後宮の棘

香月みまり

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第9章 使、命

第318話 餌

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「報告いたします。西の平原に紫瑞、緋堯連合軍と思しき姿を発見、広角に展開を見せている様子」

その報を受けたのは至湧が自軍へ戻って3日ほど経った早朝の事だった。

前日の土砂降りが嘘のようにカラリと晴れ、視界が開けたと同時に国境側を見張っていた兵達の目に飛び込んできたのは、平原いっぱいに広がる敵の軍勢だった。

「まさか雨の中を行軍してきたというの!?」


明け方に飛び込んできた報に、眠っていた翠玉と冬隼も一気に目が覚めた。
そのまま、簡単に身繕いを整えると、すぐに物見櫓へ向かった。


数日前までわずかに緑が浮くだけの茶色の平原が

黒一色

蠢くその一粒一粒が、敵軍の兵士であった。


圧巻の大軍勢に、翠玉は無意識のうちにゴクリと唾を飲み込んだ。


「こちらも問題なく展開したか」

静かに冬隼が呟くのを聞いて、足元を見下ろせば、自軍の兵も睨み合うように展開を完了していた。


「数はおよそ10万ほどかと」


「10万、、、」

予想していた数字であった。しかし実際に目にしてみて、10万とはこれほど多いのかと息をのむ。


これからこの軍勢相手に闘うのだ。


いよいよ銅鑼の音がなる。




+++




「右軍をもう少しコンパクトに、あまり拡がりすぎると碧相軍の邪魔になるわ」

「報告!胡将軍の部隊が緋堯軍と交戦を開始」

「碧相軍より伝令、紫瑞軍と交戦開始」

「こちらも交戦開始を伝えて!」


伝令が一通り捌けていくのを見守る。

昨日までは無かった緊迫感に翠玉の顔も引き締まった。

そんな彼女に少し戸惑ったような声がかけられた。

「全面的に始まったのですね」

「そうです稜寧様。でもまだお互い様子見ですから、うちも碧相も互いの状況は把握しながらも好き勝手に動きます」

地形図の碁石を動かしながら、まだ年若い少年に説明をしていく。


「恐らく彼らの狙いは、うちと碧相の連携の隙を突く事ではないかと思うのよ、他にもあるかもしれないけど、所詮は異国の連合軍、指揮系統も違う。本当の意味での連携は取れないだろうって揺さぶって来ると思うの。
そこを彼らの予想外の連携で潰す。とりあえずはこんな感じかしら」

そう言って、出来上がった陣形を彼に指す。


「なるほど、そのために碧相軍の参謀の方が」


「そう、彼ね私の幼なじみなのよ。だからそれなりにお互いの性格も知ってるし考えもすり合わせたわ。寄せ集めのただの連合軍の動きにはならないのよ」



へぇ~すごいですね!と感心する稜寧であるが

コホンと背後から聞こえた咳払いにピクリと緊張したように背を伸ばした。



「稜寧そろそろいくぞ、覚悟はいいか?」

冬隼が、装備を整えて戻ってきた。
その姿を見た彼の顔が明らかに引きつっていた。

「はい叔父上」

しかしやはりそこは冬隼の甥だ。
声はハッキリとしていて、覚悟を決めているようだった。


「怖がるな、堂々としていろよ。お前の所には弓すら届かんからな」

彼の肩に手を乗せた冬隼は、甥を勇気付けるように見下ろした。

「はい」
それに稜寧も持ち直した強い瞳で受け答える。


「変な事に巻き込んでごめんなさいね稜寧様」

こんな年若い少年を戦場に出す事に、多少なり翠玉の心も痛んだ。

「いえ、これは僕にも関係ありますから!母のような犠牲を、、、父や僕のような思いをもう誰にもして欲しくないですから。そのお役に立てるなら何でもします!」

しかし、それには稜寧のしっかりとした言葉が帰ってきた。

その覚悟を受けた翠玉は、しっかりと頷く。

「気をつけて行ってらっしゃいませ」



「はい」



冬隼と共に戦場に出て行く少年の背を見送る。

自分と同じ背丈の、同じローブと甲冑を纏った少年。


ずいぶん迷った。
しかしこれしか方法が浮かばなかった。彼には申し訳ないが彼の名が姿が敵に知れたら、翠玉はずいぶん動きやすくなる。


まずは東左を燻り出す。
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