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002 謎の小屋
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発見した小屋は遠目に見ても分かるほど年季が入っていた。
森の中において、小屋の周囲だけ木々がなく開けている。
その広さは半径15メートルといったところ。
開けたエリアは腰丈の柵に囲まれていた。
人なら軽く乗り越えられるので獣除けだろう。
「あの小屋、絶対に人の家だよ!」
声を弾ませる伊織。
「人の家以外の小屋って何だ……? 猿が建てるのか?」
「そういうことじゃなくて! 分かるでしょ! 言いたいこと!」
もー、と頬を膨らませる伊織。
俺は「分かるよ」と笑った。
「勝手に敷地内へ入るのもどうかと思うし声を掛けてみよう」
「そうだね!」
俺たちは柵の手前から「すみませーん」と声を張り上げた。
「………………」
しかし小屋からの応答はない。
誰かが出てくるような気配も感じられなかった。
「無人ぽいな、立ち入らせてもらおう」
「え、勝手に入るの!?」
柵を乗り越えようとする俺に驚く伊織。
「この期に及んで遠慮なんてしていられないさ」
「たしかに!」
俺に続いて伊織も柵を乗り越えようとする。
しかし、彼女には少し高すぎたようで苦労していた。
「手を貸そうか?」
「ううん、平気! 大丈夫!」
そう言いながら必死に柵を跨いでいる。
丈の短いスカートから太ももが露わになっていた。
その先は見えそうで見えない。
ギリギリのラインを攻めるパンティーに憎さと敬意を抱いた。
「ほら! 大丈夫だった!」
柵を跨ぎ終えた伊織は、両手を上げてアピールする。
そんな彼女を見て、俺は「ふっ」と笑った。
「気づいていなかったようだから言うと、無理して跨がなくてもあそこから普通に入れたぞ」
俺は数メートル逸れたところにある門扉を指した。
錆びた閂がついているが、大人であれば簡単に開けられる。
「ちょー! そういうのは先に言ってよー!」
伊織が手の平手でベシッと俺の胸を叩いた。
「ははは、わりぃわりぃ」
そう言いつつ、俺は内心で驚いていた。
(あの二階堂伊織と愉快気に話しているぞ……!)
伊織は学校一の美少女だ。
噂によると芸能事務所からもスカウトされまくりという。
そのうえ、彼女は人格者として知られていた。
誰に対しても分け隔てなく接するし、気さくで話しやすい。
当然ながら学校ではモテモテだ。
休み時間になると、彼女の周りはいつも人で溢れていた。
もはや高嶺の花というより別世界のアイドルというべき存在だ。
俺のような人間は惚れようという気にすらならないほどだった。
そんな女子と二人きりで、しかも笑い合っている。
絶望的な状況であることを忘れるほどに嬉しかった。
「おーい、一ノ瀬君? どうしたの?」
「すまない、ちょっと幸せを噛みしめていた」
「この状況で!?」
伊織は驚いたあと、腹を抱えて笑った。
「一ノ瀬君って不思議だね、面白い」
「苗字にカタカナが入る数少ない人間だからな……!」
さて、謎の小屋だ。
俺たちは周囲を警戒しながら近づいていった。
「すみませーん!」
小屋の扉をノックする。
おそらく人はいないと思ったが、それでも声を掛ける。
「………………」
案の定、反応がなかった。
「中に入ってみるか」
「え、開いているの?」
「鍵穴がないから開いているはず!」
ドアノブを回して扉を押すと、キィィィと軋みながら開いた。
「ゲホッ、ゲホホーッ!」
中の空気を吸った瞬間に咳き込む伊織。
それもそのはずで、中は埃にまみれていた。
空気ですら埃っぽい。
「長らく放置されていたっぽいな」
「だねー……。空気が汚染されているよ!」
小屋は一部屋だけで、間取りは8畳かそこら。
角の一つにタンスがあり、対角線上に小さな調理スペース。
といっても錆びたシンクがあるだけで、コンロはおろか蛇口もない。
もちろんコンセントの類もなかった。
「〈たたき〉があるし、かつては日本人が住んでいたようだな」
「たたきって何?」と首を傾げる伊織。
「玄関の靴を脱ぐ場所のことさ」
「へぇ、この場所ってたたきって言うんだ! 知らなかったー! 一ノ瀬君って物知りだね」
「なんたって俺は――」
「苗字にカタカナが付いているから?」
「その通り!」
面積が狭い都合か、たたきのスペースも狭い。
俺たちのローファーを並べると、それだけで窮屈になった。
「お邪魔しまーす」
律儀に挨拶してから小屋に上がる伊織。
丁寧にお辞儀までしているものだから感心した。
(人はいないが、この場所はありがたいな)
救助がすぐに来るとは限らない。
持久戦を余儀なくされた場合、この小屋は良い拠点になり得る。
「ここの人って一人暮らしだったのかな?」
「そうだろうな」
俺は室内に目を向けた。
布団が一組と小さなちゃぶ台が置いてある。
「この辺は使えそうだな」
入口の対角線上にある角に大きな箱がある。
その中にはフライパン等の道具が雑に放り込まれていた。
「一ノ瀬君気をつけてね、刃物も入っているよ」
「分かっている」
薪割り斧や鉈が刃を剥き出しにした状態で眠っている。
「とりあえず移動を再開するか。そろそろ水が飲みたい。川を探すか」
「家の隣に井戸があったよ」
「本当か。気づかなかった。井戸水を組めるか試してみよう」
俺たちは小屋を出て、すぐ傍の井戸に移動した。
「お、動くぞ」
井戸の手押しポンプは生きていた。
ハンドルを上下に動かすと嘆き声のような音を立てながら水を出す。
だが、出てくる水はドブのように濁っていた。
「ダメだね、これじゃ飲めないよ」
「しばらく続けたら綺麗な水が出るかもしれない」
「そうなの?」
「井戸自体が壊れていなければそのはず」
交代しながら必死に井戸をギコギコする俺たち。
最初は酷い濁りようだった水が次第に透き通っていく。
1時間ほど頑張った結果、いよいよ綺麗になった。
「本当に綺麗な水が出た!」
興奮する伊織。
「試しに飲んでみるか」
「大丈夫?」
「それは飲んでみなければ分からないさ」
「勇気あるなぁ一ノ瀬君」
伊織の前だからカッコイイところを見せたいだけである。
だが、そんなことは言えないので「まぁな」とクールぶった。
そして、井戸から出てくる水に口を当ててガバガバ飲んでみる。
「冷たくて美味いぞ!」
「ほんと!? 毒は?」
「たぶん大丈夫だろう! 俺の体は問題ないと言っている!」
「じゃあ私も飲む!」
俺が手押しポンプで井戸水を出し、伊織がそれを直接口で飲む。
手を使わないのはこれまでの作業で汚れているからだ。
「ほんとだ! 美味しい!」
「果物と水があるのでとりあえず一安心だな」
「あとは救助要請をどうするかだね。ベタだけど砂浜に石でSOSを作る?」
「それもいいけど、もっといいアイデアがある」
「おー! なに?」
「狼煙さ。適当な葉を燃やして煙を出しまくろう」
「わー、それ名案! すごいね一ノ瀬君!」
「自分でも驚いている」
間違いなく、今の俺は平時よりも覚醒していた。
学校一の美少女と二人きりの状況に興奮しているからだろう。
「よし、二階堂、大量の葉っぱを集めるぞ!」
「おー!」
俺たちは侵入時と反対側の柵を出て、真っ直ぐ森に入った。
「なんか一ノ瀬君と一緒だとどんな環境でも生き抜ける気がするなぁ」
嬉しいことを言ってくれる。
口を開くと「うへへ、ぐへへ、でゅふ」などとキモい声を出しそうだ。
だから口を開かず、ニヤけた顔を見せないようにして「ふふふ」と笑った。
(今の俺、ぜってぇ人生で一番輝いているぞこれ!)
そんなことを思う。
だが、その驕り高ぶりを神様は許さなかった。
「ガルルァ!」
「「ん?」」
動物の声と思しき重低音が響いたので顔を上げる俺たち。
するとそこには――。
「「ライオン!?」」
――百獣の王がいた。
森の中において、小屋の周囲だけ木々がなく開けている。
その広さは半径15メートルといったところ。
開けたエリアは腰丈の柵に囲まれていた。
人なら軽く乗り越えられるので獣除けだろう。
「あの小屋、絶対に人の家だよ!」
声を弾ませる伊織。
「人の家以外の小屋って何だ……? 猿が建てるのか?」
「そういうことじゃなくて! 分かるでしょ! 言いたいこと!」
もー、と頬を膨らませる伊織。
俺は「分かるよ」と笑った。
「勝手に敷地内へ入るのもどうかと思うし声を掛けてみよう」
「そうだね!」
俺たちは柵の手前から「すみませーん」と声を張り上げた。
「………………」
しかし小屋からの応答はない。
誰かが出てくるような気配も感じられなかった。
「無人ぽいな、立ち入らせてもらおう」
「え、勝手に入るの!?」
柵を乗り越えようとする俺に驚く伊織。
「この期に及んで遠慮なんてしていられないさ」
「たしかに!」
俺に続いて伊織も柵を乗り越えようとする。
しかし、彼女には少し高すぎたようで苦労していた。
「手を貸そうか?」
「ううん、平気! 大丈夫!」
そう言いながら必死に柵を跨いでいる。
丈の短いスカートから太ももが露わになっていた。
その先は見えそうで見えない。
ギリギリのラインを攻めるパンティーに憎さと敬意を抱いた。
「ほら! 大丈夫だった!」
柵を跨ぎ終えた伊織は、両手を上げてアピールする。
そんな彼女を見て、俺は「ふっ」と笑った。
「気づいていなかったようだから言うと、無理して跨がなくてもあそこから普通に入れたぞ」
俺は数メートル逸れたところにある門扉を指した。
錆びた閂がついているが、大人であれば簡単に開けられる。
「ちょー! そういうのは先に言ってよー!」
伊織が手の平手でベシッと俺の胸を叩いた。
「ははは、わりぃわりぃ」
そう言いつつ、俺は内心で驚いていた。
(あの二階堂伊織と愉快気に話しているぞ……!)
伊織は学校一の美少女だ。
噂によると芸能事務所からもスカウトされまくりという。
そのうえ、彼女は人格者として知られていた。
誰に対しても分け隔てなく接するし、気さくで話しやすい。
当然ながら学校ではモテモテだ。
休み時間になると、彼女の周りはいつも人で溢れていた。
もはや高嶺の花というより別世界のアイドルというべき存在だ。
俺のような人間は惚れようという気にすらならないほどだった。
そんな女子と二人きりで、しかも笑い合っている。
絶望的な状況であることを忘れるほどに嬉しかった。
「おーい、一ノ瀬君? どうしたの?」
「すまない、ちょっと幸せを噛みしめていた」
「この状況で!?」
伊織は驚いたあと、腹を抱えて笑った。
「一ノ瀬君って不思議だね、面白い」
「苗字にカタカナが入る数少ない人間だからな……!」
さて、謎の小屋だ。
俺たちは周囲を警戒しながら近づいていった。
「すみませーん!」
小屋の扉をノックする。
おそらく人はいないと思ったが、それでも声を掛ける。
「………………」
案の定、反応がなかった。
「中に入ってみるか」
「え、開いているの?」
「鍵穴がないから開いているはず!」
ドアノブを回して扉を押すと、キィィィと軋みながら開いた。
「ゲホッ、ゲホホーッ!」
中の空気を吸った瞬間に咳き込む伊織。
それもそのはずで、中は埃にまみれていた。
空気ですら埃っぽい。
「長らく放置されていたっぽいな」
「だねー……。空気が汚染されているよ!」
小屋は一部屋だけで、間取りは8畳かそこら。
角の一つにタンスがあり、対角線上に小さな調理スペース。
といっても錆びたシンクがあるだけで、コンロはおろか蛇口もない。
もちろんコンセントの類もなかった。
「〈たたき〉があるし、かつては日本人が住んでいたようだな」
「たたきって何?」と首を傾げる伊織。
「玄関の靴を脱ぐ場所のことさ」
「へぇ、この場所ってたたきって言うんだ! 知らなかったー! 一ノ瀬君って物知りだね」
「なんたって俺は――」
「苗字にカタカナが付いているから?」
「その通り!」
面積が狭い都合か、たたきのスペースも狭い。
俺たちのローファーを並べると、それだけで窮屈になった。
「お邪魔しまーす」
律儀に挨拶してから小屋に上がる伊織。
丁寧にお辞儀までしているものだから感心した。
(人はいないが、この場所はありがたいな)
救助がすぐに来るとは限らない。
持久戦を余儀なくされた場合、この小屋は良い拠点になり得る。
「ここの人って一人暮らしだったのかな?」
「そうだろうな」
俺は室内に目を向けた。
布団が一組と小さなちゃぶ台が置いてある。
「この辺は使えそうだな」
入口の対角線上にある角に大きな箱がある。
その中にはフライパン等の道具が雑に放り込まれていた。
「一ノ瀬君気をつけてね、刃物も入っているよ」
「分かっている」
薪割り斧や鉈が刃を剥き出しにした状態で眠っている。
「とりあえず移動を再開するか。そろそろ水が飲みたい。川を探すか」
「家の隣に井戸があったよ」
「本当か。気づかなかった。井戸水を組めるか試してみよう」
俺たちは小屋を出て、すぐ傍の井戸に移動した。
「お、動くぞ」
井戸の手押しポンプは生きていた。
ハンドルを上下に動かすと嘆き声のような音を立てながら水を出す。
だが、出てくる水はドブのように濁っていた。
「ダメだね、これじゃ飲めないよ」
「しばらく続けたら綺麗な水が出るかもしれない」
「そうなの?」
「井戸自体が壊れていなければそのはず」
交代しながら必死に井戸をギコギコする俺たち。
最初は酷い濁りようだった水が次第に透き通っていく。
1時間ほど頑張った結果、いよいよ綺麗になった。
「本当に綺麗な水が出た!」
興奮する伊織。
「試しに飲んでみるか」
「大丈夫?」
「それは飲んでみなければ分からないさ」
「勇気あるなぁ一ノ瀬君」
伊織の前だからカッコイイところを見せたいだけである。
だが、そんなことは言えないので「まぁな」とクールぶった。
そして、井戸から出てくる水に口を当ててガバガバ飲んでみる。
「冷たくて美味いぞ!」
「ほんと!? 毒は?」
「たぶん大丈夫だろう! 俺の体は問題ないと言っている!」
「じゃあ私も飲む!」
俺が手押しポンプで井戸水を出し、伊織がそれを直接口で飲む。
手を使わないのはこれまでの作業で汚れているからだ。
「ほんとだ! 美味しい!」
「果物と水があるのでとりあえず一安心だな」
「あとは救助要請をどうするかだね。ベタだけど砂浜に石でSOSを作る?」
「それもいいけど、もっといいアイデアがある」
「おー! なに?」
「狼煙さ。適当な葉を燃やして煙を出しまくろう」
「わー、それ名案! すごいね一ノ瀬君!」
「自分でも驚いている」
間違いなく、今の俺は平時よりも覚醒していた。
学校一の美少女と二人きりの状況に興奮しているからだろう。
「よし、二階堂、大量の葉っぱを集めるぞ!」
「おー!」
俺たちは侵入時と反対側の柵を出て、真っ直ぐ森に入った。
「なんか一ノ瀬君と一緒だとどんな環境でも生き抜ける気がするなぁ」
嬉しいことを言ってくれる。
口を開くと「うへへ、ぐへへ、でゅふ」などとキモい声を出しそうだ。
だから口を開かず、ニヤけた顔を見せないようにして「ふふふ」と笑った。
(今の俺、ぜってぇ人生で一番輝いているぞこれ!)
そんなことを思う。
だが、その驕り高ぶりを神様は許さなかった。
「ガルルァ!」
「「ん?」」
動物の声と思しき重低音が響いたので顔を上げる俺たち。
するとそこには――。
「「ライオン!?」」
――百獣の王がいた。
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