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009 異種族コミュニケーション
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川にはたくさんの白い花が咲いている。
俺はその内の1つを丁寧に引き抜き、根茎を陽葵に見せる。
すると、彼女の表情はたちまちパッと明るくなった。
「ワサビだ!」
「正解!」
俺の探していたアレとはワサビである。
「ワサビにも種類があるんだけど、これはいわゆる『本ワサビ』と呼ばれるものだ」
「高い方のワサビだよね!? あんまり辛くなくて」
「そうそう。高い料亭なんかでよく使われる代物だ」
本ワサビは極めていい水質の川にしか自生していない。
「ここの川はすごく綺麗だからあるかもしれないと思ってな」
「刹那君は自然のことに詳しいなー」
「少し前まで本気で神と戦う日を想定していたからな。インフラを潰されても生きていけるように鍛えていたんだ」
「拗らせた中二病の賜物ってこと?」
「要するにそういうことだ」
陽葵は口に手を当て「あはは」と笑う。
「それにしてもワサビが花だなんて知らなかったよ」
「驚くことに花や葉の部分も食うことができるんだぜ」
「えっ! そうなの!?」
「これも高い料亭だとお馴染みだ。主におひたしや天ぷらで食べる」
「じゃあ、焼いて食べてもあんまりかな?」
「たぶん焼くと燃え尽きて消えるぞ」
「それもそっか!」
喋りながら本ワサビを抜いていく。
抜きすぎても使い切れないのでほどほどに。
「わざわざワサビを探していたのは、料理の味に変化をつけたいから?」
「それもある。焼き料理に本ワサビって相性のいい組み合わせだからな」
ここでの生活において最大の難点が食事だ。
主食はシイタケをはじめとするキノコ類。
色々なキノコを食べるが、どれも味や触感が似ている。
調味料が不足しているので薄味もいいところだ。
一応、焼く前後で海水に浸して塩味を強めるが効果は弱い。
「それもあるってことは……他にもなにかあるの?」
「一番の理由は食中毒予防さ」
「食中毒!?」
陽葵は驚きのあまり目をカッと開いた。
「ワサビには抗菌作用があって、食中毒菌の増殖を抑制してくれるんだ」
「そうなんだ!」
「俺たち日本人の体はデリケートだから可能な限りいたわってやらないとな」
「刹那君は詳しいだけじゃなくて色々と考えているんだね。すごいなぁ」
「いやぁ、ダメダメだよ」
今の俺はまんざらでもない表情をしているだろう。
自分でもニヤけている自覚があるので、傍から見れば酷いはずだ。
すごいすごいと言われて上機嫌である。
「さて、ワサビを回収したし戻るとするか」
「うん!」
「ウホッ!」
「「えっ」」
俺と陽葵が同時に反応する。
俺たちは振り返り、声の方向を見た。
なんと大人のゴリラが立っているではないか。
「ゴ、ゴリラだよ! 刹那君、ゴリラ!」
「俺は人間だ」
「冗談を言ってる場合じゃないよ! ゴリラがいるよ!」
大きなゴリラに恐怖する陽葵。
彼女の大きな声にゴリラも恐怖している。
「ウホ! ウホウホ!」
自分の胸をバシバシ叩くゴリラ。ドラミングだ。
肌を突き刺すようなピリピリした空気が漂っている。
まさに一触即発の状況だ。
「まずいよ刹那君、ゴリラが胸を叩いてる! アレって戦いの合図だよ! 前にテレビでやってた! 私たち襲われちゃうよ!」
この発言に、俺は「ふっ」と笑った。
「これもメディアの弊害ってやつか……」
「え? 違うの!?」
「ドラミングが戦闘の合図ってのは誤った情報――古い考え方だ」
「そうなの!?」
「その証拠があのゴリラだ。見ろよ、襲ってこないだろ?」
「たしかに」
ゴリラはドラミングをしながら俺たちを睨んでいる。
だが、突っ込んでくる気配は見られなかった。
「ゴリラは基本的に平和主義なんだ。ドラミングには色々な意味があるが、今回の場合は戦闘開始の合図じゃなくて、『俺は戦闘をしたくない、だから失せろ』という意思表示だ」
「そうなんだ。そう言われると、なんだかゴリラに対する恐怖が薄れてきたかも」
「とはいえ、戦闘になると危険な存在だぞ。人間とは筋肉の質が違う。ま、倒したところで食えたもんじゃないし、これ以上の刺激は控えて撤退するとしよう」
「うん!」
俺は胸元で小さく手を振り、「またな」と離れていく。
「ばいばい、ゴリラさん!」
陽葵も笑顔で別れを告げる。
その際、彼女はゴリラを真似てドラミングを行った。
彼女のボインちゃんがボインボインと手を弾く。
それは実に眼福な光景だが、俺は顔を真っ青にして怒鳴った。
「馬鹿野郎! なにしてんだ!」
「えっ」
「ドラミングにドラミングで返すんじゃない!」
「だ、ダメなの!? 私も戦う気ないよってアピールしたつもりだったんだけど……」
「相手は絶対にそんな風に捉えないぞ」
という俺の発言は正解だった。
「ウホオオオオオオオオオ!」
ゴリラが怒り狂って迫ってきたのだ。
「な、なんで!? なんでぇ!?」
「下がっていろ」
陽葵を後ろにする。
何歩か前に出てゴリラと対峙した。
「ウホオオオオオオオ!」
ゴリラは俺の手前で跳躍、ジャンピングタックルを繰り出す。
「すまんな、恨みはないが倒させてもらうぜ。殺しはしないから安心しろ」
俺は体を伏せ、ゴリラの腹部にアッパーを決める。
「ゴボッ」
真っ直ぐ飛んでいたゴリラの体が、ふわりと上に浮いて止まる。
そこへ追撃の回し蹴りを放ち、ゴリラの顔面に蹴りをぶちかました。
ドスンッ!
吹き飛んだゴリラが数メートル先の木に激突する。
死んではいないものの、衝撃によって意識を失ったようだ。
「ウホッ、ウホホ!」
「ウホホホホー!」
木々の上で様子を見ていた子供のゴリラが大慌てで逃げていく。
「すごい……!」
「感心している場合じゃない。今すぐ離脱だ」
俺は陽葵の手を取り歩き始めた。
早足でゴリラの縄張りをあとにする。
「刹那君、私、な、なにをしちゃったの?」
陽葵が目に涙を浮かべて訊いてくる。
よかれと思ってしたことが裏目に出てショックなのだろう。
「ドラミングに対してドラミングで返すのこそ戦闘開始の合図なんだ」
「そうなの?」
「相手のゴリラは『ここは俺の縄張りだ。立ち去れ』みたいな意味でドラミングをしていたわけだ。それに対して、陽葵も同じセリフを返した。つまり『立ち去るのはお前のほうだバカタレ』と言ったわけだ」
「そうだったんだ……」
彼女の目に溜まっていた涙がこぼれ落ちる。
俺は立ち止まり、指でその涙を拭ってあげた。
「さっきはきつい言い方をしてごめんな」
「私のほうこそ……ごめんなさい……うぐっ」
「気にするな。陽葵が無事ならそれで問題ない」
「刹那君……」
再び歩きだす俺たち。
俺は空を眺めながら呟いた。
「難しいよな、異種族とのコミュニケーションって」
俺はその内の1つを丁寧に引き抜き、根茎を陽葵に見せる。
すると、彼女の表情はたちまちパッと明るくなった。
「ワサビだ!」
「正解!」
俺の探していたアレとはワサビである。
「ワサビにも種類があるんだけど、これはいわゆる『本ワサビ』と呼ばれるものだ」
「高い方のワサビだよね!? あんまり辛くなくて」
「そうそう。高い料亭なんかでよく使われる代物だ」
本ワサビは極めていい水質の川にしか自生していない。
「ここの川はすごく綺麗だからあるかもしれないと思ってな」
「刹那君は自然のことに詳しいなー」
「少し前まで本気で神と戦う日を想定していたからな。インフラを潰されても生きていけるように鍛えていたんだ」
「拗らせた中二病の賜物ってこと?」
「要するにそういうことだ」
陽葵は口に手を当て「あはは」と笑う。
「それにしてもワサビが花だなんて知らなかったよ」
「驚くことに花や葉の部分も食うことができるんだぜ」
「えっ! そうなの!?」
「これも高い料亭だとお馴染みだ。主におひたしや天ぷらで食べる」
「じゃあ、焼いて食べてもあんまりかな?」
「たぶん焼くと燃え尽きて消えるぞ」
「それもそっか!」
喋りながら本ワサビを抜いていく。
抜きすぎても使い切れないのでほどほどに。
「わざわざワサビを探していたのは、料理の味に変化をつけたいから?」
「それもある。焼き料理に本ワサビって相性のいい組み合わせだからな」
ここでの生活において最大の難点が食事だ。
主食はシイタケをはじめとするキノコ類。
色々なキノコを食べるが、どれも味や触感が似ている。
調味料が不足しているので薄味もいいところだ。
一応、焼く前後で海水に浸して塩味を強めるが効果は弱い。
「それもあるってことは……他にもなにかあるの?」
「一番の理由は食中毒予防さ」
「食中毒!?」
陽葵は驚きのあまり目をカッと開いた。
「ワサビには抗菌作用があって、食中毒菌の増殖を抑制してくれるんだ」
「そうなんだ!」
「俺たち日本人の体はデリケートだから可能な限りいたわってやらないとな」
「刹那君は詳しいだけじゃなくて色々と考えているんだね。すごいなぁ」
「いやぁ、ダメダメだよ」
今の俺はまんざらでもない表情をしているだろう。
自分でもニヤけている自覚があるので、傍から見れば酷いはずだ。
すごいすごいと言われて上機嫌である。
「さて、ワサビを回収したし戻るとするか」
「うん!」
「ウホッ!」
「「えっ」」
俺と陽葵が同時に反応する。
俺たちは振り返り、声の方向を見た。
なんと大人のゴリラが立っているではないか。
「ゴ、ゴリラだよ! 刹那君、ゴリラ!」
「俺は人間だ」
「冗談を言ってる場合じゃないよ! ゴリラがいるよ!」
大きなゴリラに恐怖する陽葵。
彼女の大きな声にゴリラも恐怖している。
「ウホ! ウホウホ!」
自分の胸をバシバシ叩くゴリラ。ドラミングだ。
肌を突き刺すようなピリピリした空気が漂っている。
まさに一触即発の状況だ。
「まずいよ刹那君、ゴリラが胸を叩いてる! アレって戦いの合図だよ! 前にテレビでやってた! 私たち襲われちゃうよ!」
この発言に、俺は「ふっ」と笑った。
「これもメディアの弊害ってやつか……」
「え? 違うの!?」
「ドラミングが戦闘の合図ってのは誤った情報――古い考え方だ」
「そうなの!?」
「その証拠があのゴリラだ。見ろよ、襲ってこないだろ?」
「たしかに」
ゴリラはドラミングをしながら俺たちを睨んでいる。
だが、突っ込んでくる気配は見られなかった。
「ゴリラは基本的に平和主義なんだ。ドラミングには色々な意味があるが、今回の場合は戦闘開始の合図じゃなくて、『俺は戦闘をしたくない、だから失せろ』という意思表示だ」
「そうなんだ。そう言われると、なんだかゴリラに対する恐怖が薄れてきたかも」
「とはいえ、戦闘になると危険な存在だぞ。人間とは筋肉の質が違う。ま、倒したところで食えたもんじゃないし、これ以上の刺激は控えて撤退するとしよう」
「うん!」
俺は胸元で小さく手を振り、「またな」と離れていく。
「ばいばい、ゴリラさん!」
陽葵も笑顔で別れを告げる。
その際、彼女はゴリラを真似てドラミングを行った。
彼女のボインちゃんがボインボインと手を弾く。
それは実に眼福な光景だが、俺は顔を真っ青にして怒鳴った。
「馬鹿野郎! なにしてんだ!」
「えっ」
「ドラミングにドラミングで返すんじゃない!」
「だ、ダメなの!? 私も戦う気ないよってアピールしたつもりだったんだけど……」
「相手は絶対にそんな風に捉えないぞ」
という俺の発言は正解だった。
「ウホオオオオオオオオオ!」
ゴリラが怒り狂って迫ってきたのだ。
「な、なんで!? なんでぇ!?」
「下がっていろ」
陽葵を後ろにする。
何歩か前に出てゴリラと対峙した。
「ウホオオオオオオオ!」
ゴリラは俺の手前で跳躍、ジャンピングタックルを繰り出す。
「すまんな、恨みはないが倒させてもらうぜ。殺しはしないから安心しろ」
俺は体を伏せ、ゴリラの腹部にアッパーを決める。
「ゴボッ」
真っ直ぐ飛んでいたゴリラの体が、ふわりと上に浮いて止まる。
そこへ追撃の回し蹴りを放ち、ゴリラの顔面に蹴りをぶちかました。
ドスンッ!
吹き飛んだゴリラが数メートル先の木に激突する。
死んではいないものの、衝撃によって意識を失ったようだ。
「ウホッ、ウホホ!」
「ウホホホホー!」
木々の上で様子を見ていた子供のゴリラが大慌てで逃げていく。
「すごい……!」
「感心している場合じゃない。今すぐ離脱だ」
俺は陽葵の手を取り歩き始めた。
早足でゴリラの縄張りをあとにする。
「刹那君、私、な、なにをしちゃったの?」
陽葵が目に涙を浮かべて訊いてくる。
よかれと思ってしたことが裏目に出てショックなのだろう。
「ドラミングに対してドラミングで返すのこそ戦闘開始の合図なんだ」
「そうなの?」
「相手のゴリラは『ここは俺の縄張りだ。立ち去れ』みたいな意味でドラミングをしていたわけだ。それに対して、陽葵も同じセリフを返した。つまり『立ち去るのはお前のほうだバカタレ』と言ったわけだ」
「そうだったんだ……」
彼女の目に溜まっていた涙がこぼれ落ちる。
俺は立ち止まり、指でその涙を拭ってあげた。
「さっきはきつい言い方をしてごめんな」
「私のほうこそ……ごめんなさい……うぐっ」
「気にするな。陽葵が無事ならそれで問題ない」
「刹那君……」
再び歩きだす俺たち。
俺は空を眺めながら呟いた。
「難しいよな、異種族とのコミュニケーションって」
応援ありがとうございます!
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