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041 最初の交渉

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 悠人がリーダーになった途端、抗議団体の動きが変わった。
 圧倒的な速度で運動場にテントを設営し、ガスコンロや寸胴鍋を持ち出して調理の準備を整える。

 テキパキとした動きは見栄えがいい。
 準備の過程で新たな参加希望者が続々と増えた。
 その大半が男子だが、中には女子生徒の姿もあった。

 参加者の目的は様々だ。
 誰もが阿古屋のように現状を変えたいわけではない。
 中には「面白そうだから」という不純な動機の者もいた。
 そのことに阿古屋は苛立っていたが、悠人は全く気にしていない。

 悠人は知っているのだ。
 この戦いで大事なのは数である、と。

 その頃、教頭たち教師チームにも動きがあった。
 事前に真紀が言っていた通り、食堂の利用禁止を発表したのだ。
 それだけでは飽き足らず反省文を提出まで求めていた。

 だが、全く意味がなかった。
 食堂の利用禁止が発表された時、抗議団体は全ての準備を終えていたのだ。

「さぁ徹底抗戦の時間だ!」

 悠人の言葉に、参加者が「おー!」と応じた。

 ◇

 運動場の真ん中に設置された、ひときわ大きなテント。
 悠人はそこにいた。

「いよいよ本格的な戦いを始めるわけだが、その前に最終的な条件を決めるとしよう」

「条件って?」

 こう返したのは美優だ。
 彼女の他に、阿古屋もその場にいる。

「今は男の教職員全員に外回りをさせようとしているわけだが、ぶっちゃけそれは望ましくない」

「おい、どういうことだよ霧島!」

 声を荒らげる阿古屋。

「スポーツが得意な奴もいれば勉強が得意な奴もいるように、人にはそれぞれ得手不得手がある。教職員の中にも外回りより学校内で作業をしてもらったほうがいいタイプがいるはずだ」

「「なるほど」」

 美優と阿古屋が同時に呟く。

「そこで二人に訊きたい。校内で作業をしてもらうほうが望ましい男の教職員について教えてくれ。俺は転校してきたばかりだから連中のことは疎くてな」

「それなら村口先生と小寺先生じゃない?」と美優。

 阿古屋が「だなぁ」と同意した。

「その二人について簡単に教えてくれ」

「えっとね、小寺先生は工房の責任者で、めちゃくちゃ器用で何でも作れるの! 悠人は二回会ったことがあるよ」

「二回? いつだ?」

「一日目の夜と二日目の朝だね」

「体育館と工房か」

「そそ!」

 悠人は小寺の顔を思い出そうとした。
 だが、目を瞑って浮かぶのは美優とのセックスだけだ。

「もう一人の村口先生ってのは?」

「よく『化学の先生』って呼ばれているけど、厳密には先生じゃないんだよね。免許がないらしくて授業をすることができないから」

「ほう?」

「なんか学校が知名度を上げるために雇っている先生なの。よく分からないけどすごい人。アメリカのブルースリー賞? みたいな名前の賞をすごい受賞したんだって!」

「もしかしてプリー・ストリー賞のことか?」

「そう! それそれ!」

 悠人は思わず「おいマジかよ!」と声を荒らげた。

「凄すぎるだろ! 日本はおろか世界中のどこでも好きに研究させてもらえるレベルだぞ! まさかそんな逸材が岡山の誰も知らないような高校にいたとは……!」

「びっくりだよねー。で、そういうすごい人だから東谷先輩でも手が出せなかったんだよ!」

「すると初日の体育館にもいなかったっぽいな」

「だね。悠人は会ったことないと思う! 村口先生っていつも自分の研究室に籠もっているし、基本的に誰とも話さないから!」

「じゃあ小寺先生と村口先生は例外として、他の男性教職員には外回りをさせる方向でいいかな」

 阿古屋が「おう!」と頷いた。

「よし、こちらの条件は決まった。阿古屋、ついてきてくれ」

「いいけど、どこに行くんだ?」

「本館だ。まずはこちらの要望を相手に伝える」

「交渉するわけか!」

「まぁそうだな」

「悠人、私は?」と美優。

「漫才の準備でもしていろ」

「了解! って、なんでやねーん!」

 美優がツッコミを繰り出した時、悠人と阿古屋はいなくなっていた。

「私の扱い、だんだん悪くなってない!?」

 美優は一人で吠えるのだった。

 ◇

 悠人と阿古屋は校長室に通された。
 だがそこに校長の姿はなく、待っていたのは教頭と真紀だ。

「ずっと思っていたんだけど、なんで教頭が仕切ってるの? 校長先生だって存在しているんだろ?」

「校長先生は自由な方でな、学校のことは全て私に任せられている」

 教頭は執務用のイスにふんぞり返っている。
 真紀と悠人、阿古屋の三人は、前方のソファに座っていた。
 悠人と阿古屋は横並びで、二人の正面に真紀がいる。

「そういや校長先生って案内の冊子にも載っていなかったな。どんな人なんだ?」

 悠人は阿古屋に尋ねた。

「ウチの校長は――」

「それより話とはなんだね? 時間が惜しいから早くしたまえ。君たちと違って我々は暇じゃないんだ」

 教頭が阿古屋の言葉を遮った。

「やれやれ、雑談も認めてくれないのかよ」

 悠人は「まぁいいか」と呆れ顔で言い、本題に入った。

「外で抗議している団体のリーダーとして、こちらの条件を伝えに来た」

「霧島君がリーダーなのか」

 教頭はてっきり阿古屋がリーダーだと思っていた。

「ああ、そうだ。で、条件だけど、小寺先生と村口先生を除く男性の教職員が、男子生徒と同じように学校の外で食料調達の任務をすること。それを約束するのであれば今すぐに抗議活動をやめよう」

「ほぉ? その条件を呑まないとどうなるのだね?」

「事態は今よりも面倒なことになり、あんたら教師は苦しむことになる」

 次の瞬間――。

「馬鹿馬鹿しい! 生徒が教師に命令しようだなんて冗談もたいがいにしろ! 活動家にでもなったつもりか? えぇ!? ざけんじゃねぇぞ!」

 教頭は机を叩いた。
 彼は根本的に生徒を見下している。
 故に生徒からの反発がなによりも嫌いなのだ。

「教頭先生、彼らは本気ですよ。ここは受け入れたほうがいいです」

 真紀がさりげなく援護射撃を行う。
 もちろん教頭は耳を傾けようとしなかった。

「いいや、ダメだ! どうせ数日もすれば飽きてやめるに決まっている! 長谷川先生、あなたのような教師がいるから生徒はつけあがるんですよ!」

「つまり交渉は決裂ということでいいかな?」と悠人。

「当たり前だ! 何が交渉だ! 学生風情が! 何様のつもりだ!」

「さっきから黙っていれば調子に乗りやがって!」

 怒鳴りながら立ち上がる阿古屋。
 悠人は「よせ」と止めた。

「そちらの気持ちはよく分かった」

 悠人は静かに腰を上げると、ニヤリと笑った。

「教頭先生……あんた、後悔することになるぜ」
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