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004 裸の王様

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 草原の連中は未だに騒然としていた。
 泣き喚く者、怒鳴り散らす者、意味なく笑っている者……。
 まさに阿鼻叫喚の様相を呈していた。

 状況を考えれば仕方のないことだ。
 俺だって少なからず不安を抱き、現状に困惑している。
 感情を表に出す度合いが目の前の連中よりも少ないだけのこと。

「はい注目ー!」

 左右の手に持っている木の枝をカンカンと叩く。
 それまで騒がしかった場が静まり返り、皆が俺を見た。

「嘆いていても始まらないので救助要請の狼煙を上げようと思う!」

「のろ……し……?」

 すぐ傍に立っている童顔の女が呟く。
 俺は頷き、彼女に向かって微笑んだ。

「ここって面白くてさ、植生から何まででたらめもいいところなんだ。で、西に少し行ったところに川があってな、そこで火打ち石を仕入れてきたよ」

 話しながら火を熾す。
 種火が立派な炎に育つと歓声が上がった。

「狼煙を上げる時はヒノキやスギといった針葉樹を燃やすほうがいいんだ。広葉樹に比べて燃えやすくて煙の量が多いからな」

 今回はヒノキを使うことにした。
 帰路の道中で調達したヒノキの枝葉を焚き火に放り込む。
 やや灰色がかった白い煙がモクモクと上がり始めた。

「これで気づかれる可能性がぐっと上がったんじゃないかな」

「「「すげー!」」」

 狼煙に合わせて再度の歓声が上がる。

「やるねー、ユウマ! すっかり皆を落ち着かせたじゃん!」

 サナエが小突いてくる。

「ユウマ君、私たちと同い年とは思えないほど冷静でかっこいい!」

 コトハもニッコリしている。

「お前やるなー!」

「一人だけ違う制服だし目立ちすぎだろー!」

「カッケェゼ!」

 名前の知らない男子たちが上機嫌で肩を組んでくる。
 雰囲気から察するに体育会系の連中だろう。
 嫌な気はしなかったので、俺も「サンキュ」と笑った。

「ここがどこでどういう状況なのか俺も分かっていないんだけど、とりあえずできることを一つずつやっていきたいな」

 俺の言葉に、皆が大きく頷いた。
 狼煙のおかげで場がまとまっていい感じだ。

「じゃあリーダーを決めないとな」

 そう言ったのは長身のマッシュ野郎だ。
 筋肉のない細い体型で、両耳にピアスを開けている。
 俺の抱いた第一印象は「笑顔で女を殴りそう」というもの。
 おそらく大半の女子は「イケメン」と評するだろう。
 そんな個人的にはいけ好かない奴だ。

「リーダーはユウマで決まりっしょ!」

 ミズキが言った。
 サナエが「だよねー!」と続き、アキノとコトハも頷く。
 さきほど絡んできた体育会系の連中や他の生徒も賛同する。
 だが、マッシュ野郎は首を横に振った。

「たしかに狼煙の件は頼もしいと思ったけど彼は部外者だ。リーダーとして色々と指示を出してもらうには相応しくないと思う」

 マッシュ野郎の取り巻きと思しきチャラ男どもが「そうだそうだ」と続く。

霧島きりしま、あんたねぇ!」

 サナエが食ってかかろうとしたが、俺がそれを止めた。

「他人に指示を出すのとか得意じゃないし、部外者の俺としてもできれば好き勝手に動きたい。だからリーダーは別の人にやってもらったほうが助かる」

 本音を言えば、一刻も早く草原から離れたい。
 そして周辺を探索して地理や生態系を把握したい。
 だから霧島なるマッシュ野郎の意見に乗っかった。

「まぁユウマがそう言うなら? 私もかまいやせんけどさぁ!」

 大人しく引き下がるサナエ。
 ただ、その顔は不満に満ちていた。

「話の分かる人で助かったよ。じゃ、リーダーを決めよう!」

 霧島がウキウキで言った。

 ◇

 数分後、リーダーが決定した。
 大方が想定していた通り霧島リョウが選ばれた。
 というより、半ば強引にその座を奪ったというのが正しい。
 自らが立候補したあと、他の立候補者を恫喝した。

 アキノに聞いたが、霧島は学内で暴君として君臨しているそうだ。
 両親が学校に多大な寄付をしており、その影響で教師ですら口出しできない。
 彼がその気になると、気に入らない人間を退学させられるという。

「最初の指示だ! まずはこの草原にシェルターを作る!」

 霧島が言った。

「「「シェルター?」」」

 皆は分かっていない様子。
 核シェルターを想像していそうだ。

「要するに囲いを作って周囲から身を守り、屋根をこしらえて雨を凌げるようにするってことだ! そのために一年と二年は周囲の森から木材や石を調達してこい! 三年は建築担当だ!」

 リーダーになりたがるだけあって命令するのに慣れている。
 指示や方針については、最善とは思えないが悪くもない。
 などと思っていたのだが……。

「霧島、シェルターってどうやって作るんだ? ここには釘も金槌もないぞ」

 体育会系の三年男子が尋ねた。

「だったら紐で縛ればいいだろ!」

「紐もないじゃん。どうすりゃいいんだ?」

「そ、それは……」

 どうやら考えていなかったようだ。
 代わりに答えてあげることにした。

「紐は適当な植物の蔓を使えばいいと思う。さっき森に入った時、そこらに良さげな蔓があった。できれば束ねるなどして強度を上げたいところだが、今は非常時だしとりあえず形にすることを優先するべきだろう」

「そ、そういうことだ! 常識的に考えたら分かるだろ!」

 何故か苛立つ霧島。

「おー! 蔓を使うのか! 参考になるなぁ! でも手が臭くなりそう!」

「ははは、青臭くなるのは覚悟しないとな。あと気をつけないと擦り傷ができるぜ」

「そりゃ困る! 俺の綺麗なお手々が傷だらけになっちまうってなぁ! サンキュー、ユウマ!」

「おう! 誰か知らないけど!」

 体育会系の男子が離れていく。
 すると、霧島が詰め寄ってきた。

「えーっと、ユウマだっけ?」

「そうだよ。星宮ユウマ。高三だ」

「悪いんだけどさ、あんまり出しゃばらないでくれないか?」

「出しゃばる? 返答に窮するお前に代わって答えることを言っているのか?」

「きゅ、窮してなどいない。ただ最善手を考えていただけだ。それはさておき、まだリーダーが決まって間もないんだ。ここで出しゃばられるとまとまらなくなってしまう。だから頼むよ。互いに不快な思いはしたくないだろ?」

 なんだか脅迫のようにも受け取れる物言いだ。
 しかし、面倒くさいので合わせておいた。

「そうだな、気をつけるよ。悪意はなかったんだ」

「分かってくれたならいい」

「ところで霧島、俺は周囲を探索したいんだけど行ってきていいか?」

 霧島はめちゃくちゃ嬉しそうな顔で「もちろん!」と即答した。

「ユウマは部外者だからな、好きにするといい!」

「ユウマがどっか行くなら私らも行くー!」

 サナエとミズキ、アキノとコトハがやってきた。
 俺の時とは打って変わり、霧島は眉間に皺を寄せて不快感をあらわにする。

「お前たちは部外者じゃないだろ」

「でもあんたに従うつもりはないもん!」とサナエ。

「なっ……!」

「私らのリーダーはユウマだから! 何か文句ある?」

「あるに決まってるだろ! そんな自分勝手なこと……」

 霧島は言葉を止めた。
 周囲に野次馬が形成されつつあることに気づいたようだ。

「……まぁいい、好きにしろ」

 他の目を気にしたのか霧島は引き下がった。

「じゃ、決まりだね! ユウマ、行こー!」

「分かった」

 サナエたちとともに北に向かって歩く。
 背後から霧島の舌打ちが聞こえたけれど気にしない。

「なぁサナエ」

「ん?」

「霧島ってわりと人望がなさそうだな」

「学校じゃ滅茶苦茶してるからねーアイツ! 奴のこと好きな人なんていないんじゃない? 金持ちだし顔も悪くないから女にはモテるみたいだけど、私らは大嫌い!」

 霧島のことが何とも惨めに思った。
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