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034 スカーレットと土器

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 翌日。
 朝食後、俺は一人で工房へ来ていた。
 工房長のスカーレットと会うためだ。

「こんにちは、工房長のスカーレットさんを尋ねてきたんだけど」

 俺が工房に入ると、職人達は口と手を止めた。
 作業を切り上げてこちらを見てくる。

 工房長と思しき女性は二人。
 最年長の婆さんとお色気むんむんのお姉さんだ。
 俺が見たところ、職人達はこの二人の指示に従っている。

(頼む! お姉さんのほうがスカーレットであってくれ!)

 どうせならお姉さんの方がいい。
 前に来た時は「気持ちいいことを教えてあげる」と家に誘われた。
 それに対し、俺は元気に「はい! 喜んで!」と答えたものだ。
 冗談だとは分かっていたが、それでも妄想は捗ってムラムラした。

「あたしゃがスカーレットじゃよ」

 やってきたのは婆さんだった。
 現実は甘くないのだ。
 あのお姉さんはスカーレットではなかった。

「貴方がスカーレット……さんですか」

「嘘じゃよ」

「えっ」

「スカーレットはあの子、あたしゃの名は――」

「名前は結構! そちらのお姉さんがスカーレットさんでしたか!」

 婆さんが指したのは、あの妖艶なお姉さんだった。
 奈落の底に落ちた我がテンションが急激に上昇していく。

「ふふっ、よほど私のことが気に入ったようね」

 妖艶なお姉さんことスカーレットが目の前にやってきた。
 近くで見れば見る程に大人の色香が漂っている。
 真っ直ぐ腰まで伸びた緋色の長い髪、左の目尻の下にある小さなほくろ、谷間を強調した服、太ももが見える短いスカート、アリシアと同等に大きな胸……何から何まで全てがエロい。

「長老から話は伺っているわ。私達に手取り足取り教えてくれるのよね」

 言い方もいちいちエロい。
 俺の妄想はどこまでも加速し、ズボンがえらいこっちゃになっていた。

「ま、まぁ、そうなんですが、早速、作業に入ってもいいですか?」

「かまわないけど、かしこまった話し方はやめてもらえる? 名前も呼び捨てで結構よ。私達はそういう関係でいきましょ」

「わ、分かった」

 スカーレットが「ふふっ」と笑う。

「改めてよろしくね、シュウヤ君。私が工場長のスカーレットよ」

「こちらこそ」

 スカーレットと握手を交わす。

「作業を始めるので外に出たいのだけど問題ないかな?」

「大丈夫よ――1班と2班は作業を継続。あとの人はシュウヤ君の見学に行くよ」

「「「はーい」」」

 スカーレットが指示すると、職人達が足並みを揃えて動く。
 今日の工房には40人の女性がおり、その内30人程が俺達に続いた。
 1班と2班が残りということは、1つの班につき5人が所属しているようだ。

 工房を出て集落の中央付近にある広場へ向かう。
 その道中、隣を歩くスカーレットと話をした。

「今日の工房は前よりも賑やかな気がする」

「前にシュウヤ君が来た時は今の半分くらいだったっけ」

「たしかそのはず。増員したの?」

「増員はしていないよ。ただ前は大半が出勤していなかっただけ。最近まで作る物がなかったから、職人の半数以上を他所の手伝いに回していたのよ」

「そうだったんだ」

「今はキミのおかげで忙しいからフル稼働だよ。全部で10班――つまり50人の職人がいるんだけど、今日は5班と6班を除く8つの班が出ているね」

「なるほど」

 最近の工房では野外活動で使える道具を量産している。
 一番は川に仕掛ける罠で、その次に斧をはじめとする武器だ。

「さて……」

 目的地に到着した。
 宴で使われる広場で、今は何もない更地だ。
 数メートル先にポツンと佇む井戸がある程度。

「今日は〈土器〉を作ろうと思う」

 本題に入る。

「土器?」

 首を傾げるスカーレット。
 その後ろから口々に「土器って何?」という声が聞こえてくる。
 誰も土器を知らないのだ。

「土器は土で作る容器のことだよ。魔法を使わなくても簡単に作れるが、今回は魔法を使って作るとしようか」

 土器を作るのに必要なモノは3つ。
 粘土、砂、そして炎だ。

「土器を作るにあたって重要なのは粘土だ」

 粘土の調達は場所次第で苦労する。
 しかし、魔法が使えるこの場においては楽勝だ。
 土魔法を使えば地中の粘土を無限に掘り起こせる。

「これが粘土だ」

 サクッと魔法で掘り起こした粘土を手に持ってみせる。

「触ってもいい?」

「もちろん」

 スカーレットが粘土に指を近づける。
 右の人差し指と親指を使って摘まんだ。

「なんだか粘り気のある土ね」

「だから粘土っていうのさ」

 粘土が確保出来たら次の工程だ。
 腰を屈めて地面の砂を集め、それを粘土に混ぜる。
 何度も何度も手で捏ねていく。

「この作業によって空気を抜いている」

「そこは魔法でも出来そうだけど、手じゃないと駄目かな?」

「別に空気が抜けたら何でもいいよ」

「分かったわ」

 練り練りして空気を抜いたら次のステップへ。

「普通なら平らな木や石を台座にして、そこに草を敷いて、その上にこの塊を載せて容器の形を作っていく。だが、魔法があるので魔法を使おう」

 俺は風魔法を発動。
 風の力で粘土と砂の混ざった塊を目の前に浮かせた。
 それから手で容器の形に仕上げていく。
 今回はバケツが欲しいので、バケツの形にしておいた。
 後で取っ手を付ける予定なので、竹ひごを通す穴を空けておく。

「器用ね、シュウヤ君」

「そうかな? 自分では不器用だと思ってるけど」

「私達より遥かに器用だと思うよ。テクニックが豊富そう」

 テクニックが豊富……。
 またしても変な妄想をさせる言い方だ。
 俺はズボンが窮屈になっているのを感じた。

「そ、それで、あとはこいつを焼けば完成だ」

 サバイバルだと焚き火を使う場面。
 しかしここでも魔法を使ってサクッと済ませる。
 宙に浮いている土器バケツに向かって火魔法を発動した。

「こうして焼くことで、粘土に含まれた水分と空気を完全に取り除いている。すると先程までのへなへなさから一転してガッチガチに固まるんだ。それで完成」

 しばらくして土器バケツが完成した。
 プロの陶芸家ではないので形は微妙だが、機能性は問題ない。

「左右に作った穴に竹ひごを通せば取っ手を付けることが可能だ」

 説明を終えると職人達から歓声が上がった。

「何もないところから容器を作るなんてびっくりね」

 スカーレットも感心している。
 地味すぎるかと思ったが、ウケたようでよかった。

「この世界における土器の利点はまさにそこだよ。何もないところから作れる。魔法があれば実質的に無限の土器を作成可能だ。容器だけでなく、武器やら何やら色々な物の作成に役立つだろう」

「サバイバルって本当に凄いね」

 スカーレットが職人へ振り返る。

「皆、やり方は覚えたでしょ? 試しに作ってみて」

「「「了解!」」」

 職人達は一斉に土器を作り始めた。
 作り方が簡単な上に、彼女らは此処でも屈指の器用さを持つ。
 誰一人として苦労することなく、サクッと土器を作り上げた。

「自分の手で形を決めるのって面白い!」

「技術だけじゃなくて美的センスも問われるよね!」

「私、土器作りにハマちゃったかも」

「私も私も!」

 土器、大ウケ。
 職人達の喜ぶ顔を見ていると、俺まで嬉しくなった。

「いきなり素敵な技術を教えてくれてありがとうね」

 スカーレットが俺の背後に回り込む。
 そして、ゆっくりと後ろから腕を回してきた。
 俺の肩からたらりと垂れる彼女の腕が、優しく胸をさすってくる。

「お礼にウチで気持ちいいことする?」

 耳元で囁くスカーレット。
 俺は息を呑み、視線を下に向けた。

(まずい……ギンギンだ……)

 ズボンは今にもはち切れそうだった。
 こんな所をアリシアに見られたら怒られるかもしれない。
 私以外の人に鼻の下を伸ばしちゃって、とかなんとか。
 いや伸びているのは鼻の下とは違うところだけどね、なんつって。

「い、いや、俺は今から別の作業があるから」

「そうなの?」

 驚いた様子のスカーレット。
 彼女が腕を解いたので、俺は振り返って向き合う。

「俺はこの土器に取っ手を付けたら海水を汲みに行くんだ」

「海水? ――ああ、塩を作るためね」

「そういうこと」

 土器作りを提案したのは海水を汲みに行けるからだ。

 集落では今、深刻な塩不足が発生している。
 なぜなら塩を汲む為の容器が竹筒しかないからだ。
 筒に入る水の量など高が知れている。
 せっかく塩の凄さに感動しても、その塩がなければ意味がない。

 そこで役に立つのが土器バケツだ。
 一度に汲める海水の量は竹筒の数倍に及ぶ。
 コイツを使って海水を汲めば一気に効率アップだ。

「じゃあ、私達は土器バケツを量産しておくね。長老が他の人に海水を汲ませに行くだろうから」

「お願いするよ」

 後のことはスカーレットに任せて、俺は単身で集落を出る。
 久々の外にニッコリしながら、早足で海へと向かうのだった。
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