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013 謎のお魚クイーン

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 晩ご飯のあと、ふと気になった。
 イアンとクリストはどこで寝泊まりするのだろうかと。
 山賊になって以降、彼らは山の麓にある洞窟で過ごしていた。

「俺たちはここに泊まるよ。ここの宿は安いんだ」

「シャロンは女だから利用できないけどな! だよな兄者!」

「おう!」

 二人はある宿屋の前で止まった。
 それは奇しくも私と同じ宿だった。

「奇遇ね、実は私もこの宿なのよ」

「ええええ! 女は危険だぞ!」

「そうらしいけど、私なら平気よ」

「まぁシャロンは俺たち兄弟より強いもんな……」

「そゆこと。じゃ、また明日ね」

 宿屋に入ると解散だ。
 私は自分の部屋に入ると、ベッドに身を投げた。

「あの二人、ああ見えて大変だったんだなぁ」

 イアンとクリストのことだ。
 食事中、彼らが山賊になった経緯を聞いた。

 きっかけは両親の死だ。
 約半年前、別の国に家族で旅行中、両親が事故で死んだ。

 死因は溺死。
 川でくつろぐカピバラの群れに触ろうとして流されてしまった。

 その後、二人は家に引きこもっていた。
 親の死がショックな上に、元々ニートだったのだ。
 結果、家賃が払えず家を追い出され、山賊になってしまった。

 余談だが、山賊らしい活動は何もしていない。
 基本的には他の獣を避けながら自生している果物を食べていただけだ。
 何故ならあの辺に近づく人間が全くいないから。
 唯一やってきたのが私だった。

「せっかくの出会いだし、二人を一人前に育ててあげないとね」

 と思ったが、よくよく考えたらおかしな話だ。
 私は18歳で、二人は23歳と24歳である。
 普通なら一人前に育ててもらうのは私のほうだ。

「ま、いっか。成り行きとはいえボスになったわけだし」

 今後もお姉さんぽく振る舞ってあげよう。
 そんなことを考えながら眠りに就いた。

 ◇

 翌日。
 朝というより昼前に目を覚ました。
 スマホを手に取ってイアンにメールを送ろうとする。

「あ、そうだ!」

 そこで思い出した。
 懐をまさぐり、一枚の紙を取り出す。
 名刺だ。

「トムさんに連絡しないと!」

 私の手袋を転売目的で買い占めた男であり、私に商売のアドバイスをしてくれた先輩の商人。
 昨日は見かけなかったし、既に別の町へ移動したのだろう。

「これでよし!」

 トムの連絡先を登録する。
 メールは文字を打つのが面倒なので電話を掛けてみた。

『こちら未来の大商人トム! 取引の話はいつでも歓迎だ!』

「やっほートムさん、私! シャロンだよ!」

『シャロン……?』

 ピンとこない様子。
 そういえば、トムに名前を名乗っていなかった。

「えっと、私とトムさんが会ったのは――」

『分かった! 昨日の娼婦だな!』

「え?」

『起きたらいないからびっくりしたよー! いやぁもう商人になったのかー! 早いなぁ! 俺のプレゼントしたイノシシ革のグローブは気に入ったか? 昨日も言ったが、あれはお前のために極秘ルートから仕入れたんだぜぇ!』

 ベラベラと上機嫌で喋っている。
 しかし、彼の思う女と私は別人だった。

「トムさん違うよ! 私はトムさんに革のグローブを買い占められた女だよ! トムさんが抱いた娼婦じゃなくて、極秘ルートの女が私!」

『んん?』

 トムは年のせいかすぐには理解できていなかった。
 だが、私がさらに詳しく話そうとしたところで思い出した。

『ああ! ポンポコの嬢ちゃんか!』

「嬢ちゃんじゃなくてシャロン!」

『おーおー! シャロン! スマホをゲットしたんだな!』

 電話越しに紙をめくる音が聞こえる。

「だから電話したんだけど、もしかして邪魔だった? 何か読んでいるみたいだけど」

『いや、問題ねぇよ。商人だから新聞を読んでいるんだ』

「へぇ、商人は新聞を読むものなんだ?」

『そりゃそうさ。新聞は情報の宝庫だぞ。特にこの国の新聞は商売の情報が色々と載っているからな。全国紙で満遍なく情報を仕入れるのもいいが、ローカル紙で……』

 トムの声が止まる。

「どうしたの? トムさん」

『嬢ちゃん、昨日は川魚の串焼きを売っていたのか?』

「え? あ、うん、そうだよ! トムさんの助言を参考に商品を変えたの! よく知っているねー!」

『そりゃ新聞に載っているからな!』

「私が新聞に!?」

『ローカル紙だけど、三面にがっつり取り上げられているぞ! ポンポコに謎のお魚クイーン・シャロン現るって! へぇ、国外追放されたのかー! 可愛らしい見た目してかなりの悪人だったんだなぁ!』

「そんなことまで載ってるの!?」

『国外追放の詳細は書いていないけどな。気になるなら購読してみるといい。嬢ちゃんの川魚、すげー美味くて良心的な値段だと大好評だぞ』

「おー! でも国外追放された人間に対して好意的なんだねー新聞って」

『ルーベンス王国は寛容な国だからなー」

「そうなんだ!」

 話しながらニヤける。
 自分が新聞で好意的に書かれているのが嬉しかった。

『こりゃ俺も負けてられねーなぁ! シャロン、また話そうぜ!』

「うん! またねートムさん!」

 通話が終わり、新たな一日が始まる。
 新聞に載ったことだし、今日も頑張ろう。



 しかし、数時間後――。

「嗚呼……! もう無理……! 限界……!」

 私は絶望することになった。
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