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5章

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「貴妃達の件、並びに毒菓子の件につきまして、紅凛様のお命を脅かすような事となりまして、誠に申し訳ありません」

 目の前で深々と頭を下げられた頭を紅凛はぽかんと見下ろす。

「皇子たちが後宮に戻ってきたゆえ、挨拶に参りたいと言っている」陵瑜から紅凛に送られたの伝言はこれだけだったので、まだ非公式ではあるとはいえ、今後は彼らの成長を見守ることになる紅凛への形式的な挨拶であろうと思っていたのだ。

 気楽な方がいいと、離明宮に居た頃と同じように、庭に面した広い露台のある部屋で彼らを迎え入れると、紅凛を見るやいなや、彼らは深々と頭を下げて、口々に謝罪の言葉を述べたのだ。

 突然の予期していなかった事態に紅凛は、はじめ何が起きているのか把握ができず呆然として、状況を理解すると慌てて腰を上げる。

「頭をお上げください! 殿下方は何も悪くありません。もとはと言えば、私達大人の問題です。むしろ巻き込んでしまったのは私の方ですから、謝るのはこちらです!」

「いえ……私達は日頃から、貴妃達からきつく西楼宮に近づく事を禁じられておりました。言いつけを破り紅凛様に近づいたことによって、計らずともそれまで彼女達が手出しが出来なかった西楼宮の最奥に接点が出来てしまった。その機会を作ってしまったのは間違いなく私達なのです」

 顔を上げた龍蓮がきちんとした眼差しで、腰を浮かせかけた紅凛を制すると、隣で真剣な眼差しのまま兄の言葉に頷く弟を見やる。

「悠月も私も、あの日紅凛様と知り合って、まるで姉上ができたような気分で嬉しかったのです。この後宮は窮屈で、単調で、刺激も少ないので、貴方の宮に遊びに行ける日はその道中も含めてワクワクしていました。その様子を貴妃様たちに観察されていたことも、抜け道を使う際に付けられていた事にも気づかず……」

 唇を噛み締め押し黙る龍蓮を前に、紅凛はどう言葉をかけたらいいのか分からない。龍蓮から聞かされた内容にも、紅凛には初耳のことが多く、彼らの傍らでそれを見守っている愁蓮に視線を向ける。

「刺客の侵入経路を調べたところ、やつらは限られた人間しか知らない抜け道を使って離明宮に近づいたことが分かった。その道を知るものは皇帝である俺とその側近、後宮中を駆け回っている皇子たちと、猫くらいなものだった」

 離明宮での事件についての調査は、まだ行われているとは聞かされていた。

 ついでに首謀者である桜貴妃と桃妃と協力者達達は収監され、彼女たちに比較的親しい鄭家の一部も監視下に置かれていると伝え聞いている。

 外でもない月香が産んだ後継者の皇子達を巻き込み、ひとつ間違えばその尊い命を奪いかねない事が起こったのだ。単なるよくある後宮妃の諍いでは済まされない事態に、鄭家側からも反発するような声は聞こえないという。

「彼らは子どもだが、この国の皇統を継ぐ使命を持った者たちだ。今回の事は、その現場からは遠ざけたはしたが、自分たちの行いがもたらした事を知り、己という存在の影響力の大きさや、周囲の者たちが食う煽り、これから下す厳しい裁可まで、全てを学んでいく必要がある」

 だから彼らの謝罪は彼らのために受けてほしい、皇帝としてそして父親としての言葉に、紅凛は腰を落ち着けるとゆっくり頷く。

「とはいえ、全ては俺の過去から現在までの不始末が起こしたことゆえ、皇子たちにはそれも反面教師にしてもらいたいところだ」

「情けないが、皇帝も人間だ……」と眉を下げて己も反省の意を見せる陵瑜は、もういい、と皇子たちの肩を叩く。

「精進いたします」

 生真面目に頬を引き締める龍蓮に、紅凛と愁蓮は視線を交わし頷き合う。

 母代わりであった貴妃達と突然引き離された混乱や悲痛な様子は表面上は見られない。

 しかし彼らにとって貴妃達の存在は未だに大きいはずで、今は目まぐるしく変化する周囲の状況に翻弄されいる彼らも、しばらくして落ち着いた後に、彼女達を恋しく思うことがあるかもしれない。反対に、母代わりであったはずなのに己の欲を満たすために自身を道具のように使った事を恨む可能性もある。

 紅凛が任された仕事は、そんな彼らの複雑な心を支え、乗り越える手助けをしてやることなのだろう。

 たとえその中で、「お前さえ後宮に来なければ、あんな事にならなかった」と罵られることがあろうとも。

 二人の緊張をほぐすため、庭に誘い出すと、彼らは初めて足を踏み入れる西楼宮の庭園に興味津津だった。特に悠月は、植物や虫に深く興味があるらしく、先ほどとは打って変わって、子供らしい声を上げ駆け回っていた。

 愁蓮と2人並んで露台に座り、風黎が淹れてくれたお茶を飲んでいると、愁蓮付きの宦官が来室を告げる。

 今日は時間を十分に取ってあるとの事だったので、声かけにはずいぶん早い。

 また何事かあったのか、と眉を寄せる愁蓮に、年若い宦官が側まで近づいてきて耳打ちをする。

「陳家の御当主が、お見えです」

 その言葉は、すぐ隣の紅凛の耳にも僅かに聞こえた。

「ようやく、来たか……」
 そう呟いた愁蓮と、自然と視線がぶつかる。
「説明のために帝都に向かっている」と書状が届いたのが1週間ほど前だと言う。距離にしてそろそろかと思ってはいたところだ。

 紅凛と愁蓮の許されざる関係の、全ての元凶が陳家の不始末であるとは、いったいどう言う事だろうか……。
 柊圭は誰かを捉えて連れてくると言ったがその者はいったいどう言った事情を持った者なのだろうか。

 何も予測がつかない事に、いい知れぬ不安が押し寄せ、思わず胸の前で手を握りしめた。
 
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