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017 ワニの解体

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 ワニの攻撃方法は2種類ある。

 1つは噛み付き。
 強靱な顎の力で、ひとたび噛みつくと絶対に離さない。
 噛んだ状態で横に回転する〈デスロール〉との組み合わせは強烈だ。
 大型のクマがワニに狩られた事例だってある。
 ワニの主な攻撃方法がコレだ。

 だが、俺が警戒しているのはもう1つの攻撃。
 ――尻尾による薙ぎ払いだ。
 前方の巨大ワニに尻尾で薙ぎ払われた場合、死は免れない。
 一撃で全身の骨がバキバキに折れ、内臓が漏れなく潰れるだろう。
 防御は不可能だ。

「ワニのくせに突っ込んで来やがって!」

 ワニは見かけに反して慎重だ。
 戦法は奇襲を好むし、真正面から人を襲うことは滅多にない。
 なかでもアリゲーター種は人間を恐れることで知られている。
 相手の巨大ワニが好戦的なのは規格外の大きさだからだろう。

「コイツで動きを止めてやる!」

 足下の石を拾い、ワニに向かって投げた。
 石は真っ直ぐ飛んで、ワニの左目に命中する。
 左目が潰れ、そこから大量の血が流れ出した。

「ググゥ」

 ワニが怯んだ。
 どれだけ頑強な皮膚をしていようと、目は関係ない。

「チャンス!」

 ここが勝負所と判断した俺は一気に距離を詰める。
 そして、ワニの右目に右ストレートを叩き込んだ。

「グァァァ!」

 これで右目も粉砕。
 血の涙が派手に飛び散る。

「これでトドメだ!」

 フィニッシュブローはかかと落としだ。
 巨大ワニの大きな脳天に全力の一撃を食らわせる。

「グァ……」

 ワニが機能停止に陥った。
 動きを完全に止めてその場に伏せている。
 それでも俺は気を抜かない。

「念には念を入れておかないと……なァ!」

 かかと落としと同じ角度で脳天に右ストレート。
 ワニの顔面が地面に陥没した。
 これで確実に息の根を止めただろう。

「危なかったぜ……」

 ふぅと安堵の息を吐く。

「すご! すごすぎだろ刹那!」

 沙耶が駆け寄ってくる。

「どこが100回に1回しか勝てないだよ! 楽勝じゃんか!」

 彼女は俺の背中をバシバシ叩きながら歓声を上げる。

「楽勝なんかじゃないよ」

 俺は苦笑いを浮かべた。

「一発でも攻撃をもらってたら俺の負けだったんだぜ」

「そうなの!?」

「これほどの巨大ワニだからな。攻撃力は尋常じゃない。先手必勝が上手く決まったから勝てたけど、毎回こんな感じに勝てるとは限らないぜ」

「そうだったんだ!? てっきり実は余裕なのかと!」

「いやいや、大接戦と言っても過言じゃないぜ。相手は遥かに格上だからな」

 これ以上の長話は避けたいので、「とにかく」と話を進める。

「今日の晩ご飯にワニの肉も追加だな」

「もしかしてその大きなワニをラフトまで運ぶつもり!?」

「もちろん。これだけの上物を食わないなんて罰当たりだぜ」

 俺は竹の籠を背負うと、ワニの尻尾を掴んだ。

「さ、行こうか」

 スタスタと移動を再開する。

「当たり前のように巨大ワニを運んでる……化け物かよぉ……」

 沙耶は俺の力に驚いていた。

 ◇

 川沿いに進んでラフトに近づく。
 適当なところで足を止めた。
 ナマズの泥抜きをするとしよう。

「この辺でいいな。竹筒を固定するぞ」

「了解!」

 沙耶が持っている竹筒の紐を伸ばす。
 左右の紐がきっちり両岸に届いた。

「この紐に重石を載せれば……完成だ!」

 説明しながら作業を終える。

「あとは放置しておくだけでいいの?」

 川に浮かぶ竹筒を眺めながら、沙耶が尋ねてきた。

「その通りだ」

「了解! 早く食べたいなぁ、ナマズ!」

「数日後のお楽しみだな。今日の主役は魚だろ?」

「そうだった!」

 沙耶は抱えている竹の籠に目を落とす。
 血抜きの済んでいるイワナを見てにんまり笑った。

「今日の主役はこのあたしだー! あたしが魚を釣ったって知ったら、陽葵と凛はきっと驚くだろうなぁ。あー、早く2人の驚く顔が見てみたい!」

「実に楽しみだな」

「うん!」

 沙耶はこの上なく上機嫌だった。
 この時は、まだ。

 ◇

 ラフトに戻って数分で沙耶は不機嫌になった。
 その理由は――。

「こんなに大きなワニを素手で倒したの!? 刹那君、すごい!」

「ワニって素手で倒すことできるんだ? 刹那だからできたのかな」

 陽葵と凛がワニばかり見ているからだ。

「あたしだって魚を釣ったんだよ!? すごいっしょ!?」

 沙耶は自分の功績をアピールする。
 しかし、陽葵と凛にはそれほど響かなかった。

「たしかにすごいけど……」

「刹那のワニに比べるとインパクトが弱いかも」

 当然ながら俺に非はない。
 それでも沙耶の矛先は俺に向く。

「刹那の馬鹿野郎! ワニのせいであたしが主役じゃないじゃんか!」

「そんなことを言われても……」

「もういい! 刹那には魚抜きだ! 刹那の魚はあたしが食べる!」

「えー、俺もイワナを食いたいのだが」

「やだ! 絶対にあげない!」

 俺だけイワナにありつけないことが決まった。
 理不尽である。

「ところで、この巨大ワニはどうやって食べるの?」

 凛が訊いてきた。

「とりあえずウサギと同じ要領で捌くところからだな」

 と答えて、波打ち際にワニを運ぶ。
 今回は凛だけでなく全員がついてきた。
 ブタ君も一緒だ。

「流石にこのサイズのワニを放り投げることはできないから……」

 俺は地面にワニを置いた状態で解体する。
 研ぎ澄まされた手刀によって、皮、可食部、その他に分けた。
 ウサギの時とは違い、解体するのに1分ほどかかる。

「出たよ刹那の超速解体」と凛。

「速すぎて何が何やら分からなかったよ」

「刹那、マジでヤベー!」

 巨大ワニの解体ショーに興奮する美少女たち。

「今回も皮や可食部とその他に分けているんだよね?」

 確認してきたのは凛だ。

「そうだけど、それがどうした?」

「なんだか多くない? 可食部」

「多いよ。ワニの肉って国によっては普通に食べられているからね」

 凛が興味深そうに可食部の肉を眺めている。
 せっかくだから各部位について説明しておこう。

「これが舌――タンね。牛タンならぬワニタンだ」

「ワニタンってなんだか可愛い響き」と陽葵。

 それに対して沙耶が「ワニたん!」と可愛らしく言った。

「そしてこれは……見たまんまの手足だ」

 ワニの可食部としては最も有名である。

「次にこれらの肉だな」

 今度の肉はいくつかの種類がある。
 凛の作った竹の籠にまとめて放り込んでから見せた。

「全部まとめてボンレスだ」

「ボンレスハムのボンレス?」と沙耶。

「その通り。ボンレスは骨のない部分を指している」

「特定の部位の名前じゃなかったんだー! 知らなかった!」

 これで残すは2種類。

「これは……何か分かるよな?」

 手足に続いて特徴的な部位を掴む。

「「「尻尾!」」」

 3人は揃って答えた。

「その通り。尻尾テールは手足と同じくらい有名な可食部だ。アメリカだとここが最も好まれているんだ」

「尻尾が一番美味しいの?」

 沙耶の質問に「どうだろうな」と答えつつ、最後の部位を持つ。

「個人的にはこっちのほうが美味いと思うぜ」

「そうなの? それはどこの部位?」

「背中付近だ。牛なら『サーロイン』と呼ばれている」

「サーロインステーキだ!」

「そう、これはワニのサーロインステーキだ」

「なんか説明を聞いていたら食べたくなってきたよ!」

 沙耶がよだれをじゅるじゅるさせる。
 凛と陽葵も激しく頷いた。

「御託はこのあたりにして食うとするか」

「「「おー!」」」

 俺たちは手分けしてバラしたワニを運ぶ。
 皮と可食部だけでも結構な重さだった。
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