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028 復讐計画とは

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 翌日、朱里は結衣の家に来ていた。
 外では人目があるということで結衣が呼んだ。

 結衣からすると、朱里に住所を知られたくなかった。
 いかにも芸能界の与太話が好きそうなカスだからだ。

 しかし、この女と外で打ち合わせをするのは危険だとも思った。
 家に呼んだのはやむを得なかったからに他ならない。

「女の子の部屋みたいですね」

 結衣の部屋は、朱里が思っているよりも可愛らしかった。
 ぬいぐるみがあり、ベッドシーツは白とピンクを基調とした柄物だ。
 もっとシックで大人びた空間かと思っていた。

「そりゃ女の子だからね。朱里は吉川と同い年なんでしょ。つまり私とは1歳差なわけ。だったら、こういう部屋でも普通でしょ」

 結衣はダイニングテーブルに朱里をつかせる。
 その向かいに自らも座り、「それより」と切り出す。

「復讐方法の検討をしようか」

「はい」

「じゃあ、朱里が事前に考えておいた策を聞かせてちょうだい。それを私が実行できるかどうか判断するから」

「分かりました」

 朱里は懐から紙を取り出した。
 折りたたまれたもので、開くと復讐の案が書いてある。

 思ったよりたくさん考えてきたな、と結衣は思った。

「住所の暴露はどうでしょうか? 結衣さんだったら二人の住所を突き止めることができますよね。それをネットに公開するんです」

「意味ないわ。引っ越しすれば終わりだから。芸能人はそういうのに慣れているのよ。もっとも、あの二人の場合は引っ越しすら必要ないわよ。バレても大丈夫なようにセキュリティの強固な所に住んでいるから」

「じゃあ住所の暴露は駄目ですね」

「ネットを使うなら捏造の書き込みのほうが効くんじゃない?」

「やったけど通用しませんでした」

「それは貴方の書き込み内容が業界人ぽくないからじゃないの?」

 朱里はむっとした。

「だったら結衣さんが書き込み内容を考えて下さいよ。私がそれをそのまま掲示板に書きますから」

「分かったわ。じゃあ――」

 結衣がペラペラとネタを話す。
 芸能業界に長くいただけあり、リアリティに溢れていた。

「書き込みますよ?」

「やってちょうだい」

 朱里は躊躇うことなく書き込みボタンを押した。
 初めて雪穂の悪口を書き込んだ時、彼女はこのボタンを押すまでに1時間も悩んだ。心臓がバクバクして、不安で不安でたまらなかった。
 次の書き込みでも30分は悩んだ。
 今ではノータイムである。

「返事が来ました」

「ネットって本当に早いんだね」

 結衣はネットのことをよく知らない。
 PCの操作は論外として、スマホのことも分からなかった。
 スマホですることといえばラインか動画の視聴くらいなもの。
 SNSはマネージャーに任せていた。

「これが返事ですよ」

 朱里が書き込みについた反応を見せる。
 冷めたものばかりであった。
 大吉や雪穂の絶対的な人気を痛感する。

「本当に通用しないわね……」

「週刊誌にたれ込むってのはどうですか?」

 言ったのは朱里だ。

 結衣は「週刊誌?」と首をかしげる。

「結衣さんは業界のことに詳しいですよね。それにあの二人と同じ事務所だった。だったら何かしらのネタは握っているんじゃないんですか?」

 朱里が興奮気味に言う。
 我ながら名案だ、と彼女は思っていた。

 しかし結衣は「ふん」と鼻で笑う。

「それが出来たら苦労しないわよ」

「じゃあ、何もないんですか?」

「高峯さんのプロ意識の高さは相当だからね。一般人が思う以上にあの子は徹底しているもの。週刊誌にたれ込むネタなんか微塵も作らないわよ」

「だったら大吉を――」

「吉川大吉も無理。あの男はそもそも業界に染まっていないから。芸能人の友達がいるって話を聞いたことがないし、知っての通り高峯さん以外の女には一切の関心を持っていない。だから女関係のボロも絶対に出ない。プロ意識が高いかどうかは分からないけど、隙がないのは確かよ」

「じゃあ、裏垢とかないんですか?」

「裏垢って?」

「トゥイッターとかSNSの個人アカウントのことですよ。芸能人はマネージャーとかと一緒に公式アカウントで情報を発信するけど、それとは別に一般人を装った個人用のアカウントもあるって言うじゃないですか」

 結衣は「あー」と理解した。
 たしかにそういう話を聞いたことがある。

「それも無理よ。あの二人……というか、ウチの事務所はSNS周りの扱いはすごくうるさいから。個人でSNSをすること自体が契約で禁止されているから。SNSをしたい時は、事務所の用意した公式アカウントを使わなければならない。それだって発信前にマネージャーの許可が必要なのよ。で、あの二人が契約に違反することはないから、裏垢とやらは絶対にないと断言できるわ」

「じゃあ残っているのはコレしかないじゃないですか」

 朱里が一番下の項目を指す。
 そこには「悪い男を使って拉致」と書いてあった。

「ドラマの観すぎでしょ」

 結衣が口に手を当てて笑う。
 それから真顔で言った。

「ぶっちゃけやろうと思えばできるけど、絶対にオススメしない」

「どうしてですか?」

「朱里はゴシップとか好きそうだし聞いたことあると思うけど、芸能界って裏社会ともそれなりに繋がりがあるんだよね」

「ヤ、ヤクザですか?」

「まぁそういうの。もちろん直接取引しているわけじゃないよ。ただ、何かあった時のツテとして、誰かしらはそういう組織に連絡がつけられる業界なのよ。持ちつ持たれつって言うのかな。だからオススメしない。拉致を依頼したってバレただけで何をされるか分からないからさ」

「じゃあ、結衣さんがされて一番嫌だった嫌がらせってなんですか?」

「んー、家のドアノブに使用済みの避妊具が掛けてあったことかな」

「うわぁ……。でも、それいいですね。それにしましょうよ!」

 結衣が「だからぁ」と呆れる。

「あの二人のマンションは厳重なんだって。カメラがいっぱいあるから、バレずに悪戯なんて無理だよ。絶対にバレる」

「いいじゃないですか。バレたって」

「えっ」

「私は雪穂に、結衣さんは大吉に人生を壊されたんですよ。なのに、私達の人生を壊したあの二人は幸せに過ごしている。こんな悔しいことないじゃないですか。互いに落ちるところまで落ちたわけですし、ここから巻き返すなんてどうやったって無理。だったら足を引っ張ってやりましょうよ! あの二人の! 死なば諸共、道連れですよ!」

 朱里はヒートアップしていた。
 アレコレ話している間に気が乗ってきたのだ。
 少し楽しいとさえ思っていた。

「たしかに……そうね……」

 朱里の言葉は結衣に響いた。

「私の芸能生活は終わった。戻ることはできない。こんな人生、ないのも同じだわ。朱里の言う通り巻き返すのも不可能。だったら、未練なんかない」

「そうですよ! 一緒に嫌がらせしてやりましょう!」

「分かったわ、でも――」

 結衣がニヤリと笑う。

「――どうせ逮捕されるなら、もっと派手にやりましょ」
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