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037 荒壁土について

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 翌朝、俺は起きてすぐ家を出た。
 物干し台に干してある布団を手で触って確認する。
 昨日は川で洗濯したので濡れていて使えなかった。

「よし、乾いているぞ」

 一日干したことですっかり乾いていた。
 これで今日の夜から布団に入って寝ることができる。
 経年劣化もあって質の低い煎餅布団だが、ここでは最高の寝具だ。

「予備もあるから遠慮無くおもらしできる!」

 そう言って背後から現れたのはモミジだ。

「早起きだな。他はまだ寝ているだろ」

「モミジお姉さんは布団に目がなくてね」

「お姉さんってキャラじゃないと思うが……」

「可愛い系ですからねぇ」

 意味不明なことを言いながら、モミジも布団の状態を確認。
 満足気に「よしよし」と頷いた。

「じゃ、朝ご飯の前に一発抜いておきますか!」

「俺は小便がしたいよ。寝起きだし」

「なら私の口に出すがいい! お口の便器だ!」

 その場で跪いて口を開くモミジ。

「モミジは朝から絶好調だな」

 俺は少し悩んでから拠点を出た。

 ◇

 きっかけはユキノの一言だった。

「この島ってぜーんぜん雨が降らないねー!」

 言われてみればたしかにそうだ。
 島に転移して8日目になるが、これまでずっと晴れている。
 雨はおろか曇りになった日すらなかった。

「異世界だから雨や曇りってないんじゃない?」

 やたら異世界転移説を主張するのはモミジ。

「異世界かどうかはともかく、悪天候に備えておかないとな」

 ということで、朝食後、家を補強することにした。
 この作業はモミジを除く四人で行う。

「集めてきたよーハヤト君!」

「お待たせー!」

 ユキノとチナツが運んできたのはわらだ。

「こちらも準備万端だぜ」

 俺はサツキと土器作りに使う粘土を準備していた。

「それではこれより、備えることが大好きなハヤト坊ちゃんによるお家の補強講座を始めまーす!」

 チナツは藁の詰まった竹籠を目の前に置いた。

「待ってました暴対法ーッ!」

 ユキノが拍手する。

「講座と言ってもただあらかべ土を作って塗りたくるだけだぞ」

「荒壁土が何か教えてください先生!」

「そーだそーだ、教えろ暴対法野郎!」

 ユキノとチナツが上機嫌で喚いている。
 大人しいのはサツキだけのようだ。

「土壁は分かるか? 昔の家でよくあっただろ」

「うんうん! すぐにポロポロ落ちる壁だよね!」

「あの土壁は大まかに三つの層で塗られているんだ。下塗り、中塗り、上塗りといってな、下から順に塗っていく」

「その下塗りが荒壁?」とサツキ。

「そうだ。で、荒壁に塗る土が荒壁土、つまり今から作る土のことだ」

 荒壁土の作り方は簡単だ。
 土器に使う粘土と細かく切った藁を混ぜて練り込むだけ。

「これで荒壁土の完成だ。本当ならしばらく放置して藁が分解されるまで待つのだが、雑な工事で済ませる予定だから待たなくていいだろう」

 おー、と拍手する三人。

「ねね、思ったんだけど、何で藁を足すの? 気分?」

 チナツが尋ねてくる。
 気分なわけないだろ、と笑いつつ答えた。

「藁を混ぜることで安定感が増すんだ」

「そうなの!? 藁で安定感が増すって想像できないなぁ」

「先人の知恵ってやつだ。もう少し水分を飛ばしたら塗っていこう」

「全面を荒壁土で塗るのって大変そうね」

 今度はサツキだ。

「だから全面に塗る予定はないよ。壁面の下の方だけ塗る。台風が来ても家が飛ばされないようにするのが目的だからな。足下が重けりゃ大丈夫だろ的な考え方だ」

「あはは、わりと雑なんだね」

「この家は竹で組まれた箱に過ぎないからな。どれだけ手を加えたって強烈な暴風雨にさらされたら厳しいと思う」

「なら私たちも竪穴式住居にしたほうがいいのかな?」

「スノウが仲間に加わったし有りといえば有りだな」

 他所のチームでは竪穴式住居が一般的だ。
 グループチャットで歴史の教師が造り方を広めたから。
 縄文時代の主流建築なだけあって、この環境でも簡単に造れる。

 ただ、竪穴式住居を造るには人手が必要だ。
 俺たちのような少人数だと、床の穴を掘るので精一杯。
 スノウに頼らなければおいそれと造れない代物だ。

「ま、今は荒壁補強だけで十分だろう。それ以上が必要だと思ったら奴隷を連れてきて働かせるよ」

「奴隷って……」

「酷な言い方だが、実際のところ奴隷だしな」

 俺はスマホを取り出し、チャットを開いた。
 木戸の拠点で働く奴隷どもからの連絡は届いていない。
 これといって不満を抱いていないのだろう。

「ハヤト君、そろそろ荒壁土を塗っていっても大丈夫かな?」

「ああ、大丈夫だろう。作業開始だ」

 モミジの作った木べらを使い、俺たちは壁塗りを開始した。

 ◇

 昼食後、俺は島中央の湖に向かう予定だった。
 しかし、土壇場で別の用事が入ったので変更になった。
 予定は未定にして決定にあらずとはよく言ったものだ。

「俺たちが戻るまでに完成させておいてくれよ」

「頑張りたまえよ諸君!」

 俺とチナツがスノウに乗る。
 女性陣に牛乳が飲みたいと喚かれたので、乳牛の確保に向かうことにした。
 その間、残りの三人には牛舎を造ってもらう。

「遠くの地でハヤトと二人きりになったチナツは、勇気を出して彼に告白。『嗚呼ハヤト、私のヴァージンを奪って!』。ハヤトは承諾し、二人は静かな森で愛を育むのであった……」

「うるせービッチ! そんなんじゃないし!」

 顔を赤くして否定するチナツ。
 ビッチ呼ばわりされたモミジは「どうだかねぇ」とニヤニヤ。

「現地に着いたらスノウを帰還させるが、それでも一時的には無防備になる。柵をしっかり閉じて外からは見えないようにしろよー」

「「「了解!」」」

 グループチャットによると、乳牛は島の北部に生息している。
 正確には北部の内側にある植物地帯だ。
 様々な牧草の生い茂る場所があり、そこにたくさんいるという。

「ではまたあとで。行け、スノウ!」

「ワォーン!」

 スノウが北にそびえるセコイアの森へ駆け出した。
 草原ではなく植物地帯を通るのは、他のチームを刺激しないためだ。
 スノウの威風堂々たる姿を見ると警戒させてしまう。
 また、作物の種類を把握しておきたいという気持ちもあった。

(せっかくだから寄り道して漆黒の湖を拝みたいところだが……)

 今は乳牛の確保を優先しよう。
 チャットの情報が正しいとは限らないから。
 この疑い深さは父親譲りだ。

「私ね、牛乳が手に入ったらイチゴと混ぜてイチゴミルクにするんだ」

「いいな。そのまま飲もうかと思ったが、俺もイチゴミルクにするか」

「楽しみだねー! あー早く飲みたいなぁ牛乳!」

 そうだな、と言いつつ俺は些か不安だった。
 乳牛を確保するのはいいが、そのあとが問題だ。
 拠点の周囲に生えている雑草がウシの口に合うか分からない。
 もし食ってくれなかったら痩せ細って餓死するだろう。

(ま、その時はその時で仕方ないか)

 約10秒間隔で変わる景色を眺めながら考え事に耽った。
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