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003 ライオン
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見間違いかと思った。
しかし見間違いではなかった。
俺たちの前に現れたのはまごうことなきライオンだ。
それもふさふさのたてがみを生やした成獣のオスである。
「なんでここにライオンが!?」と伊織。
正確にはここにライオンがいてもおかしくはない。
なぜならここがどこか俺たちは分かっていないからだ。
(そうは言っても、さっきの小屋は明らかに日本人の住居だ。それに俺たちが島に漂着した経緯を考えてもここは日本領の可能性が高い。野生のライオンがいるなどありえない……!)
ありえないことだが、ありえてしまっている。
「ガルルァ!」
再び威嚇の咆哮を繰り出すライオン。
直ちに襲ってこないのは人間を警戒しているからだろう。
「二階堂、ライオンから目を逸らさずに下がろう」
戦うという選択肢はない。
なにせ俺たちは素手なのだから。
武器になり得る斧や鉈は小屋に置いてきていた。
であれば、するべきことはクマに遭遇した時と同じである。
「怖いよ、一ノ瀬君……」
「いざとなったら俺を盾にして小屋に逃げ込め!」
俺は伊織の前で両手を広げながらじわじわと後退する。
伊織は俺のシャツの裾を掴んで震えていた。
「ガルルァ!」
「うるせー! 喚くならかかってこいよ! クソライオンが!」
吠え返す俺。
セリフは挑発的だが、相手には理解できないので問題ない。
俺が吠えるのは威嚇のためだ。
(おそらく奴は襲ってこないはず)
このまま後退すれば戦わずに済むという自信があった。
その理由は、ライオンが自ら姿を現したからだ。
百獣の王と言われるライオンだが、好む戦法は不意打ちだ。
正面から近づいてきたのは俺たちを追い払うためだろう。
「俺様の縄張りに近づくんじゃねぇ」と言いたいわけだ。
「俺はハンバーグが好きだ! 寿司も好きだ!」
適当なことを叫ぶ。
「な、何を言っているの!? 一ノ瀬君」
「大きな声を出して奴を威嚇しているんだ。内容に意味はない」
「なるほど……じゃあ私も!」
伊織は大きく息を吸い込み、そして――。
「私もお寿司が大好きだぁあああああああああ!」
――ライオンに向かって好きな食事をアピールする。
「ガルルァ……!」
ライオンは唸りながら少しだけ後退。
距離を詰めてこようとはしない。
「あと少しだ! 伊織、叫ぶぞ!」
「……! うん、分かった!」
「ニンニクマシマシ! ヤサイもマシマシ! アブラもマシマシ!」
「さっき一ノ瀬君が私のことを名前で呼んだぁああ!」
思い思いのことを叫び続ける。
結果、俺たちは無事に森を抜け出した。
ライオンはこちらに背を向けて去っていく。
「「ふぅ」」
二人して安堵の息を吐く。
「どうにか助かったな……!」
「また雅人君が活躍したね!」
「え?」
驚く俺。
「あれ? 一ノ瀬君の下の名前、雅人じゃなかった?」
「そうだけど、何で急に名前で……?」
「一ノ瀬君が先に名前で呼んだんじゃん。私のことを伊織って」
「本当に?」
必死過ぎて覚えていなかった。
「だから私も雅人君って呼んでみたけど……ダメだった?」
伊織が上目遣いで見てくる。
「ダメじゃない! そんな、ダメなことないよ! むしろウェルカム!」
「あはは、ならよかった!」
「その、俺もこれから、伊織って呼んでもいい……?」
普段なら言えないようなことを言えてしまう。
ライオンとの一件で心臓がバクバクしているからだろう。
人は興奮すると勇気が出るものだ。
「もちろん! 名前で呼んでもらえて嬉しかったよ」
伊織がニコッと微笑んだ。
(あ、天使だ)
彼女の笑顔を見た俺は、一瞬で惚れてしまった。
◇
井戸水で喉を潤し、ひとまず小屋に戻った。
「どうやらあっち側の森は危険で、こっち側は安全ぽいな」
あっち側とはライオンが出たほうを指す。
逆にこっち側とは最初に通った森のこと。
「もしかしたらこっち側も危険かもしれないけどね」
「その可能性はある。だから今後は鉈を持ち歩こう」
「じゃあ私は斧で!」
と、伊織は薪割り斧を持つ。
しかし、すぐに道具箱に戻した。
「どうした?」
「思ったより重くて振り回せそうになかったからやめた!」
「なるほど。じゃああとで槍を作るか」
「作れるの!?」
「そりゃ槍くらいなら作れるよ。鉈があるんだし」
「すごっ!」
「たぶん伊織が想像しているような代物じゃないぞ。適当な木の枝の先端を斜めにカットして尖らせるだけだ。そのままでもいいが、火で炙って硬化させるのがベストだな」
ここで伊織が「あ!」と何やら気づいた。
「そういえば火はどうするの? 狼煙を上げるには火が必要になるよね」
「その点は問題ないと思う」
「まさか雅人君、昔ながらの火熾しができるの!? 木の棒を使うやつ!」
「実はそうなんだ……と言いたいが、もちろんそんな芸当はない」
「えええ、じゃあどうするの!?」
「コイツを使う」
俺は道具箱から金属の棒と板がセットになったアイテムを取り出した。
「なにそれ?」
「ファイヤースターターさ。マッチと同じ要領で、金属の板で棒を擦る。すると火花が出る仕組みだ。故にメタルマッチとも呼ばれている」
試しにシンクでファイヤースターターを使ってみた。
軽く擦っただけでバチバチっと大量の火花が出る。
「うわ、すごい!」
「そんなわけで火熾しは問題ない。休憩も済んだし、狼煙を上げるか」
「了解!」
俺たちは小屋を出た。
念のためライオンと遭遇した方角を確認する。
「俺たちが近づかない限り問題なさそうだな」
「怖いからもう二度とあっちの森には行かないもん!」
「同感だ」
俺たちは小動物がたくさんいる森に移動した。
そこで燃料になりそうな枯れ草や小枝を集める。
さらに狼煙用として適当な葉っぱも回収。
「これだけありゃ十分だろう」
集め終わった材料を小屋の前に置く。
かつては畑だったであろう枯れ果てた土の上だ。
ここなら炎が他に移って大惨事になることはない。
「まずは焚き火をこしらえないとな」
小枝や枯れ草を束ね、そこにファイヤースターターで火花を送る。
特に労することなくあっさり火がついた。
「火が持続するように太めの枝を追加して……これでよし!」
「あとは葉っぱを燃やすだけだね!」
「おう!」
手分けして焚き火に葉っぱをぶち込んでいく。
すぐに白い煙がもくもくと上がり始めた。
「葉っぱによって煙の量に違いがあるな」
「不思議だねー」
見たところ針葉樹のほうが豪快に煙を出している。
ま、無事に煙が出てくれたので細かいことは気にしない。
「あとは救助が来ることを祈って家で待機するだけだな」
「念のためにあとで食料の調達にいきたいね! リンゴとか!」
「それはいい考えだ。休憩したら行こう」
俺たちは再び小屋に入った。
頻繁に休憩を挟むのはクソみたいな暑さだからだ。
少し動くだけで汗が噴き出してバテバテになる。
乾いたはずの服は既にグショグショだった。
「あつぅい! エアコンがあったらいいのにねー」
布団の上に座って手で顔を扇ぐ伊織。
俺は「だなぁ」と答えて彼女を見る。
それで分かったのだが、彼女の汗で服も湿気っていた。
学校指定の白いシャツが肌に張り付いている。
中の肌着も同じ状態で、下着や地肌が透けていた。
(やばい! このまま直視しているとムラッときてしまう!)
俺は立ち上がり、目を逸らすべくタンスへ向かう。
「そ、そそ、そういえばタンスの中を確認していなかったな!」
適当なことを言いながらタンスの中を調べる。
年相応のイカれた性的欲求を抑えるための行為だ。
しかし、これが功を奏した。
「なんだこれ」
タンスの中に紙が入っていたのだ。
しかし見間違いではなかった。
俺たちの前に現れたのはまごうことなきライオンだ。
それもふさふさのたてがみを生やした成獣のオスである。
「なんでここにライオンが!?」と伊織。
正確にはここにライオンがいてもおかしくはない。
なぜならここがどこか俺たちは分かっていないからだ。
(そうは言っても、さっきの小屋は明らかに日本人の住居だ。それに俺たちが島に漂着した経緯を考えてもここは日本領の可能性が高い。野生のライオンがいるなどありえない……!)
ありえないことだが、ありえてしまっている。
「ガルルァ!」
再び威嚇の咆哮を繰り出すライオン。
直ちに襲ってこないのは人間を警戒しているからだろう。
「二階堂、ライオンから目を逸らさずに下がろう」
戦うという選択肢はない。
なにせ俺たちは素手なのだから。
武器になり得る斧や鉈は小屋に置いてきていた。
であれば、するべきことはクマに遭遇した時と同じである。
「怖いよ、一ノ瀬君……」
「いざとなったら俺を盾にして小屋に逃げ込め!」
俺は伊織の前で両手を広げながらじわじわと後退する。
伊織は俺のシャツの裾を掴んで震えていた。
「ガルルァ!」
「うるせー! 喚くならかかってこいよ! クソライオンが!」
吠え返す俺。
セリフは挑発的だが、相手には理解できないので問題ない。
俺が吠えるのは威嚇のためだ。
(おそらく奴は襲ってこないはず)
このまま後退すれば戦わずに済むという自信があった。
その理由は、ライオンが自ら姿を現したからだ。
百獣の王と言われるライオンだが、好む戦法は不意打ちだ。
正面から近づいてきたのは俺たちを追い払うためだろう。
「俺様の縄張りに近づくんじゃねぇ」と言いたいわけだ。
「俺はハンバーグが好きだ! 寿司も好きだ!」
適当なことを叫ぶ。
「な、何を言っているの!? 一ノ瀬君」
「大きな声を出して奴を威嚇しているんだ。内容に意味はない」
「なるほど……じゃあ私も!」
伊織は大きく息を吸い込み、そして――。
「私もお寿司が大好きだぁあああああああああ!」
――ライオンに向かって好きな食事をアピールする。
「ガルルァ……!」
ライオンは唸りながら少しだけ後退。
距離を詰めてこようとはしない。
「あと少しだ! 伊織、叫ぶぞ!」
「……! うん、分かった!」
「ニンニクマシマシ! ヤサイもマシマシ! アブラもマシマシ!」
「さっき一ノ瀬君が私のことを名前で呼んだぁああ!」
思い思いのことを叫び続ける。
結果、俺たちは無事に森を抜け出した。
ライオンはこちらに背を向けて去っていく。
「「ふぅ」」
二人して安堵の息を吐く。
「どうにか助かったな……!」
「また雅人君が活躍したね!」
「え?」
驚く俺。
「あれ? 一ノ瀬君の下の名前、雅人じゃなかった?」
「そうだけど、何で急に名前で……?」
「一ノ瀬君が先に名前で呼んだんじゃん。私のことを伊織って」
「本当に?」
必死過ぎて覚えていなかった。
「だから私も雅人君って呼んでみたけど……ダメだった?」
伊織が上目遣いで見てくる。
「ダメじゃない! そんな、ダメなことないよ! むしろウェルカム!」
「あはは、ならよかった!」
「その、俺もこれから、伊織って呼んでもいい……?」
普段なら言えないようなことを言えてしまう。
ライオンとの一件で心臓がバクバクしているからだろう。
人は興奮すると勇気が出るものだ。
「もちろん! 名前で呼んでもらえて嬉しかったよ」
伊織がニコッと微笑んだ。
(あ、天使だ)
彼女の笑顔を見た俺は、一瞬で惚れてしまった。
◇
井戸水で喉を潤し、ひとまず小屋に戻った。
「どうやらあっち側の森は危険で、こっち側は安全ぽいな」
あっち側とはライオンが出たほうを指す。
逆にこっち側とは最初に通った森のこと。
「もしかしたらこっち側も危険かもしれないけどね」
「その可能性はある。だから今後は鉈を持ち歩こう」
「じゃあ私は斧で!」
と、伊織は薪割り斧を持つ。
しかし、すぐに道具箱に戻した。
「どうした?」
「思ったより重くて振り回せそうになかったからやめた!」
「なるほど。じゃああとで槍を作るか」
「作れるの!?」
「そりゃ槍くらいなら作れるよ。鉈があるんだし」
「すごっ!」
「たぶん伊織が想像しているような代物じゃないぞ。適当な木の枝の先端を斜めにカットして尖らせるだけだ。そのままでもいいが、火で炙って硬化させるのがベストだな」
ここで伊織が「あ!」と何やら気づいた。
「そういえば火はどうするの? 狼煙を上げるには火が必要になるよね」
「その点は問題ないと思う」
「まさか雅人君、昔ながらの火熾しができるの!? 木の棒を使うやつ!」
「実はそうなんだ……と言いたいが、もちろんそんな芸当はない」
「えええ、じゃあどうするの!?」
「コイツを使う」
俺は道具箱から金属の棒と板がセットになったアイテムを取り出した。
「なにそれ?」
「ファイヤースターターさ。マッチと同じ要領で、金属の板で棒を擦る。すると火花が出る仕組みだ。故にメタルマッチとも呼ばれている」
試しにシンクでファイヤースターターを使ってみた。
軽く擦っただけでバチバチっと大量の火花が出る。
「うわ、すごい!」
「そんなわけで火熾しは問題ない。休憩も済んだし、狼煙を上げるか」
「了解!」
俺たちは小屋を出た。
念のためライオンと遭遇した方角を確認する。
「俺たちが近づかない限り問題なさそうだな」
「怖いからもう二度とあっちの森には行かないもん!」
「同感だ」
俺たちは小動物がたくさんいる森に移動した。
そこで燃料になりそうな枯れ草や小枝を集める。
さらに狼煙用として適当な葉っぱも回収。
「これだけありゃ十分だろう」
集め終わった材料を小屋の前に置く。
かつては畑だったであろう枯れ果てた土の上だ。
ここなら炎が他に移って大惨事になることはない。
「まずは焚き火をこしらえないとな」
小枝や枯れ草を束ね、そこにファイヤースターターで火花を送る。
特に労することなくあっさり火がついた。
「火が持続するように太めの枝を追加して……これでよし!」
「あとは葉っぱを燃やすだけだね!」
「おう!」
手分けして焚き火に葉っぱをぶち込んでいく。
すぐに白い煙がもくもくと上がり始めた。
「葉っぱによって煙の量に違いがあるな」
「不思議だねー」
見たところ針葉樹のほうが豪快に煙を出している。
ま、無事に煙が出てくれたので細かいことは気にしない。
「あとは救助が来ることを祈って家で待機するだけだな」
「念のためにあとで食料の調達にいきたいね! リンゴとか!」
「それはいい考えだ。休憩したら行こう」
俺たちは再び小屋に入った。
頻繁に休憩を挟むのはクソみたいな暑さだからだ。
少し動くだけで汗が噴き出してバテバテになる。
乾いたはずの服は既にグショグショだった。
「あつぅい! エアコンがあったらいいのにねー」
布団の上に座って手で顔を扇ぐ伊織。
俺は「だなぁ」と答えて彼女を見る。
それで分かったのだが、彼女の汗で服も湿気っていた。
学校指定の白いシャツが肌に張り付いている。
中の肌着も同じ状態で、下着や地肌が透けていた。
(やばい! このまま直視しているとムラッときてしまう!)
俺は立ち上がり、目を逸らすべくタンスへ向かう。
「そ、そそ、そういえばタンスの中を確認していなかったな!」
適当なことを言いながらタンスの中を調べる。
年相応のイカれた性的欲求を抑えるための行為だ。
しかし、これが功を奏した。
「なんだこれ」
タンスの中に紙が入っていたのだ。
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