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3章

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愁蓮に半ば引きずられる形となりながら、自室へ戻る。

彼は後ろを心配そうについてきた女官や護衛達に、しばらく側を離れるよう指示すると、彼らの鼻先で扉を閉めた。

見上げた愁蓮の顔は、怒りを押し殺しているのが分かるほどに険しく、紅凛から声をかける勇気はなかった。
そのまま手を引かれて部屋の奥に引き込まれ、寝台の前までやってきたところで、彼が不意にこちらを振り返って見下ろしてくる。

苛立ちを含んだ冷たい視線だった。今迄こんな視線を彼から向けられたことがない紅凛にしてみれば、その威圧感だけで恐ろしくて手足が震えた。

恐らくその震えは、紅凛の手を引いていた彼にも分かっているはずだが、彼はそんな事を気にすることなく「座れ」と低い声で命じる。

「っ!」

有無を言わせないその言葉に、紅凛はそろそろと寝台に腰を落とす。すると彼は、視線を巡らせて寝台の脇に置かれている紅凛の練習用の二胡に目を止めると、手を伸ばしてそれを手繰り寄せ、紅凛に押し付けた。

「二胡を弾け。曲はなんでもかまわん」

おおよそ音色を楽しむなんて空気でもないこの状況でそんな事を言い放たれた紅凛は困惑して、二胡と彼を見比べる。
しかし、「早くしろと」促がされるように、不機嫌な視線を向けられて、慌てて二胡を構える。


弓を持ち弦に手を添えれば、明らかに自身の手が震えていることは分かって、こんな手でまともな演奏なんてできようはずもない。いざ音を奏でてしまえばきっとひどい音が響き渡り、ここに居る愁蓮だけでなく、普段紅凛の演奏を耳にしているこの宮の者達や側仕えの者達にまで、紅凛がひどく動揺しながら弾いている事は分かってしまうだろう。

今すぐ二胡を置いて、容赦して欲しいと、懇願したい。
しかしどうやら愁蓮はそれを許すつもりはないようで。
彼は寝台に座った紅凛の背後に回り、紅凛の身体を両の足の間に収めてしまった。
怒っている様子の彼の顔は見えなくなったものの背中越しに感じる彼の威圧感が、一層紅凛を急き立てる。

意を決して最初の一音を出せば、やはりそれはひどく不安定な音であったものの、そのまま流れに任せて音を奏でていく。
曲は先ほどの宴で披露したものだ。あんなことがあった後で、同じ曲を弾くことは避けたかったものの、これほど動揺して弾くことになるのならば、手に馴染んでいる曲の方がまだましだろうと思ったのだ。

何とか一小節を弾き終わるまで、背後の愁蓮は身動き一つ取ることなく、ただ紅凛の背後で音に耳を傾けているようだった。
このまま一曲を弾き終わった頃に、彼が少し心を落ち着けてくれるだろうか?そんな淡い期待が紅凛の胸の中に浮かんできた頃、不意に首筋に温かくて柔らかいものが押し当てられ、同時に馴染みのある太い腕が紅凛の腹に巻き付いた。

思わずビクリと肩を震わせれば、二胡がいびつな音階を奏でた。慌てて演奏をやめると、首筋に唇を這わせていた彼が「続けろ」となおも、低い声で囁く、

「――っ!」

思わず息を飲んで、しかし逆らえるわけもなく、奥歯を食いしばって弾きなおすと、彼の唇は、首筋から肩口へと落ちていく。

腹に回っていた彼の大きな手が、ゆったりと紅凛の腹を撫でて、ゆっくりと北上していくと胸を包みこむ。

「っ――ぁ!」

たまらず声を上げて、首を振ればまたしても手元が狂って、音がずれた。

それでも「続けろ」と小さくささやかれて、何とか音を奏でようと手を動かすけれど、聞くに堪えない音ばかりが部屋に響き渡る。

この宮だけでなく、もしかしたら中宮殿にいる、皆にも音が聞こえているのではないか。
そう気づいてしまうとさらに焦りが募るものの、愁蓮はそんなことには構わない様子で。紅凛の着物の衿元を引いて、くつろがせると、容赦なくその中に手を忍ばせてくる。


「っ陛下っ!おやめくださいっ!音がっ!」

ようやくそこで抗議の言葉が口をついたが、すでに侵入してきたその手が紅凛の乳房に直に触れて、その先をいたずらに摺り上げた。
あっ!と声を上げて、必死に首を振る。しかし彼から出てきたのは

「かまわん。続けろ」という単調な言葉のみだった。


「愁蓮っ!お願い」

すでに弓を持つ手には力が入らず、蚊の鳴くような声で懇願するように呟けば、ついに涙が零れ落ちて頬を伝った。

しかしその言葉に、彼からの返答はなくて。

「っあぁ!」

胸の先端を強くつままれ、背筋を強い刺激が走る。思わず身体をのけ逸らせた紅凛の手から弓が転がり落ちた。

「っあぁ!お願いっ、まってぇっ!」

抵抗するように身体を乗り出して、愁蓮の手から逃れようとするも、体格差がある彼の力には抗えず尻を浮かせることも叶わない。

そうしている内に、苛立ったように、首筋に歯を立てて噛まれて

「やぁあ!」

紅凛は悲鳴をあげて抵抗することを諦めた。

紅凛が抵抗をやめると、愁蓮は着物の中から手を抜き出して、もう一度紅凛の腹に腕を巻き付けると、きつく抱きしめてきた。

部屋の中には、紅凛の嗚咽交じりの荒い息遣いだけが響く。

紅凛の乱れた息が整ってくるまで、愁蓮は一切言葉を発することはなく、ようやく抱きしめる力が弱くなったと思ったところで、彼はさっきと変わらぬ、低い声でささやいた。


「紅凛・・・話せ、お前はいったい何者なのだ?」


「え?」

愁蓮から問いかけられた紅凛は、彼が何を問いたいのか理解ができなかった。
驚いて、彼を振り返れば、彼は苦し気な顔で紅凛を見下ろしていて。

「先ほどは、あぁ言ったが、妓楼の話も俺は初耳だ。順流からそんな説明は受けていない」

「そんな・・・でも先程のお言葉は・・・」

混乱した紅凛の言葉に、彼は小さく息を吐いて

「あぁでも言わないとお前や順流の立場がまずくなるからな。あのような場で面白おかしく扱かう話ではない。きちんと、お前の口から聞きたかった。」

そう言って、紅凛をしっかりとした視線でとらえて。


「お前はどこで生まれて、どこで育って夏家の娘となったのだ?場合によってはお前も順流も許すことはできん」






あぁ、もうこれ以上は嘘を重ねられない。罪を、告白する時が来てしまったのだ、と思うと同時に紅凛の肩からどっと力が抜けた。

もう、この人のそばにはいられない。
ここに来ても、まだ自分の気持ちばかりが先行する、己の欲深さに呆れる。


ゆっくりと愁蓮から離れて、彼に向き合うと、寝台の下の床に姿勢を正して座して、ゆっくりと頭を下げる。


「どうかこの件で兄や・・・夏家に咎を与えるのだけはご容赦下さい。
彼らは何も知らずに、全ては私が何も明かしていなかったのが原因です」


そう言って頭を上げれば、眉間にしわを寄せてこちらを見下ろしている愁蓮の険しい顔を静かに見返す。

「私は5歳まで紅姫と呼ばれておりました。」
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