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027 暴風雨

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 山の天気は変わりやすい。
 清々しい晴れ模様が一転して雨になることなど日常茶飯事だ。
 だが、俺達が居るのは山ではない。

「この世界って、こんなにコロッと天気が変わるものなのか?」

「そんなことありませんよ! 私だってびっくりしています!」

 俺達は焚き火の前で座り、ぼんやりと周囲を眺めている。
 服はどうにか乾いて、核温――深部の体温――も冷えていない。
 健康面の問題はないものの、状況はあまりかんばしいといえなかった。

 問題なのは風だ。
 強烈な風が縦横無尽に吹き荒れている。
 寝床は安定しているが、焚き火などを覆う屋根は怪しい。
 これ以上の勢いになると吹き飛ぶ可能性もあった。

「雨を想定してというより肌心地を考えてのことだったが……」

 俺は自分達が座っている床材に目を向ける。
 縦に割った竹が敷き詰められていた。
 切断面が地面に軽く埋まっている状態だ。

「竹の床を作っておいたのは正解だな」

「流石です、シュウヤ君」

 寝床もこの場所も床材はこの竹だ。
 おかげでぐちょぐちょの地面を避けることが出来た。
 竹がなければ、今頃はお尻がビショ濡れだったはずだ。

「しかし、高床式にしなかったのは失敗だな」

 これは寝床を見て言った台詞だ。

「高床式ってなんですか?」

「床を地面から離れて作る方式のことさ。地面に柱を立てて、その上に床を作る。そうすることで蟻やらヘビやらネズミやらといった地を這う外敵の侵入を防げる。今みたいな雨の場合だと、雨水の浸入も防げるというわけだ」

 俺達の寝床には水が入ってきている。
 竹と竹の隙間に、少しずつ溜まっているのだ。

「こんな時、こういったサバイバルではどう対処するのですか?」

「この場で出来る作業をするしかない。屋根から出るとビショ濡れになるから」

「と言うと?」

「今は何も出来ないってことだ」

「ですよねー……」

 この場に大量の竹ひごでもあれば、内職をしようという気になる。
 例えば頭を覆う笠を作るだとか、暇つぶしも兼ねて何かを作るだろう。
 しかし、この場にあるのは食糧と斧や石包丁といった道具だけだ。
 出来ることは何もないので、ただただ外を眺めていることとなった。

「この調子だと天気がいつ回復するか分からないし、食糧を節約しながらぼんやりと時間が過ぎるのを待つとしよう」

「分かりました!」

 雨は必ずしも悪いとは限らない。
 特にこれだけの暴風雨となれば、ありがたい側面もあった。

 例えば敵に怯える心配がないこと。
 蟻などの小さい害虫からジャガーなどの大型害獣まで安心だ。
 蚊をはじめとする羽音が厄介な奴等も静まるし、普段より快適に過ごせる。

(とは言っても、退屈過ぎるぜ……)

 降りしきる雨を眺めながら大きなため息をついた。

 ◇

 雨がいっこうに止む気配を見せない中、俺達は――。

「あっちむいてー……ホイ!」

「ホイッ! ――ぎゃあ! また負けましたぁ!」

「アリシアは弱いなぁ」

 遊びながら過ごしていた。
 今はド定番のあっち向いてホイで遊んでいる。

 アリシアはあっち向いてホイが恐ろしく弱い。
 じゃんけんで勝利すれば、十中八九、彼女の向く方向を当てられる。
 なぜなら、向こうとする方向に目が泳いでいるからだ。
 しかもそれは高確率で彼女から見て右側である。

「日本の遊びは面白いですね!」

「テレビゲームとかあればもっと面白いんだけどな」

「さっき話していたやつですね、テレビゲーム! テレビも興味がありますし、テレビゲームも興味があります! やってみたいです!」

「日本へ転移できたら好きなだけ遊ばせてやるよ」

「わーい!」

 遊ぶだけでなく、日本のことを教えてあげた。
 その中でもアリシアが興味を持ったのはテレビとスマホだ。
 テレビについて教えた時は、どうして箱の中に人が、と鼻息を荒くしていた。

「そういえば、アリシアって文字は書けるのか?」

 ふと気になった。
 この世界の人間って文字を書けないのではないか、と。

 この世界には本が存在していない……と思う。
 俺の知る限り、書物らしきものは見当たらなかった。
 それに学校もないようだから、文字を書く習慣がない可能性がある。

「し、失礼な! 私だって文字くらい書けますよ!」

 どうやら文字を書けるようだ。
 アリシアは燃料用の枯れ枝を持ち、それで地面に文字を書く。

『私はアリシア、隣はシュウヤ君』

 地面にはそう書かれていた。
 ひらがな、カタカナ、漢字の三拍子が揃っている。

 達筆とは言いがたいが、それなりに上手な字だ。
 女らしい丸々した可愛いフォントをしている。

 チャボスの超級魔法〈インストール〉のおかげで、文字も日本語に見えた。
 実際にはこの世界の言語――俺にとっては異世界語で書かれているのに。

「ほら? 書けますよ!」

 馬鹿にするなと言いたげに頬を膨らますアリシア。
 むすっとした顔付きで睨んできているが、怖いというより可愛い。

「たしかにな。でも、どうして文字を書けるんだ? この世界だと文字を読み書きすることってないと思うが」

 例えば集落の酒場で注文する際もメニュー表を見ない。
 そもそもメニュー表が存在していない。
 なにせ食べ物は丸焼きオンリーで、飲み物は水かゲロマズワインだけだ。

「文字は小さな時に長老様や上級の方々から教わるのですよ」

「今みたく地面に文字を書いて勉強するのか?」

 この世界には紙がない。
 紙に該当しそうな物にも見当がつかなかった。
 あるとすれば布くらいか。

「いえ、木に書きます」

「木!?」

「火起こしで使っているような木の板に、火の魔法で文字を書くのです」

「なるほど、文字にしたい部分だけを焦がすわけか」

 そうですそうです、と頷くアリシア。

「魔法の練習にもなって一石二鳥ですよ」

 この世界ならではの方法だと感心する。
 魔法に馴染みのない俺には想像もつかなかった。

「そろそろ夕食にするか」

「そうですね!」

 なんだかんだで時間が経ち、夕暮れに。
 話したり遊んだりしていると時間が過ぎるのも早い。

「これだけゆっくり過ごしたのは久しぶりな気がします」

「晴れている時は動き続けているからな」

 俺の脳内に「晴耕雨読」という四字熟語が浮かんだ。

「さて、キノコを串に刺していく――って、おい、アリシア」

 外の様子に新たな異変が生じた。
 土砂降りの雨が一瞬にして止んだのだ。
 しかし、俺達は喜ばない。俺にいたってはその逆だ。

「えええええ!? 今は夏ですよ! どうして!?」

「これはまずいぞ……」

 雨が止んで晴れたのではない。
 雨が止んで雪が降り始めたのだ。
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