった。
柳弦など、腰を抜かしそうな顔をしている。
「あぁ、、返り血だ、大丈夫だ。」
そういえば、と思い至った冬隼がなんでもないかのように言うが
「返り血!?いったい何が!」
ますます、その場はパニックになった。
まぁ無理もない。
「まさか!」
その中で唯一、泰誠が翠玉と冬隼を見比べて声を上げた。
彼はどうやらこの状況を理解できたらしい。
「あぁ、亡霊が片付いた。処理は任せてきた。だが、このままではまずいな、着替えてくる」
改めて明るい場所で見れば、たしかに冬隼の浴びた返り血の量は少ないわけでは無さそうで、皆が驚くのは当然だろう。
「分かりました。」
すぐに状況を察した泰誠が、あとは任せろと頷いてくれたので、冬隼はそのまま今きた扉を出て行く。
「翠玉、手伝え」
「え!はい」
部屋を出る寸前に指名されて、翠玉も一緒に退室する。
返り血を浴びた状況で新しい衣類は出せないので、仕方ないだろうと理解したので、さほど不思議には思わなかった。
湯殿につかる冬隼の血濡れの服を手早く纏めて侍女に捨てるよう頼み、かわりの衣服を準備する。
彼の支度が終わるまでの間、翠玉は寝台に座り、ぼんやりと頭を整理した。
翠玉の命を狙うものは消えた。
ひとつ憂いが減ったことは喜ばしいことではあった。
できれば自分の手で、と思ったが結果として夫である冬隼が切り捨てたのだからまぁいいかという気もしている。
しかし、あの時の冬隼の声や視線、殺気は向けられた本人でなくても身震いするほどだった。
思い出して背筋が寒くなる。
あれだけの気迫を纏っていたにも関わらず、東左を討った後にはその片鱗も残さず、いつもの彼に戻った。
彼の集中力と精神力の底知れなさを垣間見たき 気がした。
「翠玉?」
ぼんやりしていると、不意に湯殿の方から名前を呼ばれた。
「なに?」
何か足りないものでもあっだろうかと湯殿に向かえば
「お前も入るか?」
「え!?」
唐突にお誘いを受けた。
「俺ほどではないけど、お前も血の匂いがするぞ?」
そう言ってそばに来いと言われて、湯殿に近づけば、彼の濡れた手に引き寄せられ、首筋に顔を寄せてくんくんと嗅がれる
濡れた筋肉質な身体が、目の毒だ。
目のやり場に困って視線を彷徨わせた。
「いや私は後からで、、、」
なんだかそのまま、湯殿に引き摺り込まれそうな予感がして、慌てて逃げる。
距離をとって冬隼を見てみれば、なんだか彼はとても楽しそうだ。
揶揄われたのだろう。
「残念。昼の仕置きもまだだからついでにと思ったんだがな」
「え!あれ、まだ有効なの?」
「は?なんで無効になるんだ?」
翠玉の言葉に彼は、眉を寄せた。
そんな話で眉間に皺を寄せないでほしい。
「流石に今夜は、ほら戦場に出て疲れてるし」
「疲れて戦場に出られなくした方が、お前がやたら出て行かないのなら積極的にそうするぞ?」
「うぅ、、、」
どうする?という目で見られて、翠玉は知らない!と逃げるように湯殿を離れ、寝室に戻ったのだった。
一撃で楽にしてやるには少々甘い気もしたが、なによりも翠玉をこれ以上危険に晒したくなかった。
「冬隼!どうしてここに?」
呆然とつぶやく翠玉に近づいてその顔を見る。
良かった怪我はないらしい。
手を伸ばしかけて止める。
自分は今返り血をあびている
忌々しい男の血で彼女を汚したくは無かった。
「虫の知らせだ」
端的に言うと彼女の背後にいる烈に目配せをする。
翠玉がいずれこの作戦を決行するのは彼女から聞いていた。
そのために。稜寧の存在を利用するつもりであることも、甥がそれを快諾したことも。
奴が動くのなら翠玉が戦場に姿を出した今日だろう事もわかっていた。
だからずっと密かに翠玉の周りに影をつけていた。
そして、すぐに冬隼に知らせが来た。
秋の敵討ちと勇む烈を行かせて、自身はもしものために奴の退路となる場所に待機した。
絶対に逃すことはしない。
案の定、冬隼の読み通り、奴はやってきた。
+++
「ひゃー久しぶりに見た!殿下の早い太刀」
東左の亡骸は烈に始末を任せて、3人で本部に戻る道すがら華南が感嘆の声を上げる。
「腕が落ちてないのが憎らしい!」
「当然だ」
華南と冬隼のやりとりをみて、翠玉は先ほど自らが見た光景を思い出す。確かに見事だった。
冬隼の太刀の速さは、横から見た翠玉ですら目で追えないくらいの速さだった。
おそらく正面から飛び込んだ東左には何が起こったか分からなかっただろう。
「あれは一体なんだったの?」
隣を歩く華南に身体を寄せて聞けば、彼女は私も良くは知りませんがと前置いて
「居合というものらしいですよ?でしたよね?」
冬隼に話の水を向けた。
「いあい?」
聞いたことのない言葉に翠玉は首を傾げる。
「烈の一つ前の当主がその名手で、幼い頃に仕込まれた。」
短く答えた彼は、鞘に収めた剣の柄を揺らした。
「初めて見る剣筋だったわ」
「だろうな、滅多に使わないからな」
使ったのは数年ぶりらしい。
「ずるいわぁ!他にもまだ何か隠し持ってる?」
唇を尖らせて言えば、冬隼は呆れたように息を吐いた。
「多分もうないが、、、それはお前にも言えたことだぞ、いったいどれだけ暗器を使いこなしてるんだ」
それ、一応後から烈に調べてもらえよ!と指されて、翠玉は手に持っていた針の暗器を弄ぶ。
またしてもどこかで拾って調達したらしい。
「調べたら集めて使ってもいいかしら?この形状投げやすくていいわ。作れないかしら?」
「さらに装備を増やすのか?」
呆れたように言われたが翠玉は何食わぬ顔でそうよ!と返事をする。
おおよそ先ほどまでの騒ぎが嘘のようなやりとりのまま本部に入室すれば、皆が一斉に青ざめてこちらをみた。
「殿下!お怪我を!?」
「どうなされたのです!?」
事情を知らない室内は返り血を浴びたままの冬隼の姿に軽くパニックになった。
柳弦など、腰を抜かしそうな顔をしている。
「あぁ、、返り血だ、大丈夫だ。」
そういえば、と思い至った冬隼がなんでもないかのように言うが
「返り血!?いったい何が!」
ますます、その場はパニックになった。
まぁ無理もない。
「まさか!」
その中で唯一、泰誠が翠玉と冬隼を見比べて声を上げた。
彼はどうやらこの状況を理解できたらしい。
「あぁ、亡霊が片付いた。処理は任せてきた。だが、このままではまずいな、着替えてくる」
改めて明るい場所で見れば、たしかに冬隼の浴びた返り血の量は少ないわけでは無さそうで、皆が驚くのは当然だろう。
「分かりました。」
すぐに状況を察した泰誠が、あとは任せろと頷いてくれたので、冬隼はそのまま今きた扉を出て行く。
「翠玉、手伝え」
「え!はい」
部屋を出る寸前に指名されて、翠玉も一緒に退室する。
返り血を浴びた状況で新しい衣類は出せないので、仕方ないだろうと理解したので、さほど不思議には思わなかった。
湯殿につかる冬隼の血濡れの服を手早く纏めて侍女に捨てるよう頼み、かわりの衣服を準備する。
彼の支度が終わるまでの間、翠玉は寝台に座り、ぼんやりと頭を整理した。
翠玉の命を狙うものは消えた。
ひとつ憂いが減ったことは喜ばしいことではあった。
できれば自分の手で、と思ったが結果として夫である冬隼が切り捨てたのだからまぁいいかという気もしている。
しかし、あの時の冬隼の声や視線、殺気は向けられた本人でなくても身震いするほどだった。
思い出して背筋が寒くなる。
あれだけの気迫を纏っていたにも関わらず、東左を討った後にはその片鱗も残さず、いつもの彼に戻った。
彼の集中力と精神力の底知れなさを垣間見たき 気がした。
「翠玉?」
ぼんやりしていると、不意に湯殿の方から名前を呼ばれた。
「なに?」
何か足りないものでもあっだろうかと湯殿に向かえば
「お前も入るか?」
「え!?」
唐突にお誘いを受けた。
「俺ほどではないけど、お前も血の匂いがするぞ?」
そう言ってそばに来いと言われて、湯殿に近づけば、彼の濡れた手に引き寄せられ、首筋に顔を寄せてくんくんと嗅がれる
濡れた筋肉質な身体が、目の毒だ。
目のやり場に困って視線を彷徨わせた。
「いや私は後からで、、、」
なんだかそのまま、湯殿に引き摺り込まれそうな予感がして、慌てて逃げる。
距離をとって冬隼を見てみれば、なんだか彼はとても楽しそうだ。
揶揄われたのだろう。
「残念。昼の仕置きもまだだからついでにと思ったんだがな」
「え!あれ、まだ有効なの?」
「は?なんで無効になるんだ?」
翠玉の言葉に彼は、眉を寄せた。
そんな話で眉間に皺を寄せないでほしい。
「流石に今夜は、ほら戦場に出て疲れてるし」
「疲れて戦場に出られなくした方が、お前がやたら出て行かないのなら積極的にそうするぞ?」
「うぅ、、、」
どうする?という目で見られて、翠玉は知らない!と逃げるように湯殿を離れ、寝室に戻ったのだった。
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