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007 アイスブレード

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 翌日。
 土曜日なので学校は休みだ。

 それでも、ヤスヒコはいつもと同じ時間に起床した。
 ただちに朝食を済ませてギルドに行こうと思うわけだが――。

「ぐっ……」

 布団から起き上がろうとして顔が歪んだ。
 背中に強烈な痛みが走っている。

「昨日の戦いでやっちまったか」

 姿見で確認すると、背中に痛々しいあざができていた。
 オマールマンのヘドバンで吹き飛ばされた時に負った怪我だ。

「どうする? 休むか?」

 普段であれば悩むことはない。
 だが、レイナの顔を思い出すと悩まざるを得なかった。
 思い出すだけでムラムラしてくる。

「夕方まで待ってから決めるか」

 結果、ヤスヒコは判断を先送りした。
 ギルドは24時間営業だ。
 慌てる必要はない。

 ◇

 夕方までの間、ヤスヒコは能力を高めることにした。
 ――が、その前に煩悩を解き放つ必要があるためスッキリしておく。
 ネットで見つけたレイナのコラ画像を拝借した。

「始めるか」

 ヤスヒコの訓練方法は昔からワンパターンだ。
 腕立てや腹筋といった筋トレの類は一切行わない。
 その代わりに胡座あぐらを掻いた状態で何時間も座り続ける。
 傍からは坐禅ざぜんないし瞑想をしているように見えるだろう。

 これがヤスヒコの神経系トレーニングだ。
 脳が送り出した信号に体が反応するまでの速度を高めている。
 そのため、よく見るとヤスヒコの体は小刻みに動いていた。
 寒くて震えているかの如く、ピクピク、ピクピクと。

 ヤスヒコはこのトレーニングを欠かさずに行っている。
 幼少期から続けているので、今では寝ている時も自動的に行っていた。
 このたゆまぬ取り組みが猫をも凌駕する反射神経に繋がっている。

「チッ、背中が痛くて集中できねぇ。もう一発抜いておくか」

 ヤスヒコはスマホを手に持ち、レイナのコラ画像を開いた。

 ◇

 夕方、ヤスヒコは動き出した。
 背中の痛みが引いてきたので、レベルを上げることにした。
 ギルドに行き、手続きを済ませてダンジョンに向かう。

 今回はレベル11のダンジョンに挑戦する。
 できれば昨日と同じレベル10にしてオマールマンと戦いたかった。
 だが、そんなことをすると貴重な一日を無駄にしてしまう。
 仕方ないので勝利を譲ってやることにした。

「ここは……」

 転移先のダンジョンは一見すると只の草原だ。
 しかし、体に感じる負荷が今までとは違っていた。

「酸素が薄いな」

 まるで富士山の山頂にでもいるかのようだ。
 急激な変化によって頭痛が発生し、頭がくらくらする。
 典型的な高山病の症状だ。

 常人ならそれだけで音を上げるだろう。
 実際、この場にはヤスヒコしかいなかった。
 昨日とは大違いだ。

「よし、慣れた」

 ヤスヒコは道東の出身だ。
 道東には多くの山岳が存在している。
 当然ながらヤスヒコも幼少期にはよく山に登っていた。
 ヒグマは害獣というよりも友達であり、真の敵はエゾシカだ。
 そんな彼にとって、高山病への対処はあまりにも余裕だった。

「始めるか」

 いつも通りフィールドサインを辿ってボスに向かう。

(このダンジョンは人気がないんだな)

 冒険者の足跡が全くなかった。
 そのせいかザコの姿も殆ど見かけない。

 これはヤスヒコにとって望ましくなかった。
 足跡が少なすぎてボスを捜すのに苦労したのだ。

「ようやく見つかったか」

 30分近くかけてボスを発見。
 驚いたことに、ここのボスもオマールマンだった。
 レベルが上がっているので、戦闘力も少しだけ高くなっている。

「ちょうどいい、昨日のリベンジといくか」

 ヤスヒコは鞘から剣を抜いた。
 海のような深い青色の刃が姿を現す。

「クケケケー!」

 オマールマンがヤスヒコに突進。
 両手のハサミを前に伸ばしながら詰め寄る。

「さぁ見せてもらおうか、8万円の力を!」

 ヤスヒコも真っ向から受けて立つ。
 助走をつけ、距離を詰めて、ひと思いに剣を振る。

「グゲェエエエエエエエエエエエエエエ!」

 オマールマンの甲殻を切り裂く。
 鉈を粉々にするほどの硬さだが、アイスブレードには通用しなかった。
 さらに、刃から放たれた吹雪が敵をカチコチに凍らせる。

「グゲ……ケケケェ……」

 オマールマンは飛びかかろうとした状態で固まっている。

「これが魔力100の力か! Fランクでも相当の強さじゃねぇか!」

 ヤスヒコはダンジョン武器の威力に感動。
 そして――。

「フンッ!」

 体を回転させて横一閃。
 オマールマンを真っ二つに切断した。

「クケェ……」

 オマールマン、死亡。
 氷とともにこの世から姿を消して上級魔石を落とす。

「この武器があればしばらく戦いに苦労しなさそうだな」

 ヤスヒコはホクホク顔で帰還した。

 ◇

 上級魔石を換金し、16万円を受け取ったヤスヒコ。
 アイスブレードの購入に費やしたお金を一日で回収した。
 いわゆる「元を取った」状態なので満足する。

(お金に余裕ができてきたし、たまには高いメシでも食うか)

 日々の活動によって、ヤスヒコの貯金は100万円を超えていた。
 それだけあれば魔力100のDランク武器を買ってもお釣りが出る。
 自分へのご褒美に高級ディナーを食べてもバチは当たらない。

(何を食おうかなぁ)

 ギルド内のロビーで、カウンター席に座ってスマホを触る。
 多くの席が空いている中、彼は壁際の隅の席を選んでいた。

「でさー、明日は狩りに行くんだけどさー」

「俺は今日なー、レベル9のー」

 ヤスヒコの耳に冒険者たちの声が聞こえてくる。
 もはや誰も彼について話すことはなくなっていた。
 レイナに告白した日から一週間以上経っているからだ。
 人の関心などその程度である。

(寿司にするか、肉にするか、それとも両方いくか……!)

 ヤスヒコは真剣に悩んでいた。
 口コミサイトを開いて点数を注意深く調べる。
 自分へのご褒美に失敗は許されない。

(よし、寿司だ。寿司にしよう……!)

 心が固まる。
 その瞬間から寿司の口になった。
 北海道で食べた美味しいネタの数々が脳裏によぎる。
 典型的な失敗パターンだが、本人は気づいていない。

 スンッ!

 ヤスヒコが唐突に立ち上がる。
 だが、その時だった。

「あ! いたいた!」

 突然、知らない女子が声を掛けてきたのだ。
 青のミディアムヘアで、年齢はヤスヒコと同程度。
 ミニ丈のワンピースに黒のタイツという格好で、ショートブーツを履いている。
 両手に鋼の籠手、腰に長めの杖を両手持ちの杖を装備していた。
 そんな彼女を見てヤスヒコが抱いた印象は――。

(おっぱいデカッ!)

 とてつもない巨乳ということ。
 160cmあるかどうかの身長から繰り出されるド迫力のおっぱい。
 思わず「オホホホ」と笑ってしまう。

「あのぉ」

 ヤスヒコのふざけた視線に女は気づいていた。
 不機嫌そうな低い声を出す。

「おっと失礼。それで俺に何の用?」

「何の用って……リュウさんだよね? 私、メグだよ」

 巨乳女子ことメグが怪訝そうに言う。
 彼女はヤスヒコと別の男と勘違いしていた。
 ところが――。

「ああ、そうだよ、俺がリュウだ」

 なんてこったヤスヒコは嘘をついてしまった。
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