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020 はじめての海

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 朝食を済ませ、今日の活動を開始する。
 これまでは誰かしらが森に行っていたけれど、今回は違っていた。

「ずりぃ! ずりぃよ刹那!」

 俺を見てしきりに「ずりぃ」と喚く沙耶。
 彼女の羨望と恨めしげな視線は、俺の股間に向いていた。
 そう、海パンである。

「恨むなら脱出時にバックを持たなかった自分を恨むことだ」

 俺のバックパックには海パンと水中ゴーグルが入っていた。
 カリブ海の綺麗な海を満喫するために用意したものだ。
 トランプと同じく脱出の際に抜き忘れていた。

 今日は海を探索する。
 海から得られるものは多い。森にも劣らぬほどに。
 その気になれば、海の物で石鹸を作ることだって可能だ。

「いいなー、海! あたしも海で泳ぎたーい!」

 沙耶は数本の竹を紐で縛って固定している。
 彼女をはじめとする女性陣の任務は竹を使った家具作りだ。

「別に泳ぎたいなら泳げばいいだろ、裸で」

「ばっ、そんな恥ずかしいことできないし!」

「賢明だ。海は危険だからな」

 森よりも海のほうが怖い。
 クラゲやウミヘビのような毒使いに、サメまでいる。
 その上こちらは地上と同じようには動き回れない。
 日本と同じ感覚でいるとあっさり死ぬだろう。

「じゃ、海を探検してくるぜ」

 出発前に装備の再確認。
 海パン、ゴーグル、蓋の付いた竹の背負い籠。
 完璧だ。

「さて、この海には何があるかな」

 俺はゴーグルを装着して海に潜った。
 最初は色とりどりの海藻や貝が目に付く。
 毒を持った危ない生き物は見当たらない。
 そこからさらに進むと、予想外の魚を発見した。

 スズキだ。
 それも日本の近くに棲息しているタイプである。
 欧州に棲息しているヨーロッパスズキではない。

(まさかカリブ海に日本のスズキがいるなんて……大発見だ)

 ここのスズキは集団行動が嫌いなようだ。
 数は多いけれど、魚群を形成してはおらず、自由に泳いでいる。
 どの個体も80cm以上の大きさで、脂が乗りまくりだ。
 かなり裕福な暮らしをしているらしい。

(しめしめ、少しいただくとしよう)

 魚を捕まえる方法はいくつかある。
 一般的なのは、銛で突く、釣り上げる、漁獲するの3種類。
 だが、今の俺にそれらの方法を採ることはできない。

 それに、これらの方法は論外だ。
 銛で突くと質が落ちるし、釣り上げるのは時間がかかる。
 漁獲にいたっては多すぎて食べきれない。

 だから俺は独自の方法を採用した。
 それが――手掴みだ。

(ここだ!)

 タイミングを見計らって手を伸ばし、泳いでいるスズキをキャッチ。
 素早く背負い籠の中に放り込み、籠の蓋を閉める。

 これなら短時間で済むし鮮度を維持することが可能だ。
 ついでに必要な分しか確保しないので食品ロスも防げる。

(おっ? あの魚は……!)

 スズキ以外にも嬉しい魚を発見した。

 カンパチだ。
 スズキと同じく日本で人気の高い魚である。
 刺身からフライまで、幅広い食べ方で楽しめるいい魚だ。

(カンパチも質が高いな)

 ここのカンパチは自由気ままに泳いでいる。
 数は多いが群れていないという点においてスズキと同じだ。
 サイズは平均して1m程。
 見ているだけで涎がこぼれそうになる。

(カンパチもいただいておくか)

 スッと手を伸ばしてカンパチを掴む。
 魚はストレスに弱いので、驚いている間に勝負を決める。
 サッと籠に放り込んで完了だ。

(今日は新鮮な海の魚を堪能できそうだ)

 ここで一度、海面から浮上して呼吸を整える。
 ついでに島からどのくらい離れているかを確認した。

「思ったより距離があるな」

 仲間たちの姿が点になっている。

「戻るとしよう」

 海に潜り、島に向かって泳いでいく。

(せっかくだし貝も貰っておこう)

 ホタテにも手を出すことにした。
 だが、ホタテを手に入れる前に問題が発生する。
 海の王者が迫ってきたのだ。

 シャチである。
 それもただのシャチではない。
 10mを越えるであろう超弩級の大型だ。
 ちなみに、平均的なサイズは6~7mと言われている。

(おいおい、生身でシャチに勝つなんて不可能だぞ)

 シャチは海における最強の生物だ。
 ただ強いだけでなく、並外れた賢さをしている。
 サメやクジラですらシャチの前では相手にならない。

(泳いで逃げ切れるとも思えないし、成り行き任せだな)

 もしもバトルになったら負けは確実だ。
 ヘビー級のプロボクサーに小学生が挑むような展開になる。
 まだ100頭のヒグマと戦わされるほうが勝算があるだろう。

(さぁどうなる!?)

 いよいよシャチが俺の傍にやってきた。
 だが、攻撃を仕掛けてはこない。
 周囲をグルグル回っている。

(悩んでいるわけか)

 人間を見るのが初めてなのだろう。
 だから、このシャチは判断に困っている。
 敵なのか味方なのか、強いのか弱いのか。
 食えるのか、食えないのか。
 賢いからこそ、無鉄砲に戦いを挑むことはない。

(これは好機だな)

 シャチと仲良くなることにした。
 竹の籠を開けてスズキを取り出し、それをシャチに向ける。

 シャチは警戒しながらも近づいてきた。

(これは友好の証だ、受け取ってくれ)

 目でそう伝えながら頷く。
 これが通じたかは不明だが、シャチはスズキを食べた。
 80cmもあるスズキが、イワシのようなノリでペロリと平らげられる。
 間近で見ると凄まじい迫力だ。

(人間は仲間、人間は仲間、人間は仲間ァ!)

 強烈な念をシャチに飛ばす。
 ここでシャチがどう動くかによって、その後の未来が決まる。

(奇跡的にもスクールカースト最上位の美少女たちと仲良くなれたんだ。ここで俺の人生を終わらさないでくれよ。お前も独り者なら分かるだろ!?)

 目で訴えかけ続ける俺。

 それに対して、シャチが答えを出す。
 ゆっくりと近づいてきて、そして、頬ずりをしてきた。

 成功だ!
 シャチは俺のことを仲間と見なした。

(ありがとう、シャチ岡さん!)

 俺はこのシャチを「シャチ岡さん」と命名した。
 敬意の念を込めてさん付けである。

 シャチ岡さんは俺のすぐ下でピタリと止まった。
 どうやら「背中に乗せてあげる」と言っているようだ。
 違ったら殺されるだろうけれど、なぜだか大丈夫な気がした。

(乗せてもらうよ! シャチ岡さん!)

 シャチ岡さんの背中に跨がる。
 それから「GO!」と念じながらホタテの場所を指す。

 次の瞬間、シャチ岡さんが動いた。
 ホタテに向かって突っ込んでいく。

(うおおおおおおおおお! やべぇぇぇぇぇぇ!)

 とんでもないスピードだ。
 あまりの圧で頭が首から外れるかと思った。

(ありがとう! シャチ岡さん!)

 人数分のホタテを回収し、ついでに2匹のスズキも捕獲。
 1匹目をシャチ岡さんにプレゼントして、2匹目を籠に入れた。

(ここでいいよ!)

 そんな意味を込めてシャチ岡さんの体を叩く。

 シャチ岡さんが動きを止めた。
 それから俺の横に移動して頬ずりしてきた。
 完全に意思の疎通を図れている。
 もはや俺たちの間に言葉は不要だった。

(ありがとう、シャチ岡さん! またいつか!)

 シャチ岡さんに別れを告げ、俺は陸に戻った。
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