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048 ピューマの気配

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 朝になり、新しい一日が始まる。
 この日は初っ端から緊張することになった。

「これは……」

 寝床から出て朝食を摂ろうとした時のことだ。
 焚き火のすぐ近くに、あるものを発見した。

「なんですか? その塊は」

「糞だよ」

 それは動物の糞だった。

「糞って、ウンチですよね?」

「シュウヤ、今から朝ご飯なのに、下品」

「食欲が低下しちゃったです」

「いやいや、そんな楽観できることじゃねぇぞ」

 動物の糞は焚き火の近くにあった。
 そしてその糞は、俺達が寝る時には無かったものだ。
 つまり、俺達が寝た後、夜になってから動物が此処へ来たということ。

「この糞はピューマのものだ」

 ピューマはネコ科の肉食動物だ。
 殆どの地形に対応しているオールラウンダーで、戦闘能力も高い。
 視覚や嗅覚が秀でており、人の肉眼では捉えられない距離から敵を捕捉できる。
 その戦闘スタイルは狡猾で、忍び寄っての奇襲が一般的だ。

「ピューマって……ひぇぇぇぇ! 危険な動物じゃないですか!」

「そうだよ。その危険な動物が、俺達のすぐ傍まで来ていたんだ」

 糞と寝床までは10メートルもない。
 ピューマの瞬発力なら瞬きする間に詰められる距離だ。
 そこまで迫りながらも、ピューマは俺達への攻撃を諦めた。

「焚き火に感謝だな」

 俺達が無事だったのはひとえに焚き火のおかげに他ならない。
 寝床の入口を塞ぐように置かれた焚き火が、敵の侵入を阻んだのだ。
 焚き火がなければミーシャかコニーが襲われていたはず。

「ひぃぃぃ、怖いですね」

「ああ。これだからサバイバルは気が抜けない」

「そんなこと言いつつ、シュウヤ、楽しそう」

「楽しいさ。俺はこういう自然に身を置くことが好きだからな。病気で衰弱して死ぬくらいなら、サバイバル生活の中で熊に食われて死ぬ方がまだマシだ」

 人間は決して強くない。
 自然界の中で強さの格付け表を作ると、人間は下の方に位置する。
 それでもこうして生き抜くことが出来るのは、知恵と知識を備えているから。
 今回は、人間の知恵がピューマを上回った。

「とはいえ、ここで悠長にしているのもよろしくないな」

「そうなんですか?」

「この糞は警告でもあるのだろう。早く縄張りから出て行かないと襲うぞ、と」

「ピューマの負け惜しみ」とミーシャ。

「そうとも言えるが、下手に刺激するのは良くないだろう。メシを食ったらさっさと移動を再開しよう。今もピューマに監視されている可能性があるからな」

 有事に備えて手元に斧を置く。
 その状態で朝食を堪能するのだった。

 ◇

 朝食を済ませて移動再開。
 寝床はそのまま放置しておくことにした。
 よく出来ているし、いつか誰かが使うかもしれない。

 丘を下るとまたしても背の高い木が生い茂る森だ。
 木の間隔が広いので移動は苦にならないものの、視界はあまり良くない。
 どれだけ意識していても、何かしらの見落としは防げないだろう。

 今回は縦2横2の隊列を組んだ。
 俺の横をアリシアが歩き、後ろにミーシャとコニー。

「〈ナラ〉に行ったことのある人間ってどのくらい居るんだ?」

 静かに歩くのも寂しいので話を振る。

「おそらく殆ど居ないかと……」

 答えたのはアリシアだ。

「50年ほど前までは、〈オオサカ〉にもう1人、超級の方がおられたそうです。その方がご存命の間は、長老様を中心に〈オオサカ〉の方々が全国を回って食糧調達の支援をされていたと聞いたことがあります」

「そいつが死んでからは今のような状況ってことか」

「ですので、私も他の集落がどうなっているのか興味があります」

 すると、約50年の間、他所の集落とは交流がないわけだ。
 もしかしたら他の集落は消滅している……ということも十分にあり得る。
 まぁ、チャボスやアリシアの話を聞く限り、消滅はないと思われるが。

「まだ昼過ぎだが、今日はあの洞窟を拠点にしようか」

 道中にちょうど良い洞窟を発見した。
 隣り合わせの崖が地殻変動か何かで傾き、もたれ合うことで出来た洞穴だ。
 天井の高さは3メートル程で、穴の深さは奥の壁がギリギリ見えないくらい。

「昼なのに移動を終えちゃうのですか?」

「この先に良い場所があるとは限らないからな。じっくり行くさ」

 〈ナラ〉までの距離が分からない以上、堅実さが一番大事だ。
 常に昨日みたいな良い寝床を作れるわけでもないからな。

「近くにバナナの木もあったし、此処なら寝床に最適だろう」

「バナナ? それは何ですか?」

「果物の一つさ。そう言えばバナナを食べたことがないんだったな」

 〈オオサカ〉の周辺にもバナナの木はある。
 しかし、〈オオサカ〉ではバナナの存在を教えなかった。
 バナナの自生地がジャガーの縄張りと被っていたからだ。

「バナナってどんな果物なんでしょうねー、楽しみ!」

「バナナ、食べてみたい」

「コニーも、興味あります、です」

 女性陣はバナナを妄想して楽しそうだ。
 俺も彼女らがバナナを食べるところを眺めたかった。
 特にアリシアがバナナにしゃぶりつく姿は……そそられる。

「ま、バナナのことはさておき、まずは――」

 洞窟を指す。

「先客を追い出さないとな」

 こういった好環境の洞窟には必ず先客が居る。
 ご自由にお使い下さいとばかりに放置されていることはない。
 そして今回、俺達を待ち構えていた先客というのは――。

「なんか天井に張り付いていますよ!」

「鳥……?」

「不気味です」

「いや、あれは――コウモリだ」

 洞窟を根城にする定番の動物であり、なかなか厄介な存在だ。
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