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6章
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「先ほど申し上げましたように、私は産まれてすぐ、陳本家の養子となりました。本家ではその3年前に後目であった男児を亡くした上に、その後2度の死産を経て、前年に一人娘である鈴円が生まれたばかりでございました。当主の妻である、鈴円の母は度重なる死産と、出産の影響で、鈴円を産んだのちに、2度と子を宿せぬ身体になりました。奥方を大切に思われていた先代当主は、新たに妾を取ることをせず、分家筋から養子を取ることを決められました。幸い鈴円の誕生から10月遅れて、当主の弟の元に次男が生まれました。それが私です」
淡々と説明する朗伯の言葉に、紅凛と愁蓮はじっと耳を傾ける。
これだけの話を聞けば、跡取りに恵まれなかった名のある家ではよくある事である。
一度、口をつぐみ、紅凛と愁蓮をチラリと見た朗伯は、2人が話を飲み込めている事を確認すると、目を伏せて……そして意を決したように話し始めた。
朗伯と凛円は、姉弟として幼い頃を共に過ごした。
幼い頃から体格が良く、おおらかな朗伯に対し、小柄でお転婆で甘え上手な鈴円は、姉と弟というより、兄と妹のような関係性だった。
そんな2人の目付役兼遊び相手を2人より2歳年長の柊圭が務め、子ども時代、3人は多くの時間を共にした。
2人が、本当は姉弟ではなく、従姉弟である事を知らされたのは、2人が12の歳を迎えた頃だった。朗伯は正式な後継者として、鈴円はいずれ陳家のために然るべき家に嫁ぐための花嫁教育が始まる頃だった。
本当の姉弟でないと知らされても、2人の仲の良い関係は変わらず、微笑ましいものだと、二人から少し離れて勉学や修練に勤しむようになった柊圭は思っていた。
柊圭だけでなく、周囲の者は皆そう思っていたに違いない。
しかし、本人達の間は随分と違った。
姉だと思っていた鈴円が、実は従姉弟であったと知った朗伯は困惑した。自分の中にある、鈴円を愛しく思う気持ちが、家族としての想いなのか、それとも1人の女としてなのか……次第に悩むこととなった。
鈴円も同様で、彼女に至っては、数年後には家同士が決めた男のもとに嫁ぎ、陳家を出ねばならない。
朗伯と離れるなんて考えられない! 彼が他の女を娶るなんて許せない! そうした事は女の方が早熟であると言うのは当然の事で、己の抱く気持ちが姉弟愛でなく異性愛であると気づいてしまった。
混乱しつつ、愛おしく思い、常に共にあった鈴円を拒めず、離れられない朗伯と、「姉弟でないのならば、私が朗伯を婿に取った形にしてしまってもいいじゃない! 私は朗伯以外の男のもとになんて嫁がないわ!」と、想いを爆発させる鈴円。
2人の今までの関係がそうであったように、結果として朗伯が鈴円に押し切られる形で2人は姉弟の関係から、男女の関係へと密かに進んでいったのだという。
柊圭がその事実を知ったのは、彼が17を迎えた頃。戦乱の最中ということもあり陳家も友軍である姜家の傘下に入り、戦場を転々としていた。
年若い柊圭も経験として戦場に出ていたところを、急に領地に戻されたのだ。
初めての戦に慣れない野営や食事、疲弊して戻った柊圭を迎えたのは神妙な顔をした母と父親だった。
自分が留守の間に、何かとんでもないことが起こったことは瞬時に把握できた。
「鈴円様が、ご懐妊された……その子どもの父親が、狼伯らしいのだ……」
父が重い口をようやく開き、それだけを告げて、口を噤む。しかし柊圭が全てを理解するには、そのわずかな情報だけで十分だった。
幼い頃から仲のよかった鈴円と狼伯。二人は姉弟であるものの実のところは従姉弟に当たる。二人が姉弟関係ではないと知った時、姉弟の愛情が異性へ向けたものへと変化をしたというのは、柊圭にとって、意外な事のようでいて、心のどこかで納得出来てしまうものだった。
それは、柊圭が戻る数日前に明らかになったものではあるものの、どうやら鈴円は随分と長いこと妊娠を知りながら、うまく誤魔化していたらしい。すでに胎児は流すことができない大きさとなっていた。
「本来は従兄弟同士の血縁だが、しかし狼伯は生まれてすぐに養子と決まったため、本家に生まれたものと届けられているのだ……今更それは覆すことはできない。生まれた子は近親の罪を犯した子となる。今、本家はその処遇に頭を抱えている。何も知らなかったとはいえ、狼伯を養子に出した我が家とて無関係な顔はしていられない」
重く呟いた父の言葉に柊圭は頷く。
近親の罪が、この国に住まう民族の間では受け入れられない大罪であることは理解していた。それが他でもなくいち有力者である陳家の本家で起こっていたと知れ渡れば、たちまち陳家の求心力は低下し、虎視眈々と勢力拡大を狙う者たちのいい餌となるだろう。勢いを亡くした勢力に手を差し伸べるほど、友軍にも余裕はない。最悪、切り捨てられ、孤立化した陳家は滅ぼされてしまう。
「この事実はどうあっても隠さねばならない。故にしばらく我が家で鈴円様を預かっている。こうなってしまった以上、二人を一つの屋敷に置いておくことは出来ないからな」
聞けば、鈴円は本家を出される際に随分と抵抗をしたらしい。「話し相手になって、気を落ち着けさせてほしい」そう言われ、柊圭は疲労仕切った体を、緩慢に持ち上げて、奥の間に向かうこととなった。
他の誰でもなく、二人の関係の変化にいち早く気づけたであろう人間は柊圭であったはずだ。この事態は自分の監督不足が起こした事態でもあると考えれば、「疲れている」などと甘えたことは言っていられなかったのだ。
淡々と説明する朗伯の言葉に、紅凛と愁蓮はじっと耳を傾ける。
これだけの話を聞けば、跡取りに恵まれなかった名のある家ではよくある事である。
一度、口をつぐみ、紅凛と愁蓮をチラリと見た朗伯は、2人が話を飲み込めている事を確認すると、目を伏せて……そして意を決したように話し始めた。
朗伯と凛円は、姉弟として幼い頃を共に過ごした。
幼い頃から体格が良く、おおらかな朗伯に対し、小柄でお転婆で甘え上手な鈴円は、姉と弟というより、兄と妹のような関係性だった。
そんな2人の目付役兼遊び相手を2人より2歳年長の柊圭が務め、子ども時代、3人は多くの時間を共にした。
2人が、本当は姉弟ではなく、従姉弟である事を知らされたのは、2人が12の歳を迎えた頃だった。朗伯は正式な後継者として、鈴円はいずれ陳家のために然るべき家に嫁ぐための花嫁教育が始まる頃だった。
本当の姉弟でないと知らされても、2人の仲の良い関係は変わらず、微笑ましいものだと、二人から少し離れて勉学や修練に勤しむようになった柊圭は思っていた。
柊圭だけでなく、周囲の者は皆そう思っていたに違いない。
しかし、本人達の間は随分と違った。
姉だと思っていた鈴円が、実は従姉弟であったと知った朗伯は困惑した。自分の中にある、鈴円を愛しく思う気持ちが、家族としての想いなのか、それとも1人の女としてなのか……次第に悩むこととなった。
鈴円も同様で、彼女に至っては、数年後には家同士が決めた男のもとに嫁ぎ、陳家を出ねばならない。
朗伯と離れるなんて考えられない! 彼が他の女を娶るなんて許せない! そうした事は女の方が早熟であると言うのは当然の事で、己の抱く気持ちが姉弟愛でなく異性愛であると気づいてしまった。
混乱しつつ、愛おしく思い、常に共にあった鈴円を拒めず、離れられない朗伯と、「姉弟でないのならば、私が朗伯を婿に取った形にしてしまってもいいじゃない! 私は朗伯以外の男のもとになんて嫁がないわ!」と、想いを爆発させる鈴円。
2人の今までの関係がそうであったように、結果として朗伯が鈴円に押し切られる形で2人は姉弟の関係から、男女の関係へと密かに進んでいったのだという。
柊圭がその事実を知ったのは、彼が17を迎えた頃。戦乱の最中ということもあり陳家も友軍である姜家の傘下に入り、戦場を転々としていた。
年若い柊圭も経験として戦場に出ていたところを、急に領地に戻されたのだ。
初めての戦に慣れない野営や食事、疲弊して戻った柊圭を迎えたのは神妙な顔をした母と父親だった。
自分が留守の間に、何かとんでもないことが起こったことは瞬時に把握できた。
「鈴円様が、ご懐妊された……その子どもの父親が、狼伯らしいのだ……」
父が重い口をようやく開き、それだけを告げて、口を噤む。しかし柊圭が全てを理解するには、そのわずかな情報だけで十分だった。
幼い頃から仲のよかった鈴円と狼伯。二人は姉弟であるものの実のところは従姉弟に当たる。二人が姉弟関係ではないと知った時、姉弟の愛情が異性へ向けたものへと変化をしたというのは、柊圭にとって、意外な事のようでいて、心のどこかで納得出来てしまうものだった。
それは、柊圭が戻る数日前に明らかになったものではあるものの、どうやら鈴円は随分と長いこと妊娠を知りながら、うまく誤魔化していたらしい。すでに胎児は流すことができない大きさとなっていた。
「本来は従兄弟同士の血縁だが、しかし狼伯は生まれてすぐに養子と決まったため、本家に生まれたものと届けられているのだ……今更それは覆すことはできない。生まれた子は近親の罪を犯した子となる。今、本家はその処遇に頭を抱えている。何も知らなかったとはいえ、狼伯を養子に出した我が家とて無関係な顔はしていられない」
重く呟いた父の言葉に柊圭は頷く。
近親の罪が、この国に住まう民族の間では受け入れられない大罪であることは理解していた。それが他でもなくいち有力者である陳家の本家で起こっていたと知れ渡れば、たちまち陳家の求心力は低下し、虎視眈々と勢力拡大を狙う者たちのいい餌となるだろう。勢いを亡くした勢力に手を差し伸べるほど、友軍にも余裕はない。最悪、切り捨てられ、孤立化した陳家は滅ぼされてしまう。
「この事実はどうあっても隠さねばならない。故にしばらく我が家で鈴円様を預かっている。こうなってしまった以上、二人を一つの屋敷に置いておくことは出来ないからな」
聞けば、鈴円は本家を出される際に随分と抵抗をしたらしい。「話し相手になって、気を落ち着けさせてほしい」そう言われ、柊圭は疲労仕切った体を、緩慢に持ち上げて、奥の間に向かうこととなった。
他の誰でもなく、二人の関係の変化にいち早く気づけたであろう人間は柊圭であったはずだ。この事態は自分の監督不足が起こした事態でもあると考えれば、「疲れている」などと甘えたことは言っていられなかったのだ。
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