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5章
83 回想 桜寧 桃艶視点
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皆の祈りと、桜寧と桃艶の励ましと、医者の治療の甲斐なく、月香が身罷ったのは、それから2日後の事だった。
出血に加え、弱った身体に菌が入り発熱した月香は、最後まで夫の名をか細く呼んで、そしてその声が聞こえなくなるのと同時に息を引き取った。
2日間、片時も離れず手を握り続けた2人には、静かに、しかし確実に、月香の生がその身体から離れて行くのがわかった。
そうして冷たくなった月香に、どこか呆然としながら化粧を施すと、2人はそこで初めて月香の側を離れた。
折角綺麗にしたのに、その周囲を汚してはならない。
そう考えて2人が向かった先は、長きに渡って月香と共に過ごした彼女の部屋に面した庭だった。
ここで2人で命を絶ち、月香と共に逝こう。彼女の焦がれる愁蓮ではないが、20年間常に共にいたのだ。自分達が一緒にいれば、少しは寂しさも紛れるだろうか。
言葉にしたわけでもなく、互いに同じことを思っていることを理解していた。
主人を失った者の当然の行動だ……。
そう思って、互いの首に簪を突き立てようとしていた所を、たまたま通りすがった龍蓮の側人に見とめられ、騒がれて止められた。
その者の足元には、まだ2歳になったばかりで母を失ったこともまだ真に理解できていない龍蓮の姿があった。
止めてくれるな、月香を1人で逝かせたくない。
泣いて懇願するも、集まった侍女や龍蓮の世話係達に、止められて、泣き崩れる。
そんな2人の肩に小さな小さなしかし温かな手が触れる。
「おーね、とーえ、よちよち、たたくない、たたくない!」
自分達の名を拙く呼び、少し背伸びをしながら肩を撫でるその言葉と仕草は……何度も月香が泣く龍蓮を「よしよし、痛くない、痛くない!」と慰める時そのものの言葉だった。
「全く愚かな! あなた方がいなくなったら、一体誰が御子様方にお母上の事を話して聴かせるのです? 誰よりも側にいたあなた方以外に適任がいるとお思い⁉︎」
騒ぎを聞いて……といよりは、何となく2人の様子に不穏なものを感じて追いかけてきた、月香の乳母に子供の頃のように叱られて、2人は互いと……そして2人を懸命に慰めようとする、主の小さな忘れ形見を見比べて……その小さな手を壊さないように握りしめると、祈るように項垂れて涙を流した。
その瞬間、月香のためにあった2人の人生は今度は、彼女の残した2人の子のためのものとなった。
月香が側にいられなかった分、側で慈しみ、彼らが触れて知ることの出来なかった分、月香の事を話して聞かせよう。
さすれば、彼らの中でずっと月香は生き続ける。月香を生かすため、それが遺された自分達の使命なのだ。
桜寧と桃艶が決意を新たにしたその4日後、戦場との往復とその他の理由で疲弊した笙漢が、月香の訃報を伝達するために後から送った者と共に戻ってきた。
愁蓮の姿はそこにはなかった。
出血に加え、弱った身体に菌が入り発熱した月香は、最後まで夫の名をか細く呼んで、そしてその声が聞こえなくなるのと同時に息を引き取った。
2日間、片時も離れず手を握り続けた2人には、静かに、しかし確実に、月香の生がその身体から離れて行くのがわかった。
そうして冷たくなった月香に、どこか呆然としながら化粧を施すと、2人はそこで初めて月香の側を離れた。
折角綺麗にしたのに、その周囲を汚してはならない。
そう考えて2人が向かった先は、長きに渡って月香と共に過ごした彼女の部屋に面した庭だった。
ここで2人で命を絶ち、月香と共に逝こう。彼女の焦がれる愁蓮ではないが、20年間常に共にいたのだ。自分達が一緒にいれば、少しは寂しさも紛れるだろうか。
言葉にしたわけでもなく、互いに同じことを思っていることを理解していた。
主人を失った者の当然の行動だ……。
そう思って、互いの首に簪を突き立てようとしていた所を、たまたま通りすがった龍蓮の側人に見とめられ、騒がれて止められた。
その者の足元には、まだ2歳になったばかりで母を失ったこともまだ真に理解できていない龍蓮の姿があった。
止めてくれるな、月香を1人で逝かせたくない。
泣いて懇願するも、集まった侍女や龍蓮の世話係達に、止められて、泣き崩れる。
そんな2人の肩に小さな小さなしかし温かな手が触れる。
「おーね、とーえ、よちよち、たたくない、たたくない!」
自分達の名を拙く呼び、少し背伸びをしながら肩を撫でるその言葉と仕草は……何度も月香が泣く龍蓮を「よしよし、痛くない、痛くない!」と慰める時そのものの言葉だった。
「全く愚かな! あなた方がいなくなったら、一体誰が御子様方にお母上の事を話して聴かせるのです? 誰よりも側にいたあなた方以外に適任がいるとお思い⁉︎」
騒ぎを聞いて……といよりは、何となく2人の様子に不穏なものを感じて追いかけてきた、月香の乳母に子供の頃のように叱られて、2人は互いと……そして2人を懸命に慰めようとする、主の小さな忘れ形見を見比べて……その小さな手を壊さないように握りしめると、祈るように項垂れて涙を流した。
その瞬間、月香のためにあった2人の人生は今度は、彼女の残した2人の子のためのものとなった。
月香が側にいられなかった分、側で慈しみ、彼らが触れて知ることの出来なかった分、月香の事を話して聞かせよう。
さすれば、彼らの中でずっと月香は生き続ける。月香を生かすため、それが遺された自分達の使命なのだ。
桜寧と桃艶が決意を新たにしたその4日後、戦場との往復とその他の理由で疲弊した笙漢が、月香の訃報を伝達するために後から送った者と共に戻ってきた。
愁蓮の姿はそこにはなかった。
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