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010 リベンジと挑戦者

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 川辺で焼いていたヤマメを食べた感想は「完璧」の一言に尽きた。
 これは成功するに違いない。
 そんな確かな手応えを抱きながら町に戻った。

「さーて、今日こそ商売を成功させるわよー!」

「「おー!」」

 役所で借りた料理用の屋台を展開する。
 昨日使った屋台との違いは商品棚の部分だ。
 棚の代わりに大型の七輪が置いてある。

「これでよし!」

 七輪の炭に火を着け、七輪の周囲に串を並べた。
 串の数は50本。
 イアンと二人でブスブスと刺したものだ。

「炭が温まるまで時間がかかるし、魚が焼けるまではもっとかかる。その間にもっともっと魚の準備をするわよ」

「俺はシャロンと川に戻る。イアン、店番を頼むぞ」

「任せろ兄者! 店番と串打ちなら俺でもできる!」

「流石は我が弟! お前は串打ちのプロだもんな!」

 実際、イアンは串打ちが上手だった。
 プロは言い過ぎだが及第点を出せるレベル。

「イアン、1時間は売らずに待機だからね」

「分かってるってシャロン!」

 イアンが真っ赤な髪を掻き上げる。
 この男、髪と髭を整えたことで結構なイケメンになっていた。
 青髪の兄も同様だ。

「じゃ、あとはよろしく!」

 私はクリストとともにポンポコタウンをあとにした。

 ◇

 この国の最低賃金は2パターンある。
 時給1000ゴールドか、日給1万ゴールドだ。
 どちらが適用されるかは条件によって異なる。

 クリストたちの場合は後者だ。
 したがって、彼らの人件費は1日2万ゴールドになる。
 違法労働を是としない私としては、何が何でも払わねばならない。
 加えて私自身も最低でも日に5000、できれば1万は欲しいところだ。

 一方、串焼きは1本当たり500ゴールド。
 ヤマメからイワナまで、どの魚でもこの価格で売る。
 二人の人件費を考えると最低でも40本は売れないといけない。
 私の取り分や塩や屋台の代金を考えるともっと必要だ。
 最低でも80本、できれば120本以上は売れてほしい。

「――ということで、まだまだ魚が必要よ!」

「魚自体は問題なさそうだが、売れるかどうかは不安だな」

「味は間違いなく問題ないんだけど、この町にそこまで川魚の串焼きを食べたがる人がいるかどうかなんだよね」

 こればかりは分からない。
 賢い商人は事前に市場規模を調査するのだろう。
 だが、今の私は行き当たりばったりの手探り状態だった。

「あぁクリスト、どんどん魚をちょうだい!」

「おうよ!」

 もんどりの回収と設置はクリストが行う。
 川魚の下処理から串打ちまでは私の仕事だ。

「それにしても、他の人はどうしてここの川魚を売らないのかしら? 地図にも載っているし、罠を仕掛けたそばからガンガン獲れるし、かなり熱いポイントだと思うんだけどなぁ」

「そんなの決まっている。たくさんの猛獣がいるからさ。俺だってシャロンがいるから落ち着いているが、内心では不安で仕方ないんだ」

「なるほど」

 たしかにこの場所は猛獣がいっぱいだ。
 例えば私たちから10メートルほど離れたところにはクマがいる。
 それも人を食らう大きなヒグマだ。
 他にもハイエナやら何やらといった肉食獣が跋扈していた。

「でも、この場所って紳士協定でもあるんじゃない? クマも大人しいし、他の動物だって私たちには近づいてこないよ」

「それはシャロンが森の王を倒したからだ。俺だけしかいなかったら今頃は襲われているよ」

 森の王とは巨大イノシシのことだ。
 手当たり次第に襲いかかる暴君として有名らしい。
 そんなイノシシを倒した私に対し、他の動物は一目を置いていた。

「あのイノシシには何かと感謝ね」

「だが気をつけたほうがいいぞシャロン。この森は野心に満ちた動物が多い。君を倒して名を挙げようという猛獣が挑んでくるかもしれない」

「それならそれで刺激になって面白そうだけどね」

 などと話していると、さっそく挑戦者が現れた。
 オスのトラだ。
 森からやってきて、私の数メートル手前で止まった。

「ガルルァ!」

「やる気十分のようね」

 地図によると、トラの生息地はここから少し離れている。
 つまり、わざわざ私と戦う為だけにやってきたのだ。

「シャロン、ここは俺に任せろ!」

「馬鹿を言わないで。あんたじゃ足手まといになるだけよ」

「分かっている! もちろん口だけだ! 頼むぞ!」

 なんて男だ。
 私は苦笑いで「はいはい」と答えた。

「ガルァ!」

 トラが真っ正面から突っ込んでくる。

「イノシシと違って皮膚が柔らかいから素手で十分ね」

 ボコッ。
 飛び込んできたトラの顔面をパンチする。

 トラの体は地面に叩きつけられた。

「ガルァ!」

「ダメダメ、今ので勝負あったでしょ」

 起き上がろうとするトラの首根っこを掴んでポイッと投げる。

「ガゥ……」

 トラは勝負を放棄して逃げていった。

「ふぅ、可愛らしいものねー」

「いや、強すぎだろ! なんでそんなに強いんだシャロン!」

「昔から自然の中で過ごすことが多かったからね」

 政略結婚の話が浮上するまで、私は殆ど町にいなかった。
 基本的にはここよりも危険な猛獣のひしめく森で過ごしていたのだ。
 10歳になるまでは猟師や世捨て人に守ってもらいながら活動していたが、それ以降は殆ど一人だった。
 ここのような森は、私にとっては町にある公園と大差ない。

「それより、そろそろ戻ろっか! 追加の川魚も十分に確保したしね」

「了解!」

 追加の串は70本。
 少し調子に乗って用意し過ぎた気がする。

 だが問題ない。
 余ったら自分たちで食べるだけだ。

「少しは売れたかなぁ」

 ひょいっと露店を覗きに行く。
 すると――。

「シャロン! 遅いじゃないか! 待っていたんだぞ!」

 イアンが血相を変えて駆け寄ってきた。
 何かとんでもないことがあったようだ。

「どうしたの? 全く売れなくて動じているのかしら?」

「逆だ! 逆! とっくの前に全部売れたよ!」

「なんだってー!」

「本当か? イアン。俺たちは2時間ほど離れていたが、串焼きが売れるのは1時間待ってからだろう。つまりまだ販売可能になってから1時間しか経っていないはずだ」

「1時間どころか数分で完売しちまったよ兄者!」

 イアンが叫ぶように言った。

「おーおー、戻ったかいお嬢ちゃんたち」

「早くワシらの串焼きを作ってくれー」

「魚の串焼きを食わせろー!」

「あんなに美味しい串焼きは久しぶりじゃわい」

「私たちにも売ってー!」

 ぞろぞろと町民が寄ってくる。
 昨日と違い、今度は買う気満々だ。

「やったなシャロン!」

「うん! なんだかよく分からないけど大成功よ!」

 想像以上の人気ぶりだ。
 その理由を知りたいところだが、まずは魚を焼くとしよう。
 私たちは上機嫌で七輪に追加の串を並べた。
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