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001 プロローグ

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「シャロン、お前のような女の顔など見たくもないわ! 俺の顔に泥を塗った罪、婚約破棄だけでは済まされない! 慣例に則り国外追放だ!」

 結婚式を数日後に控えたこの日、私は婚約相手の男爵令息ブルーノから婚約破棄を宣告された。
 目の前でキャンキャン吠えている黒髪の男がブルーノだ。

 彼は私のことを浮気者のように言っているが、その実は正反対である。

 遡ること約12時間前、私はブルーノが伯爵令嬢のメアリーとキスしている現場を目撃してしまった。
 メアリーは公爵令息と政略結婚して久しいが、魔が差したのかそういう性分なのか羽目を外したくなったようだ。

 別にかまわない。
 私とブルーノの婚約も親が決めたいわば政略結婚。
 そこに愛はなく、結婚後も公式の場以外は別々に過ごす予定だった。

 だが、爵位のある貴族からすると不味かったのだろう。
 特にメアリーからすると何が何でも隠したかったことに違いない。
 ならバレないように遊んでくれたらいいのだが。

 ともかく、私は口封じによって国外追放が決定した。
 ブルーノの主張によると、私は不貞行為を働いていたそうだ。
 目撃者はメアリーや彼女に仕える執事などなど。
 リアリティに満ちた供述書も添えられて私はジ・エンドだ。

「シャロン、何か弁明は?」

 ブルーノの父であり、領主の男爵が尋ねてくる。

「ありません! 国外追放、謹んでお受けいたします!」

「国外追放は謹んで受けるものではない」

「はい」

 こうして、私は追放されることが決まった。
 しかし、後悔や恨みは全くなく、むしろ清々しい気持ちだ。

 政略結婚が決まるまで、ずっと好き放題に生きてきた。
 政治とは無縁の外の世界で、馬に乗ったり、魚を釣ったり、イノシシを追い回したり、クマを狩ったり、ジャングルの中にこしらえたハンモックで寝たりして楽しく生きてきたのだ。

 そうした日々に戻れるのが今から楽しみだった。

 ◇

 問題なのは私よりも父だ。
 私のことが心配で心配でたまらないだろう。

 国外追放とは、ただ国外にポイッと捨てて終わりではない。
 たとえ血縁関係にあろうと、貴族は追放者に対して支援してはならない。
 もし私に1ゴールドの小銭でもあげようものなら父は罪に問われる。
 ただ貴族でなければ問題ない。

 つまり、父は苦渋の選択を強いられているのだ。
 必死に掴んだ貴族の地位を捨てて娘が野垂れ死なないよう応援するか。
 もしくは、自らの野望のために娘を見捨てるか。

「ま、お前なら一人でも問題ないだろう。前々から一人で生きたいと言っていたし、実際に一人で過ごしてきた経験もある。父さんな、貴族社会で生きてきたいんだ。ということでシャロン、すまん!」

 父はわりとあっさり私を捨てた。

「OK! またどこかで!」

 私もわりとあっさり受け入れた。

 ◇

 国外追放が決まった数時間後――。
 おやつの時間と名高い15時頃、私は隣国にいた。
 生まれ育ったレミントン王国をなんとも不名誉な形で追い出され、お隣の友好国ことルーベンス王国の大草原を馬車で走っている。

 馬車といっても貴族御用達の客車があるものではない。
 行商人御用達のガコガコ揺れる木の荷台が搭載されたものだ。
 私は両手首を紐で繋がれ、荷台の端で固定されている。

 当然のように同乗者が数人いて、私以外はみんな男だ。
 もっと言えば彼らは人殺しや放火、強姦などを犯した囚人である。
 私は扱いは彼らと同じということ。

 だから私たちの乗っている馬車は、厳重な警備の騎士に囲まれていた。

「お嬢ちゃん、あんた、えらくいいドレスを着ているな。それにその長い白銀の髪。昨日までしっかり手入れされていたことが窺える。それがどうしてこんな極悪人ツアーにぶち込まれちまったんだ?」

 目の前に座っている隻眼のおじさんが話しかけてきた。
 この男のことは新聞で何度も見たので知っている。
 名前はバロン
 318件の殺人と14件のテロに関わったとされる世界的な犯罪者だ。
 他の囚人は明らかにビビッていた。

「お嬢ちゃんじゃない。私はシャロン。18歳で立派な大人よ」

「おっとこりゃ失礼。で、シャロンはどうして?」

「それが酷い冤罪でねー! ねぇバロン、ちょっと聞いてくれる?」

 暇だったので、私はバロンにこれまでの経緯を話した。
 念願の自由を取り戻したとしても、愚痴の一つは言いたくなるものだ。
 と思ったら、一つどころか二つ三つ、四つ五つと言いまくっていた。

「――とまぁそんなわけよ! ありえないでしょバロン!」

「ありえないのはお前だシャロン。なんで一回り以上も年上の俺にそこまで馴れ馴れしく話せるんだ。しかも俺が何者かも分かっている。どうなってんだお前」

「同じような名前なんだし細かいことは気にしないでよー!」

「ふ、世の中には面白い女がいるものだな。もう少し早く会いたかったぜ」

「あなたもルーベンス王国で過ごすんでしょ? なら機会があれば会えるわよ」

「残念ながら俺を含むこの馬車の人間は今日処刑される。レミントンは死刑廃止国だからな、俺らみたいな殺したくて仕方ないやつはルーベンスに押しつけて殺させるんだよ」

「へぇ! 勉強になった!」

「そんなわけでお前だけだよ、今日以降に機会があるのは」

「そりゃ残念ね。じゃあ運よくあなたが処刑から免れることを祈っているわ。もし今日を無事で乗り切れても、今後は人を殺したりテロを起こしたりしたらだめだからね」

「お前と一緒で俺も冤罪だ」

「昔なら信じなかっただろうけど、私も冤罪の身だからね。少しは信じるわ」

 話していると馬車が止まった。
 前方には小さな町がある。

「女を下ろせ!」

「私はここまでのようね。またねー、バロン」

「だから『また』はないつってんだろ」

「祈ればある!」

「囚人同士で喋ってないで下りろ!」

 騎士によって強引に引きずり下ろされた。
 バロンや他の囚人を乗せた馬車がテクテク去っていく。

「全く知らない場所、お金も後ろ盾もなく、完全に一人……!」

 目の前には小さな町。
 周囲は大草原で、その先には深々とした森。
 ここが私の新天地。

「燃えてきた! よーし、頑張って生き抜くぞー!」

 煌びやかなドレスに付着した土を払い落とし、私は町に入った。
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