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025 愛の告白とイタズラ

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 朝、俺はぼんやりとベンチに座っていた。

「ブタ君、それ取って!」

「ブヒッ!」

「ありがとー!」

 陽葵はブタ君と協力して朝食作りに励んでいた。
 柄の付いた石包丁を振るい、キノコをぶつ切りにしている。

「ニッシッシ!」

 すぐ近くでは、沙耶が竹を使って何か作っている。
 顔に「これから悪いことします」と書いているので侮れない。

「刹那、ちょっといい?」

 凛が話しかけてきた。

「いいよ、どうした?」

「2人きりで話したいから移動してもいいかな?」

 この発言で沙耶と陽葵の手が止まる。

「おいおい、愛の告白かよー!?」

 沙耶が茶化す。

「わーお、凛ったら大胆!」

 陽葵も便乗した。

 そんな2人に対して凛は真顔で答える。

「まぁそんなところかな」

「「「えっ」」」

 全員が驚いて固まる。
 俺も口をポカンとしていた。

「で、場所を移動してもいいかな?」

 凛の目が俺に向く。

「あ、ああ、かまわないよ」

 声を震わせながら立ち上がる俺。
 愛の告白のようなものを受けるのだから当然だ。

(凛が人生初の彼女……マジかぁ!)

 凛のことをそんな風に意識したことはなかった。
 意識したところで相手にされるはずないからだ。

 だが、それは俺の誤解だったらしい。
 これから起きる愛の告白によって、俺はリア充になる。
 誰もが羨む美少女の1人と付き合うのだ。

「この辺りでいいかな」

 ラフトから50メートル近く離れた砂辺で、凛は足を止める。
 その瞬間、俺は言った。

「いいぜ、凛」

「へ?」

「愛の告白だろ? いいぜ」

「…………プッ」

 凛が吹き出した。
 意味が分からなくて言葉を失う俺。

「愛の告白なんてしないよ」

「なん……だと……!?」

「沙耶と陽葵が茶化してきたから驚かせただけ」

「な、なな、なんだってぇえええええええ!」

 俺はその場に崩落した。
 妄想の中では凛の両親に挨拶していたのに……。

「私から告白されたら受けるつもりだったんだ?」

 凛がニヤリと笑い、目を細めて見てくる。

「ま、まぁな!」

「それはどうして?」

「どうしてとは?」

「刹那の恋愛対象じゃないでしょ、私」

「いかにも」

「なら、なんで?」

「たしかに恋愛対象ではないが、告白を機にそういう対象へ変化することは往々にしてあるものだ。いわゆる『試しに付き合ってみる』ってやつさ」

「試してみて合わなかったらクーリングオフするって考え方ね」

「今時の若者に相応しいスタイルだろ?」

「今時の若者に相応しくない話し方だけどね」

「これでも同世代に迎合しようと努力している」

 凛は小さく笑うと、本題に入った。

「実は明日、陽葵の誕生日なんだよね」

「なんと。陽葵もこちら側へ来るわけか」

 こちら側とは17歳のこと。
 俺と凛は4月生まれなので既に17歳だ。

「そんなわけで、何か誕生日プレゼントをあげたいの」

「名案だ」

「できれば実用的な物がいいのだけど……」

「その考えを支持する」

 完璧な相槌を打つ俺に、凛が尋ねる。

「何がいいかな?」

「今の環境で入手できる実用的なプレゼントか……」

 俺は目を瞑って考え込む。
 頭の片隅にこびりつく妄想――凛との新婚生活を強制終了した。
 新婚生活が悲しい結末を迎えると同時に、俺は名案を閃いた。

「布団にしよう」

「布団!?」

「材料は布と木綿コツトンなので、その気になれば作れる」

「すごくいいと思う」

「ただ、布団を作るのはかなり難しい。糸を手織りで布にする必要がある」

「それだったら大丈夫。私、織物は得意だよ。手織機ておりばたも作れる」

「ならいけるな。朝食が済んだら糸とコットンを調達するよ。凛はその間に手織機を作っていてくれ」

「分かった。今から作業に取りかかるね。刹那、ありがとう」

 凛はニコッと微笑んだあと、駆け足でラフトに戻った。
 俺はゆっくりと歩く。

「せっちゃん、走れー!」

 沙耶が大きな声で言った。
 もしかしたら朝食が完成したのかもしれない。
 そう思って走って戻ったが、朝食はまだだった。

「せっちゃんは見学ね! どうせ暇っしょ?」

「否定できないな」

 沙耶はラフトの傍の地面に竹筒を置いた。
 先ほどまで必死に作っていた物だ。
 一見すると蓋の付いた筒にしか見えない。

「その筒はなんだ? 携帯用の水筒か?」

「まぁまぁ、見てなって!」

 そう言うと、沙耶はブタ君を呼び寄せた。

「ブタ君、この筒の蓋を開けてもらえる? あたしの力じゃ辛くてさぁ!」

 見え見えの嘘だ。
 しかし、優しいブタ君はその嘘を信じた。
 誇らしげな顔で「ブヒッ」と鳴き、筒の蓋を咥える。

「ニッシッシッシ」

 沙耶の不気味な笑い声が漏れる。

(なるほど、ビックリ箱を作ったんだな)

 沙耶のイタズラを推測する。
 おそらくビックリ箱で、開けると何かが飛び出す。
 ――と思ったが、違っていた。

「ブヒッ!」

 ブタ君が器用に蓋を開けると、中から新たな筒が現れたのだ。

「ブヒッ!?」

 驚くブタ君をよそに、沙耶は中の筒を取り出した。
 それをブタ君の前に立たせて言う。

「ブタ君、開けて!」

「ブヒッ!」

 改めて蓋を開けるブタ君。
 またしても中には竹筒があった。

(そういうことか)

 沙耶の魂胆が分かった。
 竹筒のマトリョーシカを作ったのだ。
 大きさの違う竹を上手に活用している。

「ブタ君、どしたのー? ほれ、開けてみ?」

「ブヒヒィ!」

 必死に竹筒を開けるブタ君。
 次から次へと新たに現れる竹筒。
 これが何度か繰り返された結果――。

「ブヒィ……」

 ブタ君は混乱のあまり目が回ってしまい、その場に倒れた。

「だっはっはー! あたしの勝ちだー!」

 沙耶が謎の勝利宣言。

「勝負のことはよく分からないが、器用に作った物だな」

「でしょー! 2時間もかかったよ!」

「頑張り過ぎだろ……」

 とてつもない情熱だ。
 こだわるところを間違っている気がした。

「それより、ブタ君がこのまま起きなかったらまずいな」

 ブタ君は完全にダウンしている。
 イノシシの脳みそにマトリョーシカは難しすぎた。

「おーい、ブタ君、起きろー!」

 沙耶が声を掛けるが、ブタ君はうんともすんとも言わない。
 と、そこへ。

「みんなー、朝ご飯ができたよー!」

 陽葵の声が響く。

「ブヒィ!」

 次の瞬間、ブタ君は超高速で起き上がった。
 そして、素早くテーブルの横に移動して腰を下ろす。
 ご飯に目がないとは、流石だぜブタ君。

「あー腹へったぁ! 朝からがっつり食べまくるぞー!」

「いいことだ。朝の栄養補給は大事だからな」

 俺と沙耶が並んでベンチに座る。
 手織機を製作中の凛も、作業を中断して席に着く。
 俺の向かいに陽葵が腰を下ろし、5日目の朝食が始まった。
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