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031 第1章エピローグ:帰還

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 季節外れの雪に見舞われた過酷な夜をどうにか乗り切った。

「見ろ、アリシア」

「雪が……!」

 寝床の中、俺達は仲良く座り、空の様子を眺める。
 夜が終わって日が昇り始めると同時に、長らく続いた雪が止んでいく。
 凍てつくような寒さは鳴りを潜め、ポカポカ陽気が訪れようとしていた。

「これは朝食を摂ったら少し休めそうだな」

「ですね! ですが、果たして火を起こせるでしょうか?」

「どうだろうな。とりあえず――……」

 寝床の外には焚き火の残骸が見える。
 竹の籠等の道具及びそれらを守る屋根は吹き飛ばされていた。
 だが、問題はそれらではない。

「――俺達は服を着ようか」

「えっ、あわわわわっ! そ、そうですね!」

 問題なのは服だ。
 無我夢中で核温を上げる最中に、俺達は服を脱いでいた。
 だから今は全裸である。

 服を脱いだ理由も合理的だ。たぶん。
 地肌と地肌を重ねた方がより暖め合える……とかそんな理由だ。
 厳密には何を言ったか覚えていない。
 ただ、とにかく、俺達は夜が明けるまでイチャイチャした。
 それはそれはすごく気持ち良かった。

「シュ、シュウヤ君、昨夜のことは……」

「核温を上げる為……だろ?」

「そそ、そうですよね」

 俺達は静かに散乱した服を着ていく。
 1週間着続けている服は、改めて着ると汗臭かった。
 集落に戻ったら服の洗濯もしないとな。

「もし、もしですよ?」

 服を着終えたところで、アリシアが話しかけてくる。

「もしもまた、昨夜みたいなことをしたくなったら……」

「えっ?」

「シュウヤ君は、その、私とじゃ、嫌、ですか?」

 不安そうな目で俺を見てくるアリシア。
 売れ残ったチワワのような目をしている。

 俺は今すぐにでも彼女を抱きしめたくなった。
 もっと言えば着たばかりの服を引っ剥がしたくなった。
 そんな思いをグッと堪えながら答える。

「嫌だなんてとんでもない! 是非ともよろしく頼む!」

「はい!」

 空と同様、アリシアの表情も晴れるのだった。

 ◇

 火起こしは苦労したが、最終的には成功した。
 初日にストックしておいた燃料が役に立ったのだ。
 屋根の建材として使った枝も燃料に再利用できた。
 湿気っているのは表面だけなので、そこを削れば余裕で使える。

「美味ひぃ!」

「生き返るぜぇ!」

 こうして俺達は焚き火を復活させ、朝食にありついた。

 野外生活7日目の食材もキノコ類だ。
 吹き飛ばされた備蓄分を回収し、それを焼いて食べる。
 調味料は何もなかったが、今までより美味しく感じた。
 それだけ体力を消耗していたということだ。

「そろそろ良い頃かな」

「本当だ! 溶けてきてますね!」

 俺が必死こいて用意した水の備蓄は生きていた。
 空の竹筒は大雨の際に満たされ、既に入っていた分も無事だ。
 だから、それらの水を飲料に回す。

 当然ながら、全ての竹筒はあの突風で吹き飛んだ。
 寝床から出た時は、四方八方に転がる竹筒に愕然としたもの。
 それでも無事だったのは、寒さのあまり中が凍っていたからだ。
 現実は俺の認識よりも遥かに冷えていたということ。

 氷は溶かせば水になる。
 煮沸と同じ要領で焚き火にかければ飲料水の出来上がりだ。

「完全に復活だな」

「はい! もう元気マックスです!」

「後遺症がなくてなによりだよ」

「後遺症?」

「俺達は互いに身体が冷え切っていたからな。特にアリシアは核温の低下が著しかったようで、俺よりも死にそうな雰囲気だった。あそこまで冷えたら、回復しても後遺症が出る可能性もあったはずだ。特に問題なく回復出来たのは大きいよ」

「シュウヤ君がたくさん頑張って暖めてくれたからですね。助けてくれて本当にありがとうございます」

「俺も良い思いをさせてもらえてありがとうございます」

 俺はニヤニヤしながら胸を揉むジェスチャー。

「もー! 変態ですよ、そういうの!」

 アリシアは顔を赤くしながら頬を膨らませる。
 その後、俺達は声を揃えて豪快に笑い合うのだった。

 ◇

 朝食のあとは就寝だ。
 もちろん、外敵に対する備えは怠らない。
 雪が止んだことで、動物達が活動を再開するからな。

 対策として、寝床を囲むように焚き火を5つも作った。
 俺達を食うような動物は火を恐れる為、これで問題ない。

「おやすみなさい、シュウヤ君」

「おう、おやすみ」

 寝床の真ん中で大の字に寝転ぶ俺。
 アリシアは俺の左腕を枕の代わりにして、俺に抱きついてくる。
 昨夜のイチャイチャがあったことで、俺達の関係性は進展していた。

(なんだか恋人みたいだな)

 彼女いない歴=年齢の俺は、そんなことを思いながら眠りに就いた。

 ◇

 俺達が起きたのは昼を過ぎた数時間後。
 あと3時間もすれば夕暮れ時になるだろう、といった時間帯。

「そろそろ集落に向かって動いていくか」

「ですね! 寄り道するので、今から出てもちょうどいいはずです!」

 寄り道とは食料調達のことだ。
 パイナップルとレモンを穫り、川に仕掛けた罠を確認する。
 魚が掛かっていれば、こちらも持って帰るつもりだ。

 これはアリシアが提案したこと。
 集落の皆に丸焼き以外の料理を教えたいから、と。
 その為には実際に食べてもらうのが手っ取り早い、と。
 全く以て仰る通りなので、俺もその案に賛成した。

「アリシア、目くそとかついてないか?」

「大丈夫ですよー! 私はどうですか?」

「うむ、問題ない」

 川の水で顔を洗い、互いに汚れていないかを確認。

「うし、行くか」

「はい!」

 互いにフル装備で歩き始めた。

 ◇

 パイナップルやレモンは当然として、魚も大量に獲得できた。
 面白いことに、今回の罠にもヤマメしかかかっていなかった。
 川を見ている限り他の種も居るのに、どういうわけかヤマメだけだ。

「面白い程にヤマメが獲れるな。最高だぜ、この川」

「私は他のお魚さんも食べたかったですよー」

「ヤマメより美味い魚なんざ、そうそう居ないぞ」

「それでも食べたいんです!」

 話ながら一緒に魚を捌く。
 アリシアは俺の教えを正確に覚えていた。
 頭部をデコピンして締めることまで忘れていない。

「これで全部だな」

「たくさん獲れましたねー、前より5匹も多い!」

「設置期間が長かったしな」

 魚の回収が終わったら罠を川に戻す。
 しかし今回は餌を入れていない。
 俺達が利用するのは今回で最後だからだ。

 今後、この罠は集落の人間が使うことになるだろう。
 罠はその時に自分達で入れればいい。

「さて、帰るか――って、おい、アリシア、あそこ!」

 前方約10メートルの地点に獲物を発見した。
 俺の言葉によって、アリシアも獲物の存在に気づく。

「シマヘビだぁ!」

 言うなり駆け出すアリシア。
 走りながら腰に装備していた石斧を手に持つ。
 そして距離が詰まると、間髪を入れずにシマヘビを殴殺。
 一連の動きはあまりにも流麗だった。

「やりましたよ! シュウヤ君! シマヘビ、ゲットです!」

 こちらに向かって嬉しそうにシマヘビを掲げるアリシア。

「お、おう、おめでとう……」

 俺は強すぎるアリシアの動きに苦笑いを浮かべた。
 竹の籠を背負って身体が重いはずなのに……驚くべき動きだ。

「折角なのでこのヘビも捌いて持ち帰りましょう!」

「そうだな」

 キノコ、果物、魚、シマヘビ。
 野外生活で食べたフルコースを持ち帰ることになった。

 ◇

「異世界人が帰ってきたぞ!」

「アリシアも生きてる!」

「二人が帰ってきたぁあああ!」

 集落に戻ると皆が歓迎してくれた。

「魔法が使えるこの感覚……懐かしいな」

「やっぱり魔法って便利ですねー!」

 スポットに入って最初にしたのは魔法だ。
 ピンッと立てた人差し指の上で、火や水の魔法を使った。
 相変わらず便利なものだ。魔法というのは。

「よくぞ帰ってきたなぁ!」

 チャボスが現れた。
 大衆をかきわけ、俺達の前に来る。

「まさか本当にスポットの外で生き抜くとはのう」

「なかなか過酷だったがどうにかな」

 食えねぇ爺さんだな、と思いながら答える。

「やはりこの世界の生物は危険じゃったか?」

「いいや、例の巨大蛇以外は地球にも居るからな。それよりも大変だったのは、あんたが魔法で生み出したクソみたいな天気のことさ」

 えっ、と驚いたのはアリシアだ。

「長老様が雨や雪を!?」

「そうなんだろ? チャボス」

「どうしてワシの仕業だと分かった?」

 チャボスは否定しない。
 それに驚いている様子もない。
 つまり認めているのだ。

「帰り道に気づいたが、俺達の拠点付近以外、暴風雨や雪の形跡がなかった。あれだけ天気が荒れていたら、今日の肉食動物はもっと活発になっている。飢えに飢えているから。それがどういうわけか、いつも通りだった。それに樹木なども被害を受けていなかった。落ちている枝葉に至っては、天気の荒れが嘘だったかのような有様だ。季節外れの雪もおかしい……となれば考えられるのは1つだろう」

 住民達がどよめく。
 そこまで分かるものなのか、とか。
 これがサバイバルの力なのか、とか。
 どうやら彼らは知っていたようだ。悪天候のことを。

「ほんとお主は大したものじゃ」

「え、じゃあ、その、私とシュウヤ君のアレコレも、長老様は……?」

 顔から湯気を出すアリシア。
 チャボスに監視されていたことを忘れていたみたいだ。

「安心せい。魔法による監視で分かるのは居場所と体調くらいだ。何をして、どういう会話をしていたかということは分からない。だから把握しておるのは、お主らが雪で死にかけていたってことくらいじゃよ」

「ホッ……」

 安堵するアリシア。

「なんにせよ、これでサバイバルの実力は証明できたんじゃないか?」

 俺の問いに、チャボスが「そうじゃな」と頷く。
 それから、チャボスは身体を翻し、集落の住民達に言う。

「異世界人シュウヤは、見事にスポットの外で1週間を生き延びた。それもただ生き延びたのではなく、ワシが与えた数々の天候を乗り越えての生還だ。魔法に頼らずとも生きていけることを証明したと言えるだろう」

 住民達が頷く。

「今後、皆にもサバイバル能力を身につけてもらう。これは魔法階級にかかわらず全員が対象じゃ。スポットの外でも生活出来るようになれば、ワシの死後も飢餓に怯えることはなくなる。超級が居なくても大丈夫な環境を築けたら、長らく続いた人類滅亡の危機にも歯止めが掛けられるじゃろう」

 チャボスは一呼吸置いてから言い放つ。

「サバイバル、万歳!」

 この言葉に、俺を含むその場の全員が呼応した。

「「「「「サバイバル、万歳!」」」」」

 この日、俺のサバイバルは正式に認められた。
 この世界に革命を起こす画期的な技術として。

 そして、俺自身も認められた。
“ただの下級”とか“木をシコシコするだけの人”ではない。
 魔法に頼ることなく生きていける“英雄”として認められたのだ。

「シュウヤ、今後もどうかよろしく頼む。お主のサバイバル能力で、この世界の文明に革命を起こしていってくれ」

「もちろん協力させてもらうぜ。今回の野外生活で使わなかったサバイバルのテクニックがたくさんある。そういった技術に魔法が組み合わされば、今よりも遥かに快適で素晴らしい生活が出来るようになるだろう。俺としても楽しみだ」

 いい感じに話がまとまってきた時、アリシアの横槍が入る。
 お腹をぐぅと鳴らして空腹を告げてきたのだ。

「す、すみません!」

 真っ赤な顔を背けるアリシア。
 それを見て笑う俺達。

「待っておれ。すぐにお主らの帰還を祝福する宴を開かせる。備蓄しておいたイノシシの丸焼きに、極上のワインを添えるとしよう」

 俺とアリシアの眉間に皺が寄る。
 かといって、「結構です」とは言えない。
 引きつった笑いで「ありがとう」と言うことしか出来なかった。

「それでは行くぞい!」

 チャボスが住民を率いて集落に入っていく。
 その後ろに重い足取りで続く俺とアリシア。

「まずはメシ関連で革命を起こさないとな……」

「ですね……」

 今回の野外生活はきっかけに過ぎない。
 言うなれば序の序。プロローグだ。

 俺の異世界サバイバル革命はここからが始まりだ――。
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