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013 フリーズドライ

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 マリアは人差し指を立て、「ずばり!」とドヤ顔で言った。

「フリーズドライよ!」

「なんだそれは! ドライフルーツみたいな名前だな!」

「似ているが全くの別物!」

 マリアはどこからともなく賢者の書を取り出し、フリーズドライに関するページを読んだ。

「フリーズドライとは! マイナス30度以下で急速冷凍し、それを真空状態にすることで水分を飛ばして乾燥させる真空冷凍術である!」

「すまん、分かりやすく言ってくれ。マイナス30度ってなんだ?」

「私にも分からない!」

 この世界には温度という指標が存在しないのだ。摂氏も華氏もない。
 天気予報で「最高気温は47度、最低気温は40度」などと言われると、我々の場合は「ちょっと暑いね、全裸で過ごそっか」となるが、この世界の人間にはちっとも伝わらない。この世界の人間に説明するなら「サラマンダーの洞窟の第一層に匹敵する暑さ」と言ったほうがピンとくるのだ。

「とにかく思いっきり冷やしたあと、真空状態にすればいいんだよ! それでフリーズドライになる!」

「さっすがマリア、相変わらずの天才、切れ者だな」

「ふふふ、まぁね」

 ということで、二人はフリーズドライを試すことにした。

「ロンは呼ばなくて大丈夫か?」

「平気平気、氷魔法と風魔法は前に教わったから! それより汁物がほしいかも! フリーズドライに最も適しているのは汁物なんだって!」

「おお、汁物を保存食にできるのか! なら役場にある豚汁を使おう!」

 二人はテーブルに代金を置き、酒場を後にした。

 ◇

「なんだなんだ!」

「なにが始まるんだ!?」

「またマリアとライデンが何かするらしいぞ!」

 町役場の周辺には大勢の人が集まっていた。
 野次馬の包囲網の中心にいるのはマリアとライデンで、彼らの前には多くのテーブルがあり、その上には豚汁の入ったお椀が大量に並んでいる。

「よーし、いくよー!」

 マリアは氷魔法〈フリージング〉を発動。青白い冷気がお椀を包みこむ。

「マイナス30度にしてやれ! それが何か分からないけど!」

「任せて! それが何か分からないけど!」

 温度が何か分からなくても問題ない。マリアの魔法は無事に成功し、一瞬にしてお椀に入っている豚汁はカチコチに凍った。

 氷魔法には色々な種類があるけれど、彼女の操る〈フリージング〉は注ぐ魔力によって効果が強まる――つまり温度が下がるもの。故に、マイナス30度どころか、それよりも低い温度による超瞬間冷凍が実現した。

「豚汁を凍らせてどうするつもりだ?」

「さぁ……?」

 野次馬たちが奇々怪々な目を向ける中、ライデンはビシッと豚汁を指した。

「さぁ見せてやれ! 謎の技術! フリーズドライを!」

「ほいさ!」

 マリアは風魔法〈コンプレッション〉を発動。これは対象の気圧を低くする――つまり減圧する魔法だ。注ぎ込む魔力によって効果が変動する。
 元聖女であるマリアが遠慮なしに使った際の効果は強烈で、豚汁はこの世のありとあらゆる拷問よりも厳しいレベルまで減圧されることとなった。

「見て! 氷が蒸発してる!」

「おお! 本当だ!」

 野次馬たちが「すげぇぇぇぇぇぇ!」と叫ぶ。

 彼らにとって、この現象は魔法よりも驚くべきものだった。火の魔法を使っているわけでもないのに、凍った豚汁が凄まじい勢いで蒸発しているのだから。

「こ、これがフリーズドライよ!」

 かくいうマリアも勿論分かっていない。

 余談だが、フリーズドライは気圧の変動で液体の沸点が変化する原理を利用したものだ。気圧が低くなればなるほど沸点は下がる。
 例えば水の沸点は100度であることが有名だが、減圧して気圧を100分の1まで落とした場合、沸点は約8度まで下がると言われている。富士山の山頂などで水を沸かすと100度に達することなく水が蒸発するのはそのためだ。

「このフリーズドライ豚汁、食べる際はどうすりゃいいんだ?」

「お湯を掛けると戻るんだって!」

「試してみようぜ! 誰か! お湯の入ったヤカンを持ってこい!」

「ここにあるぜライデン!」

 気の利くモブキャラがヤカンを持ってきた。これまた気が利くことに中にはアチアチに沸かした熱湯が入っている。

「本当にこれで戻るのか……?」

 半信半疑でお椀に熱湯を注ぐライデン。
 すると、フリーズドライ豚汁は溶け、元の豚汁へ復元された。

「「「すげぇええええええええええええ!」」」

 誰もが叫ぶ。もちろんマリアも叫んでいた。

「味は! 味はどうなの!?」

「待て待て皆の衆、慌てるでない……!」

 と言いつつ、ライデンは我慢できずに豚汁を飲む。

「いつもの豚汁だ! 美味い! 味に変化ない!」

「「「すげぇえええええええええええ!」」」

 誰もが興奮し、次々にフリーズドライの豚汁にお湯を掛けて試食する。そして、全く変わらぬ豚汁の味に歓喜した。

「すごいなマリア! 普段と変わらぬ味を豚汁にできるなんて夢みたいだ!」

「でしょー! これを売りに出せばきっと儲かるよ!」

「よっしゃあ! これからはフリーズドライの時代だ! 最高に美味い汁物を作り、それをフリーズドライ製法で保存食にして売りまくるぞ!」

「おー!」

「そうと決まったらまずは極上の汁物のレシピを仕入れよう! 俺はラッセルさんを呼んでくるから、マリアは食堂で準備していてくれ!」

「わぁ! ついにラッセルさんと会えるんだ!?」

「そういえばまだ紹介していなかったな! 気難しい人だから粗相のないようにな!」

「わ、わかった……!」

 ライデンは「ではまたあとで!」と走り去っていき、野次馬たちも解散した。

(あのライデンがさん付けで呼ぶだけでなく「粗相のないように」だなんて……。ラッセルさんってどんな人なんだろう)

 まだ見ぬラッセルに対し胸を躍らせるマリアであった。
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