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017 くくり罠

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 コトハにいい格好を見せるべく、洞窟の東に向かった。

「このまま行くと川に着いちゃうよ?」

「大丈夫、ここが目的地だ」

 俺は「アレだ」とすぐ傍の木を指した。
 ふもとの部分に大きな穴がある。

「あの穴が対象の巣穴だ」

「対象って?」

「クマさ」

「クマ!?」

 飛び跳ねるコトハ。
 思惑通りの反応に俺は声を上げて笑った。

「安心しろ、クマはクマでもアナグマさ」

「ア、アナグマ……」

「知らないか? 可愛らしい見た目の奴等さ」

 言った後に「ヤベッ」と思った。
 アナグマの可愛らしい見た目が裏目に出るかもしれない。
 だが、ここまできたらやり通すしかなかった。

「ね、念のために訊いておくけど可愛いアナグマを遠慮無く狩るけど大丈夫か?」

「たぶん大丈夫!」

「たぶんか……!」

 不安が残る。
 まぁやるだけやってみよう。

「アナグマの巣穴は深い。腕を伸ばしてひょいと掴むことはできないだろう」

「それに穴の中に腕を入れるのは危険だね!」

「その通り。だから燻り出して罠で捕獲する」

 まずは罠の作成だ。
 ここでは定番のくくり罠でいこう。

「くくり罠というのは名の通り獣の足に括り付けて捕獲する罠のことだ。獣の通り道――今回だと巣穴のすぐ前に仕掛ける」

 説明しながら巣穴の前に紐で輪っかを作って設置。
 紐の反対側を木の枝に結びつけ、枝を限界までしならせる。
 その状態で、輪っかの傍に小枝のフックを付けて固定。

「これでよし。巣穴から出てきたアナグマがフックにぶつかると、フックが外れて括り罠が発動。木のしなる力によって魚の如く釣り上げられるというわけだ。試してみよう」

 俺は自分の指でフックを外した。
 その瞬間、しなっていた木が「ヒュンッ!」と激しく戻る。
 思った以上の勢いで体が少しだけ持って行かれそうになった。

「おー! すごい威力!」

「これで罠は完成だ。あとは巣穴に煙を送りこめばいい」

 煙を作り出すのは過去に何度もやってきた。
 焚き火を起こしてそこに針葉樹の葉や枝をぶち込めばいい。
 今回はすぐ傍に生えていたスギを使うことにした。

「火熾しは私が!」

「オーケー頼むぜ」

 コトハは「任せて!」と胸を叩いた。
 何がとは言わないが俺の視線は上に下に誘導された。

「できたよー!」

 小さめの焚き火が完成。

「ナイス! スギの葉をぶち込むだけだ」

 炎を覆うぐらいにスギの葉を盛る。
 すぐに白っぽい灰色の煙が上がり始めた。

「さぁ煙を送り込むぞー! あおげあおげー!」

「えいやー!」

 俺たちは葉っぱの団扇で煙を扇いだ。
 その際に使ったのはホオノキと呼ばれる落葉樹の葉だ。
 この葉は非常に大きく、葉の長さは30cmを超える。
 何枚も重ねると厚みもできて団扇に最適だ。

「見てユウマ君! 煙が入っていってる!」

「その調子だ! ガンガン扇ぐぞー!」

 数分間、コトハと協力して煙を送り続けた。
 最初はハイテンションだったが次第に腕が疲れてくる。

「ユウマ君……まだかな……?」

「もしかして巣穴を放棄した後だったのか……?」

 アナグマは巣穴を放棄することが多々ある。
 だが、完全なるもぬけの殻になることはあまりない。

 というのも、アナグマは集団で過ごす生き物なのだ。
 行動は単独で行うが、巣穴は4~5匹で使う。
 人間でいうところのルームシェアだ。
 一人が引っ越ししても、他は残っている。

 だから一匹くらいは残っていると思ったのだが……。

「お!」

 諦めかけたその時、巣穴に反応があった。
 何かが飛び出してきたと思ったら、そのまま罠に掛かったのだ。
 物の見事に前足を釣り上げられた。

「「かかった!」」

 俺とコトハの声が被る。
 二人して木に駆け寄り獲物を確認した。

「キィィィ! クガァ!」

 それはアナグマに他ならなかった。
 可愛らしい顔をグチャッとして怒っている。

「ほんとだ、可愛い……」

「だがコイツは害獣として知られている。そして極上のジビエ肉であることでも有名だ」

 俺は石斧をアナグマの頭に叩きつけて殺した。
 サバイバルナイフがあれば丁寧に急所を刺すがないので仕方ない。
 そんな俺を見て、コトハは……。

「おー!」

 と、拍手していた。
「可愛い動物になんてことを!」と怒られずに済んだ。
 そのことにホッと安堵の息を吐く。

「よし、解体して食べよう」

「え! 今から食べるの?」

「このサイズだしなぁ。五人で分けるほどの量はない。抜け駆けしちゃおう」

「あはは、ユウマ君って悪いことろもあるんだね」

「まぁな。いいだろー?」

 コトハは「仕方ないなぁ」と笑った。

「決まりだ! ここのアナグマは絶対に美味いぜ! 感動するはずだ!」

「そんなに!?」

「ああ、約束してもいい!」

 俺は紐を切ってアナグマの死体を外した。
 それを持ってコトハと二人で川に向かう。
 解体作業は川でするのが快適でいい。
 川の水は汚れるが俺の手は綺麗になるからな。

「今回のアナグマに限った話ではないが、肉の味ってのはその個体が何を食っていたかで決まるんだ」

「猪肉の味がまろやかだったのもそのせい?」

「それだけではないと思うが、大いに関連していると思うぞ」

「へぇ」

 話しながら解体作業を進めていく。
 コトハは目を背けるどころか興味深そうに眺めていた。

「やってみるか?」

「いいの?」

「もう殆ど終わっているけどな」

「じゃあ挑戦してみる! 教えて!」

「はいよ」

 ポジションをチェンジした。
 コトハは石包丁をプルプル震えさせながらアナグマに近づける。

「リラックスしていけ、襲ってはこないさ」

「そうだけど、どこをどうすればいいか分からないんだもん」

「ここだよ、この部分。ここに刃をスーッと通すんだ」

「ここ?」

「違う違う、ここ」

「横から指されても分からないよー! 後ろから指して!」

「え、あ、分かった……!」

 言われた通りコトハの後ろから「ここだよ」と指す。
 先ほどよりも距離が近づき、さらに胸の谷間が見えるようになった。
 もちろん制服のシャツ越しなのだが、それでも情欲をそそられる。

(おっほ……!)

 思わず谷間に指を突っ込みたくなる。
 必死に衝動を抑えた。

「今私のおっぱいを見てるでしょ」

「なっ……! なぜそれを……!」

 コトハは前を向いたまま当ててきた。
 背中に目でもついているのだろうか。

「男子の視線は分かるんだってー」

「すごいな……。そしてすまん……」

「いいよー! 見るだけならタダだもんね!」

「ハ、ハハハ、ハハハハ」

 そんなこんなで作業が終わった。
 今回は皮は持って帰らず、肉もその場で焼いて食べることにした。
 一口サイズにカットし、串に刺して焼く定番のスタイルだ。

「「いただきます!」」

 水の入った竹筒で乾杯してアナグマの肉を頬張る。

「うめぇ! 思った以上にうめぇ!」

「すごい甘い! それにまろやか! すごいこの味!」

「これがアナグマの肉さ! 極上のな!」

 アナグマの肉の特徴といえば甘くて美味い脂身だ。
 若い内にしか満喫できないと言われる脂っこさだが、それがたまらない。

「アナグマってこんなに美味しかったんだ!?」

「たしかにアナグマは美味い動物ではあるが、ここまで美味いのは初めてだな。食料の豊富なこの島に生息しているからだろう」

「なるほどぉ!」

「ちなみにアナグマの脂身は料理にも使えるぜ」

「料理にも?」

「使い方は牛脂とかと同じようなものさ。フライパンに油を敷く時にアナグマの脂を使う」

「それ良さそう! この島だと野菜炒めとかに合いそう! 調味料が全然ないし!」

 今のコトハの発言で思い出した。

「そういえば調味料が欲しいとか言っていたな」

 コトハは「うん!」と頷いた。

「そのままでも美味しいけど薄味だし、調味料があったら料理をしようとか思えるかなって」

「よし、なら調味料を調達するか」

「え、そんな簡単に調達できるの!?」

「簡単ではないができるよ。すぐに手に入れられるものと言えば塩や砂糖あたりか」

「本当に!? じゃあ塩! 塩がほしいです!」

 すごい食いつきようだ。
 俺は「はいよ」と笑った。

「じゃあ今から塩の調達に行くか!」

「やったー!」

「鍋を取りに戻ってから海に行くことになるけどいいか?」

「もちろん! 頑張って走ります!」

「走ったら疲れるから早歩きで行くぞー!」

「おー! コトハとユウマ君が行ったるどー!」

 妙なハイテンションで次の目的地を決めた。

「ところでコトハ、昨日の夜、俺に手や口を使って何かした?」

 ハイテンションなのをいいことにさりげなくぶっ込む。
 コトハは「あはは、何のこと?」と首を傾げ、俺は「いやいい」と流す。
 ――というのが俺の予想だった。

「うん、バレてたかぁ、恥ずかしいなぁもう」

「えっ」

 コトハは予想外の反応を示した。
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