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042 最後にして最高の夜

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 入浴を終え、ラフトに戻った俺たち。
 あとはそのまま眠るだけかと思いきや、そうはならなかった。

「この島の夜の海はすごく綺麗だから最後にしっかり見ておかないと」

 と、凛が海辺に向かったからだ。
 それに俺たちも続き、みんなで砂の上に座った。
 横一列で、向かって左から沙耶、陽葵、凛、俺。

「本当に綺麗だよなー! ここの海は!」

 沙耶が声を弾ませる。

「海が光っているのはなんとかチユウのせいなんだっけ?」

 陽葵がこちらを見る。

「夜光虫だね」と凛が答えた。

「夜の綺麗さから一転して昼は赤潮の元凶なんだぜ」

 俺が付け加える。

「そうなんだぁ」

「そういえば、ここの海って赤潮になってなくない? 昼」

 凛が尋ねてきた。

「言われてみればたしかに」

 夜光虫の輝く海といっても度合いは様々だ。
 ほんのりとしか輝いていない場合もある。

 しかし、この海は違う。
 海面が幻想的にライトアップされているのだ。
 とんでもない量の夜光虫が漂っていることは間違いない。

 にもかかわらず、昼の海は非常に綺麗だ。
 錆びた鉄のような赤潮には陥っていない。

「ま、赤潮になっていいことなんてないし、なんでもいいか」

 考えても分からないことなので、考えないことにした。
 凛も「そうだね」と同意する。
 その言葉を最後に、しばらくの沈黙が訪れた。

「なーなー、日本に戻ったら何したい?」

 沈黙を破ったのは沙耶だ。

「私は買い物! あと満員電車に揺られたい!」

 陽葵が即答する。

「陽葵が電車に!?」

「珍しいね」

 沙耶と凛が驚いている。
 俺だけは意味が分からず、「そうなのか?」と首を傾げた。

「陽葵は痴漢に遭いやすいからなー! 電車に乗らないんだよ!」

 沙耶が答えてくれた。
 それに対して、陽葵が「昔は電車通学だったけどね」と補足する。

「痴漢に遭いやすいとかあるんだな」

 やっぱり胸のせいかな、と思う俺。
 その心を読んだのは凛だ。

「胸の大きさも多少は関係あるだろうけど、一番は雰囲気だろうね」

「雰囲気?」

「痴漢しやすそうな雰囲気としにくそうな雰囲気ってあるみたい。たぶん気弱そうに見える子が狙われるんだと思う」

「だからあたしと凛はぜーんぜん縁がないんだよなー!」

「まぁね」

 俺は「へぇ」と呟く。
 今の今まで痴漢について意識したことがなかった。

「それで、なんで満員電車に乗りたいの?」

 凛が尋ねる。

「なんか都会が恋しいの! アスファルトに会いたい!」

 俺たちは声を上げて笑った。
 都会が恋しくなる気持ちはよく分かる。

「じゃあさ、戻ったらみんなで遊ぼうよ!」

 沙耶が満面の笑みで言う。

「みんなの中に俺も含まれているのかな?」

「もち! せっちゃんにはパンケーキを奢ってもらうよ!」

「なんで俺が奢るんだよ!」

「だってあたし金欠だし!」

「意味が分からん」

「なはは!」

 このやり取りに凛が反応する。

「刹那はこの7日で大きく変わったよね」

「そうか?」

「さっきのやり取りで『意味が分からん』って言うようになったからね。この島に来てすぐの頃だったら別のセリフを言っていたよ」

 言われてもピンと来なかった。

「別のセリフって、例えば?」

「沙耶の金欠と俺が奢ることの因果関係が云々だとか、俺のお金は神を討伐する装備を買うのに必要云々みたいな」

 沙耶と陽葵が「ぶっ」と吹き出す。

「言いそう言いそう!」

「初日の刹那君なら絶対に言ってたよ、そんな感じのこと!」

「要するに今の俺は中二病じゃなくなったと言いたいわけか」

「それはどうか分からないけど、痛々しさはなくなったと思う」

 皆に言われて中二病の改善に努めた。
 自覚はないけれど、その効果は出ているようだ。
 たしかに最近は中二病との指摘を受けなくなっていた。

「中二病で思い出したけどさー」

 沙耶がニッと笑いながら俺を見る。

「日本に戻ったらまた無言君になっちゃうの?」

 俺は学校だと無言を貫いていた。
 いついかなる時も決して口を開かなかったのだ。
 家では普通に話していたのに。

「それは……考えていなかったな」

「普通に話したら駄目なの?」と陽葵。

「問題になるかもしらん。俺は教員たちに『喉の病気で声を出せない』などと嘘をついてきたからな。普通に喋れるようになったら矛盾してしまう」

「なら病気が治ったことにしたら?」と凛。

「不治の難病とか言ってるから治るってのは無理がある」

「大丈夫大丈夫、奇跡の力で治ったってことにすればいいの」

「奇跡の力? 何を言ってるんだ? 中二病か?」

 冗談を言っているのかと思った。
 だが、凛の顔は真剣であり、本気で言っていた。

「無人島で過酷な生活をしていたら唐突に声を出せるようになった……って筋書きでいいと思う。学生が7日も無人島を生き抜いただけでも奇跡だし、そこから自力でイカダを作って帰ってくるなんて、これはもう奇跡の中の奇跡だからね。難病が治ったって言っても深く突っ込まれないと思うよ」

「なるほど」

 説得力のある意見だ。

「ならそういうことにして、今後は普通に話そう」

 俺は立ち上がった。

「そろそろ寝ようか。ここに居続けたら風邪をひいてしまう」

 皆はその言葉に同意して立ち上がる。

「さらば! 夜の海!」

 沙耶がラフトに向かって歩きだす。
 俺たちも夜光虫の輝く海を目に焼き付けてから戻った。

「今日も俺たちを守ってくれよ」

 ブタ君を撫でてからラフトに入る。

「ブヒッ!」

 ブタ君は強く頷き、ラフトのドア前で伏せる。
 シロちゃんはブタ君の背中の上で丸まっていた。
 なんだか夫婦のようだ。

「刹那、たまには真ん中に来いよー!」

 いつも通り端に腰を下ろそうとする俺に沙耶が言った。
 彼女はラフトの中央付近で横になり、隣で寝るよう誘ってくる。

「ブタ君とシロちゃんがいれば安心だし、いいんじゃない?」と凛。

「ならお言葉に甘えるとするか。

 俺は沙耶の右隣に寝そべる。

「じゃあ、いつも刹那君が寝ていた場所は私がもらうー!」

 陽葵は俺の右隣――ラフトのドア横に腰を下ろす。
 消去法によって、凛は沙耶の左隣になった。

「せっかくだし皆で布団を使おうよ!」

 提案したのは陽葵だ。
 彼女は布団を横にして、全員の胴体を覆うように掛けた。

「なんだか足がスースーするぅ!」と沙耶。

「というより、上半身だけポカポカすると言うべきなんだろうね。でも、沙耶の気持ち、分かるな」

 俺も凛に同感だった。

「日本に戻ったらすることに布団で寝るってのも追加だな」

 俺が言うと、皆は笑って同意した。
 話が落ち着いたので、そろそろ寝るとしよう。

「この島で過ごす最後の夜ともお別れだ――おやすみ」

「「「おやすみ!」」」

 真っ暗なラフトの中で目を瞑る。
 直ちに陽葵が手を繋いできた。

(相変わらずだな)

 心の中でニヤリと笑う。
 すると、反対側からも手が伸びてきた。

(これは……!)

 なんと沙耶まで手を繋いできたのだ。

「うにゃにゃぁ」

 さらに、寝ているフリをして、俺の腕に抱きついてきた。

「ウッ……!」

 俺は顔を沙耶に向け、チラッと瞼を開く。
 するとそこには、恥ずかしそうに笑いながらこちらを見る沙耶。
 彼女は左の人差し指を俺の口の前に立たせる。
 皆には内緒だよ、と言いたいようだ。

(右を向けば陽葵、左を向けば沙耶……マジかぁ! おほほ)

 この島で過ごす最後の夜は、これまでで最高の夜になった。
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