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029 海水から塩を取り出す方法

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「どうしたんだ?」

 俺は沙耶のもとへ向かった。
 陽葵もついてくる。

「どうしたもこうしたも不味いんだって!」

 沙耶が竹筒を見せてきた。
 先ほどまで熱心に炙っていたものだ。

「中に何か入っているな、液体か」

「それだよ! それが不味いの! ちょー不味い!」

「ふむ」

 俺は筒に口を浸け、試しに飲んでみる。
 ほんの少し口に含んだだけで、それが何か分かった。

「塩を作ろうとしたな?」

「そうだよ! 刹那が忙しそうだから自分で作ろうとしたの!」

 そういえば昨日から塩を欲していたな。

「塩って海水を煮詰めたらできるでしょ? だからそうしたんだけど、できたのがそのゲロマズな液体だよ!」

「これは塩と硫酸カルシウムを含んだ〈にがり〉だな」

「こ、これがにがりなの!?」

 料理好きの沙耶はにがりが何かを知っていた。

「にがりって何?」

「豆腐を作るのに使う液体! 苦いからにがり!」

「苦いからにがりって、そんなまさかぁ」

 沙耶が冗談を言っていると思い込む陽葵。

「いや、沙耶の言葉は正しいよ。にがりは漢字にすると“苦”い“汁”になるんだ。試しにスマホで変換してみるといい」

「本当に!?」

 陽葵はラフトからスマホを持ってきた。
 彼女だけでなく、他の二人もスマホだけは持っている。

 無人島に何か一つ持っていくとしたら何を持っていく?
 この問いに対する彼女らの答えがスマホだったわけだ。
 しかし悲しいかな、この島ではネットや電話が繋がらなかった。

「本当だー! にがりで変換したら苦汁って出てきた!」

「だろー?」とドヤ顔の沙耶。

「ま、そういうことだから、海水を煮詰めるだけじゃ塩にはならない」

「なんてこったぁああ!」

 沙耶が盛大に崩れ落ちる。

「海水から塩を抽出する方法について教えてやろう。ちょうどフィルターを作ったところだしな」

「うおおおおおおおお!」

 崩落したばかりの沙耶が復活する。
 やれやれ、実に大袈裟な奴だ。
 だが、それがこの場の雰囲気を良くしている。

「海水を煮詰めるという点は間違っていないんだ」

 そう言って、竹筒を海水で満たした。

 その筒に専用のフィルターを被せる。
 このフィルターもシャツを裂いて作ったものだ。
 シャツとして使えば1着でも、フィルターにすれば数枚になる。

「まずは最初のフィルタリング――不純物の除去だ」

 フィルターを通して、海水を別の竹筒へ移す。

「元がシャツだからフィルターとしての性能はそれほど高くないけど、それでもないよりかは遥かにマシだ……たぶんな」

 海水の入った竹筒をを焚き火にかける。

「何をしているの?」

 凛が近づいてきた。
 ひとしきりの作業を終えて暇みたいだ。

「海水から塩を作ってるんだー!」

 代わりに沙耶が答える。

「理科の実験みたいね」

 凛はベンチに座る。
 それを見た陽葵もベンチへ向かう。

 俺は火にかけている竹筒を確認した。

「そろそろだな」

 竹筒の中が白く濁りはじめていた。
 近づいてきた沙耶にも見せる。

「この白いのが――」

「塩だろー!? あたしゃそれが欲しいんだ!」

 人の話を遮る沙耶。
 俺は苦笑いで首を振った。

「いや、塩じゃない」

「なんですとー!?」

「これは析出せきしゆつした硫酸カルシウムだ」

「塩が浮いてるのかと思ったのに違ったのかー! てか析出ってなに!?」

「分離のことだ」

 俺は竹筒にフィルターを被せる。
 そして、再び別の竹筒へ中の海水を移した。

 新たな竹筒へ移された海水は透き通っている。
 白濁の源である硫酸カルシウムだけが取り除かれた。

「これを再び煮詰めていく」

 説明しながら、改めて竹筒を火にかける。
 ほどなくして中の水が沸騰した。
 そのままさらに時間が経つと、またしても白く濁っていく。

「この白いのが塩だ」

「きたあああ! ついに塩だー!」

 沙耶が叫んだ。
 凛と陽葵も「おー」と感心している。

「あとは塩とにがりを分けたら終了だ」

 することはこれまでと変わらない。
 フィルターを挟んで別の筒に移すだけだ。

「できたぞ」

 俺は皆にフィルターを見せた。
 ホクホクの塩が小さな山を形成している。

「これが……塩!」

 沙耶は塩を指に付着させて、チロリと舐める。

「塩だああああああああ! 塩の味がするぅ!」

 とんでもなく嬉しそうだ。

「昨日から塩を欲しがっていたのに、用意が遅くなってすまんな」

 塩を小さい竹筒に入れて沙耶に渡す。

「作ってくれたから大丈夫! ありがとなー!」

 沙耶は竹筒を掲げ、「よっしゃー!」と叫ぶ。

「今日は塩を使った料理を作るぞー!」

「期待しているよ」

 沙耶の代わりに片付けをしておこう。

「沙耶、塩はそれだけで十分か?」

「今日の分はこれで問題ないよ!」

「その言い方だと、明日以降はもっと必要になりそうだな」

「だねー! でも、作り方はもう覚えたし!」

「そうだけど、せっかくだから俺が塩を作ってやろう。ディナーの支度を待っている間は暇なわけだし」

「いいの!?」

「お安い御用だ。〈刹那式遠心力塩分離法〉なら手軽に塩を量産できるしな」

「「「なにそれ!?」」」

 女性陣が仲良くびっくりする。

「気になるか? 気になるよな! ならば見せてやろう!」

 先ほど沙耶に教えた塩の抽出法は一般的なものだ。
 俺なら別の方法で塩を抽出する。

「最初は同じだ。海水を汲んだ竹筒を用意して火にかける」

「不純物の除去は?」と凛。

「そんなものは不要だ。フィルターは使わない」

 効率良くするため、数本の竹筒を同時に炙っていく。
 焚き火の火力を竹が燃えない限界まで上げて準備完了。
 あっと言う間に海水が蒸発した。

「これ、あたしの失敗作と同じじゃん!」

「それよりもさらに煮詰めることで、にがりすらも蒸発した」

「塩やら何やらが筒にこびりついてるじゃん!」

「いかにも」

 竹筒の中は酷い有様だった。
 しかし問題ない。これこそが俺の狙いだ。

「あとはこの竹筒を――」

 ブンッ! ブンブンッ!

「――何度も振る」

 竹筒の素振りを10回ほど行う。
 プロ野球選手のバットよりも遥かに速いスイングスピードで。
 それから筒の口を下に向けると、さらさらの白い粉が出てきた。

「塩の完成だ」

「マジで!?」

 沙耶が味見する。

「うわっ、本当に塩じゃん!」

「これが〈刹那式遠心力塩分離法〉だ」

「ズルじゃん!」

 ぶー、と頬を膨らませる沙耶。
 陽葵と凛は苦笑いを浮かべていた。

「とにかくこれで塩がたくさん使えるぞー! 塩は料理の源だー!」

 沙耶は上機嫌で調理を始める。
 俺は〈刹那式遠心力塩分離法〉に感動してもらえなくて拗ねた。
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