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038 乳牛の確保とニワトリの話

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 乳牛の生息地を目指す過程で二つのことが分かった。

 一つは同じ植物が複数箇所に自生していること。
 例えば道中でイチゴ畑を発見した。

 次に動物の情報共有能力が異常に高いこと。
 これはイチゴ畑でイチゴをつまみ食いしている時に分かった。
 ちょうどスノウが離れている際にピューマと遭遇したのがきっかけだ。

 ピューマは俺たちを見るなり血相を変えて逃げていった。
 俺たちが治安維持活動をしていない場所でこの恐れようは異常だ。

 ただ、最初は「近くに他のチームがいるのかな」と思った。
 そいつらが治安維持活動をしているのかと。
 しかし違っていた。

 ピューマの次に現れたチーターが襲ってきたからだ。
 治安維持活動が行われているならチーターも逃げていく。
 情報共有能力の異常さは、普段の生活でも思い当たる節があった。

「ハヤト見て! 乳牛がいっぱいいるよ!」

「チャットの情報に誤りはなかったようだな」

 俺たちは乳牛の生息する牧草地帯にやってきた。
 チモシーをはじめとする定番の牧草が生い茂っている。
 その中をホルスタイン種の乳牛が快適そうにくつろいでいた。

 ホルスタイン種の特徴はなんといっても体の色。
 白と黒が入り交じっていて、乳牛から連想される定番の種だ。

「お、乳牛以外にもニワトリがいるぞ」

「本当だー! 赤いトサカに褐色の体……あれってグルチャに上がってた写真の種類じゃない?」

「うむ、ロードアイランドレッドだ。チャットでは別の場所に生息していると言われていたはずだが……」

「複数の場所に生息しているんでしょ、ピューマみたいに!」

「だろうな。乳牛ともどもいただくとしよう」

 俺たちはスノウから下り、徒歩で動物たちに近づいていく。
 近くにいるのはニワトリだが、まずは乳牛から確保する。

「スノウ、回り込んで牛をこっちに追い立てろ」

「ワォーン!」

 牧羊犬ならぬ牧牛狼だ。

「「「モォー」」」

 スノウの働きによって、乳牛の群れがこちらに向かってくる。

「すごいねスノウ、一気に10頭も連れて来たよ!」

「そんなにもいらん。1頭で十分だ」

「えー! なんでさ?」

「ホルスタイン種の搾乳量は1日当たり20リットル以上だからな。多少の前後があるとはいえ、それでも5人じゃ1頭分すら飲みきれない」

「なら1頭で十分だね」

「ということでスノウ、6頭は解放してやれ! 4頭でいいぞ!」

「え、1頭じゃないの!?」

「俺たちが使うのはな。残りはプレゼント用だ」

「プレゼント?」

「原平ジュンに1頭と木戸に2頭やる予定だ」

「おー、ハヤト優しい!」

「傘下の組織に優しくするのは基本さ」

 乳牛の顔を見つめる。
 俺たちの前に来た頃には観念していた。
 逃げようとせずに大人しくしている。

 それでも、フリーにさせたら逃げられかねない。
 4頭をロープで繋いでおいた。

「スノウ、お前は先に戻ってユキノたちを守れ」

「ワォーン!」

「特に連絡が来ていないから大丈夫だとは思うが急げよ」

 スノウは全力疾走で拠点に向かった。

「あとはニワトリの回収だな」

 乳牛と違ってニワトリは楽なものだ。
 手で捕まえてチナツの背負う竹の籠に放り込むだけ。

「白レグじゃないから多めに持って帰るか」

 捕まえたニワトリを無造作に放り込んでいく。
 動物愛護団体が見たらキレそうな行為だが関係ない。
 愛護の精神より自分の利益、それがヤクザの真骨頂だ。

「白レグって? 定番の白いニワトリのこと?」

「そうだ。白色レグホンという種で、年に300個近い数の卵を産むんだ」

「すごっ! じゃあこの子らは何個くらい産むの?」

 チナツが背負い籠を一瞥する。
 ニワトリどもは助けを求めて甲高い声で泣き喚いていた。

「ロードアイランドレッドも多いほうだが、それでも250個あるかどうかだ」

「おー! じゃあ暴対法は?」

「暴対法は卵を産まない。お前は馬鹿か?」

「冷たッ! え!? 冷たッ!」

 何故か二度言うチナツ。

「たまにはツッコミ以外の反応も喜ばれるかと思って」

「ギャップ狙いにしても冷たすぎるでしょ!」

「すまんすまん」

 そんなこんなで作業終了。
 チナツの籠には8羽のニワトリがぶち込まれていた。
 これで日に5~6個の卵が手に入るはずだ。

「さぁ帰るぞ。牛を引けチナツ」

「牛とニワトリの両方を私に押しつけるとか正気!?」

「事前に牛を頼むって話をしていたはずだが……」

「ハヤトが言ったのは『俺が牛を引くからチナツ、お前は俺を守ってくれ』だよ! 私、めっちゃ嬉しかったから覚えてるよ! ハヤトを守ってあげるぞーって思ったんだもん!」

「そうだったか。なら交代しよう。チーターやゴリラ、ヒョウなどが襲ってくると思うが代わりに戦ってくれよ。頼むぞ」

「やっぱり守られる側でいいです……」

「賢明な判断だ」

 来た道を戻っていく俺たち。
 しばらく無言で歩いていると、チナツが尋ねてきた。

「ハヤト、この子らって地鶏とは違うの? 同じに見えるけど」

「地鶏ってのは総称だぞ。そういう種がいるわけじゃない」

「そうなんだ」

「チナツがどんな地鶏を思い浮かべているか分からないが、同じに見えるということは、ロードアイランドレッドをベースに何かしらの在来種を配合したものだと思う。この鶏をベースに色々な品種が生み出されているからな」

「すごいじゃんロードアイランドレッド!」

「非常に優秀だからな。白色レグホンとロードアイランドレッド、あと日本では『碁石』の異名で知られる横斑おうはんプリマスロックという種が定番だ」

「御三家だ、ニワトリの御三家! じゃあ御三家同士で配合したら最強のニワトリができるんじゃないの?」

「実際にそう考えた先人もいるよ。例えば横斑プリマスロックと白色レグホンを配合した『ロックホーン』は有名だ」

「おー! 詳しいねぇ、ハヤト。ニワトリ博士じゃん!」

「サツキにも言ったが、ヤクザの子だから一次産業には精通しているよ。気になることがあったら聞いてくれ」

「そう言われると悩むなぁ! ちょい考える!」

 チナツが頭を抱えている間、俺は安全を確保しておく。
 奇襲のタイミングを見計らっていたチーターを矢で射止めてやった。
 上物なので皮を剥いでやりたいが今回は諦める。

「それにしてもお前ら、よっぽどスノウが怖かったんだな」

「モォー!」

 ニワトリと違って乳牛は大人しい。
 暴れることなくチナツの後に続いている。

「閃いた! 前から聞きたかったんだけどさ!」

「おう?」

「ヒヨコのオスが殺処分されるのは何で?」

「そりゃ単純にコストの問題だ。オスは卵を産めないからコスパが悪い。育てても餌代がもったいねーってことで早々に処分する」

「そんな理由で!? 可哀想だなぁ」

「だが処分されなけりゃ卵代が跳ね上がるぜ」

「それはそれで辛い……」

「ちなみに、世界的にはヒヨコの殺処分を減らす方向で取り組みがされているぞ。例えば卵の段階で性別を判別できる機械を使うとかな」

「おー! 立派!」

「俺からすりゃ理解不能だけどな」

「なんでさー? いい取り組みじゃん! 殺処分をなくそうとか!」

「ただのエゴだよ。メスのニワトリだって卵を産むペースが落ちてくると『廃鶏はいけい』って呼ばれてミンチにされるんだぜ。処分されるのはオスに限った話じゃない」

「えぇぇぇ!」

「生きていく以上、動物なり植物なりの命を奪う必要がある。その全てを救うなんざどうやっても無理なんだから、弱肉強食の精神で好き勝手に消費すりゃいいのさ」

「そうかもしれないけど、なんだか冷たい考え方だなぁそれは!」

「ヤクザの子だからな。親に叩き込まれるのは冷酷さだけだ」

「ハヤトは優しいと思うけどね」

「気のせいだろう」

 その後も色々な話をしつつ、俺たちは拠点に向かった。
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