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042 新たな目標

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 漆器が普及したことで、目下の問題点が全て解決された。
 上級の野郎連中に対するアリシアの教育も終了した。

「俺達の仕事はこれで終了じゃないかな」

 チャボスの家にて、チャボスに言った。
 いつものように囲炉裏を囲む俺、チャボス、アリシアの3人。

「お主らに比べるとまだまだ拙いが、たしかに技術を受け継いでおる」

「練度は実戦で経験を積めば高まっていくだろうよ」

「じゃな」

 チャボスがコップに入った白湯をゴクッと飲み干す。

「この調子ならそう遠くない内に他の集落へ派兵できそうじゃのう」

「前に言っていた計画だな」

「うむ」

 チャボスは人類を滅亡の危機から救う為、計画を練っていた。
 それが此処〈オオサカ〉の発展が落ち着いたら他所に派兵するというもの。
 俺達が教えたノウハウを、今度はチャボスの部下が他所に教えるわけだ。

「ずっと気になっていたんだが、どうして此処に集約しないんだ?」

「む? どういうことじゃ?」

「他所は此処ほど充実していなくて、人数も少なく貧窮しているんだろ?」

「そうじゃ」

「だったら他所の人間を此処に集めて統合すればよくないか? その方が各所で生活基盤を立て直していくより楽だと思うが」

 チャボスの計画では、あくまでの他所の人間はその場に留まる。
 わざわざ他所の集落へ技術を教えるくらいなら、此処に集めた方が楽だろう。

「お主の言うことはごもっともじゃが、それには問題が2つある」

「2つ?」

「まず、集落の人間――正確にはスポットの上の人間を0にすることは出来ない。0になったら井戸が涸れてスポットが消えるからじゃ」

「なんだって!?」

「ひとたび涸れた井戸を復活させるのは大変じゃ。超級魔法を施すか、または川や海の水を継続的に井戸へ供給せねばならない」

「超級は論外として、川や海の水を井戸まで引くのも面倒だな」

「さよう。だからスポットの上には誰かしらの人間が必要じゃ」

「なるほどな。で、もう1つの理由は?」

「これは遠くの集落に限った話じゃが、此処まで連れてくるのは大変じゃろう。効率と安全性を考えた場合、もっとも遠い集落から順にここへ近づいてくることになる。大人数で移動することになるじゃろう。ワシはサバイバルに疎いが、大人数で長距離を移動するのは大変じゃないか?」

「たしかに。食糧調達に問題が生じるな」

「だからその場その場に留まってもらって、発展させていくほうがよいのじゃ」

「そういうことか」

 理解した。
 こうして説明を受けると、チャボスの判断が正しいと感じた。

「ただ、この方法にも問題はある」

「というと?」

「他所に教えられる技術が野外生活に関するものだけということじゃ」

「流石に工房や酒場の技術を教えるのは難しいか」

「出来るだけ女はスポット内に留めておきたいからのう」

 野外生活に関する技術。
 寝床の作り方、獲物の狩り方、食える食材の知識、等々。
 ざっくり言うと、スポットの外で生き抜く為の技術に限られている。
 蜂蜜や石鹸といった、暮らしを豊かにする技術は含まれていない。
 派兵されるのが下級の男だけだからだ。

「このままだと〈オオサカ〉と他所で技術格差が生まれてしまう。どうしたものか……」

 頭を悩ませるチャボス。

「お気持ちはお察ししますが、どうにもならないのではありませんか?」

 アリシアが丁寧な口調で言う。
 チャボスも「そうなんじゃよなぁ」と呟く。

「果たしてそうだろうか?」

 俺は同意しかねた。

「「えっ」」

 驚く2人。

「酒場と工房から1人ずつ同行させれば済む話だろう」

「そう易々とはいかん。男連中の一団に女を放り込むなど」

「そうですよ! 入れられた女の人が可哀想じゃないですか!」

「それもじゃが、異性関係で何かとトラブルが生じかねない」

「ふっ、どこの世も同じってわけか」

 チャボスの言っていることは想像に容易かった。
 野郎の集団に少数の女が加わることでグループが破綻する。
 日本ではよくあることだった。

「だったらこういうのはどうだ?」

 俺は代案を提示する。

「俺とアリシアが先行して他所に行く。そこに酒場と工房から1人ずつ加えるんだ。男が俺しかいないならチャボスが懸念するような問題は起きないだろう」

「たしかにそうじゃが……それだとお主らに負担が」

「俺は別にかまわないよ。もともと他所の集落へ行ってみたかったし」

「私もシュウヤ君と一緒なら問題ありません!」

「お主ら……自ら危険な任を引き受けてくれるか……」

 チャボスの目に涙が浮かぶ。
 老いると涙もろくなるというのは本当のようだ。

「ならばお主らに工房と酒場からそれぞれ1人ずつ加えた4人に、先行して〈ワカヤマ〉か〈ナラ〉に行ってもらうとしよう。同行者についてはこれからスカーレットとロービィの二人に話して決定する」

「はい!」

 元気よく承諾するアリシア。
 一方、俺は「待て」と違った反応。

「なんじゃ? 同行者は自分の気に入った女子めごがええと?」

「いや、そうじゃない。他所の集落の名前だ。なんていった?」

「ナラとワカヤマじゃが」

「そうだ。で、此処はオオサカだよな?」

「それの何がおかしい?」

 首を傾げるチャボスとアリシア。
 彼らがそういった反応を見せるのも無理はない。

「大阪、奈良、和歌山……全て日本にあった場所の名前だ」

 都道府県と言っても伝わらないから場所と言い換えておく。

「なんじゃと!?」

「しかも大阪は奈良と和歌山に隣接していた。東に奈良、南に和歌山、北東に京都があって、北西に兵庫がある。で、西は大阪湾……つまり海だ」

「長老様! キョウトとヒョウゴも……」

「ああ」と頷くチャボス。
 そのやり取りをみるだけで分かった。
 京都と兵庫も存在しているのだ。

「チャボス、この世界の地図を書けるか?」

「無論じゃ」

 チャボスが家にあった無地の布を魔法で手元まで運んでくる。
 そこへ別の魔法を発動して、サササッとこの世界の地図を書き上げた。

「この星で記した場所が〈オオサカ〉じゃ。で、丸で囲っているのが他所の集落じゃ」

 チャボスから地図を渡される。
 それを観た俺は衝撃を受けると同時に「やはり」とも思った。
 案の定、日本と酷似した地理模様が広がっていたのだ。

「地名もそうだが、形も似ているな……」

 俺の言葉に、チャボスも「やはり」と呟く。
 一連の流れから、俺と同じ考えに至っていたようだ。

「長老様、こんな偶然ってあるのでしょうか?」

「信じがたいがありえるのじゃろう。此処がシュウヤの居た日本の遥か未来の姿か、または奇跡的にも似ているだけなのか。どちらかは不明だが、とにかく此処と日本は形が似ておるということじゃ」

「俺は後者だと思うけどな。形状や名称こそ日本と似ているが、土地の大きさは明らかに別物だ」

 この集落は、大阪本土から少しだけはみ出したような場所にある。
 もしも日本と同じ大きさであれば、この周辺はもっと狭くないとおかしい。

 大阪には関西空港のように、そういった場所が多く存在している。
 それらの面積は一様に狭く、この世界の地形ですら踏破に一日を要さない。
 ところがこの世界ではそうもいかないので、明らかに大きさが違っている。
 日本よりもこの世界の方が遙かに大きいのだ。

「ま、奇妙な偶然もあるということで話を進めよう。話の腰を折った俺が言うのも変な話だが、これ以上は今の俺達に知る由もないだろう」

 チャボスとアリシアが同意する。

「ナラまではどれだけ早くても数日はかかる。じゃからお主らにはその為の準備を整えてもらいたい。何が必要かはシュウヤの判断に任せる。必要なら集落の人間を好きに使ってもらってかまわない」

「了解した」

「同行者の選定が済んだら追って連絡する。おそらく明日か明後日には決まるじゃろう。それでは、解散!」

 かくして次なる目標が決まった。
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